意外な人の意外な人は意外な感じ




プルルルルルルルル、プルルルルルルルル。

突然のコール音に、私はビクリと驚いた。相変わらず隣に座っている神原さんが、カウンターの上の電話を見て「出ぇへんの?」と言う。

「だって……カウンターの電話が鳴るなんて三ヶ月年ぶり……いや、それ以上なので心の準備が……」

というか、何でこの人はこんなに普段通りでいられるんだろう。この前の半ば喧嘩のようなあれは、この人の中ではなかった事になったのだろうか。先日神原さんが本性を現してから、すでに三日が経っているが、彼は前にも増して私にべったりとくっついてくる。正直邪魔者以外の何物でもない。

「ならボクが出るわ」

「いえ、私が出ます!」

神原さんが延ばした手をバシリとはたき、鳴り続ける電話の受話器を取った。

「も、もしもしっ?」

神原さんがわざとらしく叩かれた手をさすっているが、どうでもいいので無視する。私は受話器の向こう側に意識を集中させた。すると……。

≪もしもしっ、そちらは何でも屋朱雀さんですか?≫

少しハスキーな女の子の声が聞こえてきた。喋り方はかわいらしい。多分、まだ小学生か……大きめに見ても中学生くらい。そんな子供が、うちに何の用だろう。

「そうですけど……何か依頼でしょうか?」

≪今から海が向かうのでと、お兄ちゃんに言っておいてくださいっ≫

その後すぐにガチャッという音が聞こえる。

「……切られました」

「ボクの手しばくからや」

「関係ないと思います」

するとちょうどそこで店長が帰ってきた。まったく、今までどこに行っていたんだか。

「あれ?何、電話あったの?」

私の持ったままの受話器を見て気づいたのだろう、店長は後ろ手に引き戸を閉めながらそう尋ねた。

「そうなんですけど……」

「誰から?」

店長は手に持っていたビニール袋を私の前に置いた。中にはカップアイスが入っている。神原さんがアイスに伸ばした手を、私は再び叩いた。

「それがよく分からないんです。小学生くらいの女の子なんですけど……」

「イタズラ?」

「依頼ではないっぽいです。今から海が向かうからお兄ちゃんに言っておいてくれ、って言われました」

女の子からの謎の言葉をそのまま伝えると、店長は「ああ」と言って来客用のソファーに座った。そしてもう一つ持っていたビニール袋から肉まんを取り出して食べ始める。

「まさか店長妹いるとか言いませんよね」

「言わない言わない。僕にいるのは真っ黒くろすけの兄貴だけだよ」

お兄さん……確かに黒いスーツと黒いハットで全身真っ黒だけど、真っ黒くろすけって。

「じゃあ瀬川君ですか」

もちろん私に妹はいない。となると残る可能性は瀬川君だけだ。瀬川君って一人っ子だと思ってたんだけどなぁ。しかし店長はあっさりと最後の可能性を否定した。

「いや、リッ君に妹はいないよ」

「えっ、じゃあ……」

私は視線を隣の神原さんに向ける。神原さんは「ボクは一人っ子やで」と手を振った。なら誰の妹なんだろう。というか、何をしに来るんだろう。店長も知ってるなら隠さずに教えてほしい。その店長は、肉まんを食べ終わって店の奥へ消えた所だった。

「はぁ、店長の隠し事はいつもの事だけど、やっぱりイラつきますね」

「ていうか店長はんリッ君のとこ行かはったんとちゃう?話盗み聞きして来ればええやん」

盗み聞きって言い方……またこの人はこういう事を平気で言う。しかし隠してる店長も悪いって事で、私は二人の話を盗み聞きするべく、さっそくカウンターから立ち上がった。すると、全く同じタイミングで店の引き戸が開く。私は中腰というとてつもなく中途半端な姿勢のまま「いらっしゃいませ」と言った。

入って来たのは黒いライダースーツに身を包んだ、スラリと背の高い女性。長い黒髪を頭の後ろで一つに束ねている。毛の生え際が少し茶色いところを見ると、どうやらもともと茶色い髪をわざわざ黒に染めているようだ。もとは瀬川君くらい茶色い色かもしれない。

それと、女の人に隠れるようにして店の中を覗いている小学六年生くらいの女の子。色素の薄い髪を耳の上でツインテールにし、フリルの多い白と水色を基調としたワンピースを着ている。ワンピースというか、どっちかというとメイド喫茶のメイド服って感じかな。似合ってるからいいんだけど。

