意外な人の意外な人は意外な感じ2
三十分ほど話して、空さんはソファーから立ち上がった。
「んじゃ、そろそろウチら行くわな」
空さんに続いて海ちゃん……いや、海君?まぁ、もう海ちゃんでいいか。海ちゃんも立ち上がって瀬川君に手を振った。
「お兄ちゃんバイバ~イっ。また来るからねっ」
瀬川君は無言でコクリと頷く。家族に対してもあんな無表情なんだな。
海ちゃんの手を握って空さんがこちらの方に歩いて来る。店長は立ち上がって空さん達を迎えた。
「もう帰るの?」
「まぁな。久しぶりに神原の顔も見れたし」
そう言って視線を店長から神原さんに向ける空さん。神原さんは「ボクも空ちゃんに会えて嬉しいわ」と引きつった笑顔で言った。
「ウチらは帰るけど……そこの……名前なんつーの?」
空さんは私を指差して言う。私はつい空さんから目を反らしてしまった。さっきの店長と神原さんの会話が頭の中をぐるぐると回っている。
「雅美ちゃん……自己紹介……したら?」
クッソー、店長め!自分の保身を優先して、あっさり私を棄てやがったな!
「あの……私、アルバイトの荒木雅美(あらきみやこ)といいます。よろしくお願いします……」
「そんなにかしこまらなくてもいいから!ちょっと話があるんだけど、これから何か食いに行かない?」
めちゃくちゃ笑顔でそう言う空さん。海ちゃんも「行こう行こうっ」とはしゃいだ。私はまず店長の顔を見る。見事に目を反らされた。次に神原さんの顔を見る。「……行って来たらええんとちゃう?」と言われた。空さんは店長に「別にいいよな?」と確認を取る。
「うん……まぁ、雅美ちゃんさえよければ」
私に断る勇気があるはずもなく、まさかのバイク三人乗りで近所のファミレスに行くことになった。私は店長のバイクのヘルメットを借りて、膝に海ちゃんを乗せる。いくら小学生くらいといえども、男の子なのにこんなに腰が細いものなのか。私には海ちゃんのスタイルが羨ましくなった。
「じゃあ行って来るな。心配しなくてもすぐ戻るから」
引き戸から一歩出た所で見送ってくれている店長に一言声をかける空さん。私も出発直前に店長に一言言ってやることにした。
「……私の身に何かあったら店長のこと呪い殺しますからね」
「うん……ごめん」
女の人が使うにしては大きいバイクが、ブルブルと嘶きを上げて走り出した。警察に見つからなければいいなぁと思いながらバイクの揺れに堪えた。
空さんはブイブイ飛ばしそうな印象をしているが、三人乗りだからか、はたまた初対面の私を乗せているからか、かなりの安全運転でアスファルトの上を進んだ。
着いたのはバイクで約十分の場所にあるハンバーグがメインのファミレスだ。空さんは店員に案内される前にさっさと店の中を進んで、一番奥のテーブルに腰掛けた。
「今日はウチの奢りだ!好きなもの頼めよ!」
「は、はぁ……」
こんな時間にハンバーグなんて食べたんじゃ、今日の夕飯はとても食べれそうにないな。ごめんお母さん、と内心で謝る。
海ちゃんはしばらくパラパラとメニューをめくってから、「これがいい!」と和風ハンバーグを指差した。意外なセレクト。もっとチーズ入りのやつとか、今CMでやってるやつとかを選ぶと思っていたのに。
空さんは海ちゃんが和風ハンバーグを選んだのを見て、当店人気ナンバーワンの洋風ハンバーグを選んだ。私は無難に一番ノーマルなハンバーグを頼んでおく。
ハンバーグを注文したので、料理が来るまで少し時間があるだろう。その間に、私は空さんと話をすることにした。
「あの……それで話って何ですか……?」
何を言われるんだろう、怖いなぁ。瀬川君の近況とかだったら喜んで話すけれど。あれ、でも話すほど瀬川君の事よく知らないや。空さんは一口水を飲んで私の問いに答えた。
「ああ……雅美ちゃんさ、メイド服とか興味ない?」
ブハッ!直球で来た!「そんなもんねーよ!」と叫んで帰りたいけれど、そんな勇気はないので当たり障りのない感じで答えを濁すことにする。
「ちょっと……あんまり……ありませんかねぇ……」
「そっ……か……」
空さんは小さく呟いた。あれ……?まさか機嫌悪くしたとか、そういう事はありませんよね?しかし次の瞬間、空さんは満面の笑みでこう言った。
「そりゃいきなり言われたらそうなるよな!ウチの持ってるやついくつか着てみる?サイズは?M?」
何でそうなる!一体彼女の頭の中で、私の言葉はどういう風に解釈されたのだろう。それに予備知識ならすでに持ってた。いきなり言われてもメイド服について語られた後で言われても、答えは同じである。
「メイドが嫌なら巫女服とかもあるぞ。つか、一回うち来るか?雅美ちゃんの好きなの選べばいいし」
そのコレクションの中に普通の私服はありますか!?海ちゃんも一心不乱にオレンジジュースを飲んでるし、誰でもいいからヘルプミ━━ッ!
