まことしやかに不倶戴天2



「おかしいですよあんなに機嫌が悪いなんて」

私はポテトチップスを買い物カゴにぶち込みながらそう言った。隣をうろうろ着いてくる神原さんが私の言葉に反応する。

「せやなぁ……ボクもあんなん初めて見るわ。あと、お茶菓子てポテトチップスなん?」

「いえ、これは店長が食べるので……」

私はチョコレートをがっつり掴み取って、それもカゴにぶち込んだ。

「何や朱雀店の店長てラクそうやなぁ」

「あ、卵も買って行きますね。今日安いんで」

「雅美ちゃん、お母さんみたいや……」

神原さんはそう呟いて私の後をついて来た。

買い物が終わって、私達はなるべくゆっくりと帰り道を歩いた。店長、まだ機嫌直ってないかなぁ。私、絶対神原さんが何かしたと思うんだよね。だって私が行ったときにはすでに不機嫌だったじゃん。

どんなにゆっくり歩いても店に着くのは時間の問題で、私達は朱雀店の古びた引き戸の前に帰ってきた。一回だけ深呼吸してから引き戸を開ける。

「帰りましたー。店長、お菓子買って来ましたよ」

そう言ってちょっと持ち上げて買物袋を見せる。それを見て店長はこう言った。

「やっぱり雅美ちゃんじゃん」

「何がですか?」

「卵買って来てるの。冷蔵庫見た?今二パックくらいあるんだけど」

しまった、私だったのか。だって卵って安いとついつい買っちゃう。でも今日のお値段、百三十八円だよ!?買っちゃうでしょ!

「その卵持って帰ったら?僕今あの二パックを使い切るのに必死だから」

「そうします……」

私はそう答えて台所へ向かった。とりあえず、私が帰るまでの間この卵は冷蔵庫に入れておこう。冷蔵庫を開けると、本当に卵が二パック入っていた。

「そういえばお茶菓子買うてへんな」

なぜか台所にまで着いて来た神原さんが、手伝うそぶりも見せずに言う。私は買ってきたポテトチップスやチョコレートを各々の場所にしまいながら答えた。

「だってまだいっぱいありますもん。うち、基本的にお客さんなんて来ませんから」

「さっきと言ってる事ちゃうんやけど」

そりゃそうだ。あんなの、店を抜け出すための口実だ。でもさっきの様子だと、どうやら機嫌は直ったみたいだ。

買ってきたものを台所に片付けて店に戻る。店長の機嫌が直った事に気づいたのか、神原さんは店長の方に寄って行った。

「なぁ店長はん、ボクお腹空いたんやけど、ご飯ってどうしてはるの?」

「悪いけど、うちの昼は二時なんだよね」

それには不満を表す神原さん。私達にとって二時のお昼は普通になっているけど、確かに食べる時間としてはかなり遅い。神原さんも黄龍ではもっと早い時間にお昼ご飯を食べていただろうし。

「あと二時間も待つん!?早よせなボク餓死してまいますやん」

「ちゃんと埋葬してあげるから安心して」

「相変わらずひどい人や」

私はようやく一人になれた事を喜んでいた。今日ここに来てからずっと神原さんが隣にいたしなぁ。普段一人でファイル読んだり掃除したりしてるだけだから、疲れちゃった。

「そういえば、買い物行ったとき昼ご飯買って来なかったの?」

「「あ」」

私と神原さんの声が重なった。店長は面倒臭そうに言う。

「えー、僕が作らなくちゃいけないじゃん」

「ボク、ハンバーグが食べたいですわ」

「閻魔は生卵でも食べとけば?いっぱいあるよ」

「せめて火ぃ通してください」

店長の機嫌が悪くないとわかると、今度は店長にべったりだな。私は見ていたファイルをパタンと閉じて言った。

「なら、私が買って来ましょうか。暇ですし」

どうせ暇なら、もう一回スーパーかコンビニにでも行こう。五分歩けばコーソンもあるし。人口密度がいつもより高くて、なんだか外をぶらぶらしたい気分。しかし店長はこう答えた。