「すみません、今店長呼んで来るので、あちらのソファーに座って待っててもらえますか」

とりあえず店長を呼んで来よう。神原さんは店長の見張り以外は、本当に何もする気がないようだし。しかしこれはチャンスだ。このお客さんの仕事を店長がちゃんとすれば、神原さんは黄龍に帰ってくれるんだから。しかし、女性はこう答えた。

「悪い、店長は呼んで来てほしいけど、うちら客じゃないんだ」

そこで、今まで女性の背中に隠れていた女の子が、「お兄ちゃんに会いに来たのっ」と言った。私はその女の子の声が、さっきの電話の女の子の声と同じことに気づく。だったら来るのが早い。あの電話を受けてから、まだ五分も経っていないんだから。

「あ、そうなんですか……。じゃあ、とりあえず店長呼んできます」

そう言って邪魔な神原さんを押しのけてカウンターから出たとき、ちょうど奥から店長が出てきた。その後ろに瀬川君もいる。

「だから来んの早過ぎだって」

「当たり前だ。ウチは時間は無駄にしない主義なんだ」

その後に「お前と違ってな」と付け足す女性。なるほど、知り合いか。私はどうしようかと迷ったが、お茶を淹れるために台所へ向かった。

お茶をお盆に乗せて台所から戻ると、二人のお客さん、店長、瀬川君の四人は来客用のソファーで談笑していた。まぁ、瀬川君は相変わらず無口で無表情だけど。その様子を、カウンターの壁から顔を出して神原さんが見ている。

私はテーブルにお茶を置いて、再び迷った。できればこの四人に混ざりたいけど、席がもう空いていない。でも神原さんの隣に戻るのはイヤだなぁ。

しかし席が空いていないのなら仕方ない。私は未練がましい視線を四人に向けながら、神原さんの待つカウンターに戻った。

「おかえり雅美ちゃん。もっと素直にボクのとこ戻って来てくれてもよかったんやで?」

「できれば戻りたくありませんでした」

軽口を叩く神原さんを押しのけ、カウンターのいつもの席に座る。それから、何もしないのもどうかと思うので、さっきまで見ていたファイルを開いた。神原さんは相変わらず四人の方を覗いている。

「しっかし陸は、ちょっと見ない間にまたデカくなったんじゃないか?」

「…………」

「まぁ一年も経てば背も伸びるよね」

「お兄ちゃん、会うの久しぶりだもんねっ」

「まぁウチの弟ならもっと伸びるだろうけどな」

「海も伸びる?」

「ああ伸びるぞ。でもウチはそのままでいてくれた方が嬉しいなぁ」

「あきらめなよ空、人は時には抗えないんだよ」

「わかってるけどお前に言われると何かむかつくな」

「被害妄想だよそれ」

「まぁいつかはそんな日が来るのは仕方ないことだけどな」

「お姉ちゃん、何かさみしそう……」

「ああ寂しいよ、慰めておくれよ海」

「うん!海にまかせて!シューベルトシューベルト元気になる魔法~!」

「わー元気になったぞー!やっぱりペリキュアの魔法はすごいなー!」

「えへへー。照れちゃうよー」

「……リッ君、何か喋ったら?」

「……いえ、僕はいいです」

「そうだぞ陸、ウチらはお前に会いに来たんだから」

「お兄ちゃんもっとお喋りしよう!」

「特に話すこともないし……」

「仕方ない、リッ君の代わりに僕が喋るとしますか」

「いらねーよ、つかお前何でいんだよ。ウチら姉弟水入らずで話すから気を利かせてどっか行ってろよ」

「それちょっと酷すぎない?何か思い出話引っ張り出してきてあげようか?」

ファイルの整理に集中しようとするが、耳が勝手に四人の会話を受信してしまう。えーとつまり、あの二人のお客さんは瀬川君の姉弟ってことだよね。店長、瀬川君に妹はいないって言ったのに嘘だったのか。何故そんなしょうもない嘘をつくんだわざわざ。

「せっかくお客さん来た思たのに依頼やなくて残念やな。店長はんいつ仕事しやんのやろ」

隣に座る神原さんが、言葉とは裏腹に楽しそうに笑いながら呟いた。私はまずため息を一つついてからこう答える。

「神原さんだって毎日お菓子食べてばっかりで、全然店長の見張りしてないじゃないですか」

そう不満を言った所なのに、神原さんはカウンターの下の棚に置いてあるポテトチップスの袋を開けた。この人はこの人で、朝から晩までお菓子を食べながら私の隣に座っているだけ。まるで店長が二人いる気分だ。いや、ずっとくっついていられる分、神原さんは店長よりやっかいだ。