「あら、雅美さん。こんな所で何をしてらっしゃいますの?」
この声、この口調。もう花音ちゃんしかいない。顔を上げると、そこにはハンカチで手を拭きながらこちらを見下ろしている花音ちゃんが立っていた。
「花音ちゃん、何してるの?」
まさかこんな所で出くわすだなんて。彼女は四つほど離れた席を指差しながら答えた。
「食事ですわ。本当は蓮太郎さんに会いに行こうと思ってたのですけど……」
「ですけど……?」
「今は神原閻魔がいる事を思い出しまして」
神原ちゃんは「せっかくなので夕飯を食べてから帰ろうという事になったのですわ」と付け足した。そして、しばらく様子を見ていた空さんが、「誰だ?」と尋ねる。そこでようやく花音ちゃんが空さんの顔を見た。そして次の瞬間、その大きな目をさらに大きく見開く。
「あの……私、お兄様が待っていますので、もう戻りますわね」
「あ、うん……またね」
陸男さんと来てるのか。花音ちゃんが店長に会いに行くのに、陸男さんが着いて行くなんて珍しいな。花音ちゃんは逃げるように陸男さんの待つテーブルへと帰って行った。
「あの子、知り合い?」
「ええ、まぁ……」
何でも屋の繋がりだし、詳しく説明するのも面倒くさい。空さんは「ふーん」と言って花音ちゃんが去った方を覗き込んだ。そして「ん?」と目を凝らす。
「あの子、玄武の妹じゃないか?上の方の」
「えっ?知ってるんですか?」
まさか花音ちゃんの事を知っていただなんて。いや、この様子は、花音ちゃんの事じゃなくて玄武店を知ってるって感じだな。花音ちゃん達の方を振り返ると、陸男さんの後ろ姿がチラッと見えた。
「まぁ、ウチも一応黄龍勤務だしね。店長の顔くらいは覚えてるよ」
「こ、黄龍で働いてるんですか!?」
まさか同業者だったなんて!全然気がつかなかった。
「と言っても、ウチと海は県外派遣員だから。半年に一回くらいしか黄龍には戻らないんだ。今日は久しぶりに滋賀に帰ってきたから、陸の顔見に来たんだ」
「そうだったんですか……」
ウチと海って事は、海ちゃんも仕事をしているのだろうか。でもさすがに学校とかあるよね。どうしてるんだろう。そんなどうでもいいことを考えている内に、空さんが閃いてしまった。いや、もしかしたら最初から閃いていて、言い出すタイミングを伺っていたのかもしれない。
「つーことで、陸男君の妹ちゃんも誘おう」
「……一応聞きますが、何にですか?」
答えは分かっている。分かっているけど、その事実を否定したかった。しかし空さんは、満面の笑みで私のかすかな希望を叩き潰した。
「もちろん、コスプレに決まってんだろ!」
空さんの隣で、海ちゃんが「コスプレコスプレ~♪」とはしゃいだ。はしゃぐな。意味不明な事を言っている君のお姉さんをちょっと黙らせてくれ。
「よし、さっそく誘おう」
意気揚々と席を立つ空さん。海ちゃんもそれに引っ付いて行く。私は慌てて二人を止めた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。空さん、花音ちゃんと面識あるんですか」
「無いけど」
空さんを直接掴むのは怖いので、空さんの腕を掴んでいる海ちゃんの服を掴んで引き止める。
「面識ないのにいきなりコスプレしようって言ったら明らか不審者ですよ!」
「陸男君とは多少面識ある」
多少ってどれくらいだよ!どうせ一、二回会っただけでしょ!このやり取りももしかしたら花音ちゃん達に聞こえてるかもしれないけど、この際関係ない。全力で空さんの行動を阻止する!
