知りたくないわけじゃないけど3




さらに二日後。私達三人プラス神原さんは、店長の車で株式会社ロミオの裏口のあたりに来ていた。

「じゃ、リッ君だけ中で待機しててね」

そう言って運転席のドアをバタンと閉める店長。中から瀬川君がかけたのか、ガチャッとロックのかかる音がした。

「……て、なんでボクも外ですの?寒いやないですか」

隣に立っている神原さんがブルッと震えながら言った。夜中はさすがに寒く、私も両手に息を吐いた。

「閻魔と二人きりなんてリッ君が可哀相でしょ。閻魔はこの辺に突っ立ってて」

「ほんまに言うてはります?ボク凍死しますよ?」

店長は「こんな寒さじゃ凍死なんて全然ないから」と言いながら、さっさとフェンスを登って行った。私も慌てて後を追う。

「別に何もしませんて。ちょ、ほんまに放ってかんといて」

フェンスの向こう側から神原さんが説得を始めるが、店長はそれを完全に無視して裏口の方へ歩いて行った。

「店長、良いんですか?神原さん」

「全然いいしむしろいい気味だよ」

私が振り返ると、神原さんは寒さで縮こまりながらこちらを見ていた。そんな神原さんを気にかけもせずに、店長は裏口のロックの解除を始める。もう何も言いません。

ものの数秒でロックを解除し、建物の中に入る。当然ながら中は真っ暗で、私と店長は懐中電灯をつけた。

「夜中は警備員とかも全くいないんだって」

「そこまでしなくても大丈夫だと思ってるんですかね」

まぁ、こっちにとっては好都合だ。あっという間に最上階の社長室にたどり着く。

「じゃ、これ解除するから雅美ちゃん手袋して待ってて」

店長は扉の前についている小型の器械をいじり始めた。私は言われた通り、指紋付着防止のための手袋をつけてロックの解除を待つ。今度は一分弱で扉が開いた。

「見つけたら電話してね」

「はい」

素早く社長室に滑り込む。中はキレイに整頓されていて、よくわからないけれど高そうな絵などが掛けられていた。本当に見栄を張るのが好きな社長なんだな。

私はとりあえず金庫らしきものを探した。一番奥にあるでっかい社長机の裏を覗いてみると、机に取り付けてある金庫を見つけた。どうやらダイヤルの数字を合わせれば開くらしい。

「……て、番号知りませんよ」

こういう時は瀬川君に電話?……いいや、とりあえず店長に電話しよう。私はポケットからスマホを取り出した。

《どうしたの?》

「金庫のダイヤルの数字がわからないんですけど」

そう言うと、店長は《そうだった》と言って数字を教えてくれた。通話を終了すると同時に、スマートフォンが震える。どうやら着信みたいだ。相手が瀬川君なのを確認して、通話ボタンを押す。

「もしもし?」

すると、店長の《どうしたの?》という声も聞こえた。一瞬ビックリしたが、すぐに三者通話だと気づく。

《今、社員らしき男性が建物の中に入りました。最上階までは行かないと思いますが、鉢合わせしないように気をつけてください》

瀬川君の声の後に、店長が《了解》という声が聞こえる。私も「わかった」と返して通話を終了させた。さっさと金庫のダイヤルを回して、中の宝石を持っていた布製の袋に入れる。結構な量があって少し重かったが、袋をさらにリュックにつめて金庫を閉めた。

どこにも指紋や証拠を残していないか手早くチェックして、店長に任務完了の電話を入れる。扉の前で待っていると、数十秒でロックが解除された。先程よりも早い。

「お疲れ。さっさと帰ろっか」

「はい」

中にいるという社員に気をつけて、無言で裏口を目指す。というか、私は店長の後についていくだけだけれど。

社員とは鉢合わせすることなく無事に裏口までたどり着く。さっさとフェンスを越えて車に乗り込んだ。本当に外で待っていた神原さんも、後部座席に乗り込む。

「雅美ちゃん、宝石は大丈夫?」

私はリュックの中を確認する。隣で神原さんが覗き込んできてウザい。

「大丈夫です」

「じゃあとりあえず店に帰るよ」

誰の返事も聞かないままに、店長は車を走らせた。なるべく人目につきにくい道を通って店まで帰る。時計を見ると午前四時で、夜中というよりは早朝という感じだった。

「雅美ちゃん報告書書いてから帰ってね。社長室の中だけでいいから」

「はーい」

面倒臭いなぁと思いつつ、自分の部屋へ向かう。とりあえず仕事用に着ていた真っ黒い服を着替えることにする。それからパソコンを起動させて、報告書を書きはじめた。

「えーっと、まず金庫が机の下にあって……」

今日は夜遅くなるとわかっていたから、夕方に数時間だけ寝てきた。どうせお客さんも来ないと思ったしね。

「よし、できた」

報告書を書かなければならないのは、ほんのわずかな出来事だったので、十分もかからず書き終わる。私はそれを印刷して、すぐに店にいる店長の所へ持って行った。

「店長、できました」

相変わらずソファーに座っている店長は、私から報告書を受け取ると中も確認せずに言った。

「たぶん外にリッ君いると思うから一緒に帰ってね」

私は「わかりました」と返事をして、店内をキョロキョロと見回した。神原さんの姿が見当たらない。私は「どうでもいいか」と思って、そのまま引き戸の方へ向かった。

「お疲れ様です」

「おつかれー」

引き戸をあけると、自転車の側で瀬川君が待っていた。

「帰ろっか」

そう言うと瀬川君は静かに頷いて、私と並んで歩き出した。こんな時間に帰ると、お母さんまた怒るだろうなぁ。もう慣れた無言の時間の中、私はそんな事を心配していた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る