「下は上の者見て育つんやで。ボクは店長はんのマネしてるだけや」

「店長だってそんなにグータラしてませんよ」

「せやけど仕事もしてへんやろ」

「だってうちはあんまり依頼来ませんもん」

というか、何でもいいから何か仕事が来ない限り、神原さんは黄龍に帰ってはくれない。普段一人でボーッとしてる時間に、こう毎日隣にいられたらストレスが溜まってしょうがない。うっかりブチ切れる前に、ゲーセンのパンチングマシーンでも殴ってストレス発散してこようかな。

「あ、店長はんこっち来はるで」

そう言って神原さんは頭を引っ込めた。正直、ずっと向こうを向いていてもらった方がよかったかも。すぐ隣で意味もなくニコニコニコニコされると鬱陶しくて仕方がない。

神原さんが頭を引っ込めたすぐ後、店長がやって来て私達の前でしゃがみ込んだ。カウンターにもたれて「僕は邪魔だってさ」と呟いた。後ろの方で女の人が「はははははっ」と楽しげに笑う声が聞こえる。

「ていうか店長、あの子結局瀬川君の妹だったじゃないですか。よくも嘘ついてくれましたね。何でそんなしょーもない嘘つくんですか」

こんな体勢は珍しいので、思い切り見下ろして言ってやる。神原さんが隣で笑っているが、いつもの事なので気にしない。すると店長は顔に「?」を張り付けながら言った。

「え?リッ君に妹はいないって。だってあれ……」

「じゃああの子は何だって言うんですか?……ハッ、まさか姉!?」

「……雅美ちゃんにはあれが十九歳以上に見えるの?」

見えるわけないじゃないですか。でも他に何か選択肢がありますか?妹じゃない。姉でもない。でも「お兄ちゃん」と呼ぶ。あ、「知り合いのお兄ちゃん」って意味の「お兄ちゃん」なのかな?だったら真っ赤な他人か。しかし店長はそんな事を考える私に衝撃的な事実を暴露した。それを聞いて、私は思わずソファーの方を振り返ることになる。

「妹でも姉でもなくて、弟だよ」

「ああ何だ、弟ですか……って、え!?」

そうして女の子の方を振り返るが、もちろん壁に隠れてソファーに座る三人は見えない。というか、そもそも神原さんが邪魔でソファーなんてこれっぽっちも見えないのだが。

「初めて聞いた人ってみんな今の雅美ちゃんと同じリアクションするよね」

「そらしゃあないですわ。見た目があれですもん」

そう言って神原さんはクツクツと笑った。

「神原さん、知ってたんですか!?知ってて教えてくれないなんて、神原さんこそ真のくそ野郎ですね!」

「閻魔がくそ野郎なのは分かりきってた事じゃん」

「二人共そないにボクの事イジメるのが好きなん?」

ええ大好きですとも。だって最近の私は、あなたがべったりくっついてくるせいでものすごくストレスが溜まってますからね。まぁ、いくら毒を吐いてもケロリとした顔をしているから、全然ストレス発散にならないんだけども。

「それにしても、まさか男の子だったなんて……あれ?そういう意味ですよね?」

「そうそう。あの服は空の趣味だけど」

私は女の子……いや、男の子の着ていたフリルだらけのワンピースを思い浮かべた。よく嫌がらずに着てるな、と思ってしまう。

先程の会話からして、空というのはあの女性のことだろう。空さんはライダースーツでしかもほとんどノーメイクなのに、弟さんにはあんなにフリフリの服を着せているのか……。まぁ似合ってることは否定しないんだけど、高校生とかになったらさすがに嫌がるんじゃないかなぁ。

そういえば、とふと気が付く。名前が空、陸、海になってるのか。瀬川君の名前の漢字って、「陸」一文字にどういう意味が込められてるんだろうって、ちょっと気になってはいたのだ。

「海だけじゃなくて他の人にもあぁいうの着せたがるから空は困るよね」

店長はため息をつきながらそう言ったが、その言葉に途端に目を輝かせたのは神原さんだ。意地悪そうに笑いながら言う。

「店長はんネコミミつけられてましたもんね」

勝ち誇ったように言う神原さんだったが、それは失言だった。店長がすぐさま言い返す。

「閻魔だって女物の着物着せられてたじゃん」

その言葉にはさすがの神原さんも黙り込む。店長もそれ以上は何も言わず、二人して黙り込んだ。黒歴史というやつだろう。まったく、何を墓穴掘り合ってるんですか。

「雅美ちゃんも……気をつけてね……」

店長が瀕死の声で私に助言した。よっぽど嫌な思い出だったのだろう、明らかに二人のテンションが下がっている。私、二人の死は無駄にしません。私だけでも生き延びます。私は空さんの名前を最要注意人物リストにインプットしておいた。



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