「心配しなくても大丈夫だ」
空さんは自信満々で言った。
「コスプレは正義なんだから」
すみません意味わかんないです!そんでもってすごい力で引きずられてます!ハンバーグを口に運ぼうとしていた花音ちゃんと目が合った。陸男さんも驚いた顔をして私を見る。
「や、陸男君。久しぶり」
空さんは海ちゃんと私をぶら下げたまま陸男さんに挨拶をした。花音ちゃんの目が心なしか空さんを睨んでいるような気がする。
「え━━と、悪い、誰だっけ?」
陸男さんは陸男さんで、全然空さんのこと覚えてないし。本当に面識あるんですか?空さんが名乗る前に、花音ちゃんがボソッと呟いた。
「瀬川空さんですわ。黄龍勤めの」
それを聞いて空さんの事を思い出す陸男さん。しかし、つい余計なことまで言ってしまった。
「ああ!派遣員の瀬川さんか!あの蓮太郎にネコミミつけた……あ」
自分の失言に気づいた陸男さん。首をギギギと動かして花音ちゃんの方を向いた。花音ちゃんは持っていたナイフとフォークを静かに皿の上に置き、バッと顔を上げて叫んだ。
「そうですわ!この女は……この女は……事もあろうに、蓮太郎さんにネコミミを付けやがったのですわ!今すぐその画像を私のスマホに送信して、貴女のスマホから消しなさい!」
ビシッと人差し指を突き付ける花音ちゃん。空さんは若干驚いた顔で突き付けられた人差し指を見ている。海ちゃんはなぜかはしゃいでいるが、常識人の私と陸男さんにとっては周りのお客さん達の視線が非常に痛い。
「やだよ。ウチのコレクションなんだから」
「こここここ、コレクション!?私の蓮太郎さんを、私の蓮太郎さんを!?」
コレクション発言もどうかと思うが、花音ちゃんも相変わらずのようだ。
「あのさ、ウチのコレクションの話はひとまず置いといて、妹ちゃんさ、初音ミキとか興味ない?」
「置いとかないでいただけます事!?今一番大事なのは画像の所有権についてでしょう!?」
「ボーカルロボットは知らない?なら好きなアニメとかない?ウチほんとに何でも揃ってる自信あるからさ!」
「は、話をすり替えないでいただけますこと!?私に画像をわたしますの!?それとも、私に一発殴られた後に画像をわたしますの!?どっちですの!?」
「ウチ的にオススメはネコミミメイドなんだけど、でもメイド服では海には敵わないしなぁ~。やっぱ妹ちゃんだったらチャイナドレスとか?むしろチャイナ?チャイナ着ちゃう?」
「き、着ません!貴女何を言っているのか全然わかりませんわっ!いいからさっさとスマホをわたしなさいっ!」
「あっ!引っ張んな!そりゃスマホの中にも衣装の画素は入ってるけど……妹ちゃんも結構やる気だな!ウチは嬉しいぞ!」
「ち、違いますわ!私はただ蓮太郎さんのネコミミを……いい加減画像を私にわたしなさぁ~いっ!」
陸男さんがタバコを掴みながら席を立った。花音ちゃんと空さんはスマホを引っ張り合いながら大声で話している。私は陸男さんにそっと声をかけた。
「外、寒いと思いますよ」
陸男さんは私の方をちょっと振り返って答える。
「それでも、ここよりはマシだろ」
それもそうか。私はギャアギャア騒ぐ二人を片目に、黙って陸男さんの後に着いて行った。
翌日。カウンターに座る私は、来客用のソファーで行われている店長と花音ちゃんの通話に耳を傾けていた。
「花音正気を持て。黒魔術でもかけられたか?」
私は電話の向こうの花音ちゃんが「メイド服と巫女服ならどちらが私に似合うでしょうか!?」と言ったのが聞こえた気がした。
何だ、花音ちゃん結局コスプレする事になったのか。空さんすごいな。私は陸男さんのバイクで先に帰ってよかったと胸を撫で下ろしつつ、隣に座る神原さんの顔面にチョップを入れた。だってさっきからチラチラニコニコ鬱陶しかったんだもん。
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