「いや、ちょうどいい所に閻魔がいるし、閻魔に行ってもらおう」

「でもボク店長はんの見張りですよ?あんま店離れたらあかんと思うんですけど」

それはもっともだ。さっき店長が機嫌悪いからって理由で買い物に行ってきたばっかりだけどね。

「どうせお客さんなんて来ないんだからいいじゃん」

「なら店長はんが行ってきてくださいよ」

「僕が面倒臭いから閻魔が行くんでしょ」

結局神原さんが折れて、再び買い物に行くことになった。

「さっきコンビニあったし、そこでええですよね?」

店長にもらった一万円を着物の袖に入れる神原さん。上着を着て引き戸を開ける。神原さんの言葉に、しかし店長は超笑顔でこう言った。

「いや、僕今日隣町のお肉屋さんの近江牛コロッケ弁当が食べたい気分」

神原さんは一瞬ア然としたが、「……わかりました」と言って出て行った。

「わざわざ隣町まで行かせなくても」

「だってどっか行って欲しかったんだもん」

いくら見張り係が欝陶しいからって、この寒空の中隣町まで行かせるなんて。しかも神原さんこの街に来たばっかりで、道なんてわからないだろうなぁ。やっぱり私、着いて行った方がよかったかも。

「それにしても、神原さんって実際話してみるとイメージとちょっと違いますね」

「どこが?」

「うーん、最初はもっと飄々としているイメージがありました。まさかタライ落とされるなんて……」

思い出して、また頭が痛んだような気がした。くす玉落とすより酷いよね。

「タライ落とされたんだからもっとキレればいいのに」

「だって知らない人でしたし。それに私くす玉落とされた時もキレませんでしたから」

「へー、くす玉なんて落とされた事あるんだ」

「ええ、店長に落とされたような気がするんですけどね」

ああ、いつもの会話だ。店長は機嫌が悪いと明らかに口数が減るからわかりやすい。瀬川君なんて機嫌いいのか悪いのかなんて全然わからないからね。

「そういえば、神原さんっていくつなんですか?まだ若そうですけど、下っ端だから見張り役になったんですかね」

「そういう訳じゃないと思うよ。変に堅物な奴よこすより、閻魔くらいの方が僕が喜ぶと思ったんじゃない?」

一郎さんがって意味だろうか。まぁ、周りの人の会話を聞いている限り、店長は一郎さんに気に入られているらしいし。店長のためを思って割といい加減な人を見張り役にしたのかも。店長のこの言葉を聞くと、あまり喜んではいないみたいだけど。

「ちなみに閻魔は二十二だよ。あんまり年離れてないし敬語とか使わなくてもいいんじゃない?」

「だったら店長にもタメ口になりますよ」

「僕は別にいいけど」

いいのかよ。確かに他の仕事ほど「店長」って感じじゃないけれど、それはさすがにどうかと思う。仮にも「店長」だし。あれ?ちょっと待って。もしかして瀬川君って私に敬語使ってない……?

「陸男とかも思い切りタメ口で話されてるみたいだけどね。バイトにだよ?」

「陸男さんは……何かフレンドリーな感じがするから……」

それに陸男さんって、ついこの間店長になったばっかりだった気がする。ならばそれは仕方ないんじゃないかなぁ。それに店長とフレンドリーな方が仕事もしやすいと思う。

「お兄さんとかはちゃんと敬語で話されてそうですよね」

「あれでも年上の社員とかには馬鹿にされてるんだけどね」

「そうなんですか?なんか意外ですね。すごく仕事出来そうなイメージがあるのに」

まぁ、最近のイメージはちょっと「ブラコンの人」って感じになってきてるんだけど。お兄さんって一人でデスクに向かって、無言で仕事を片付けていそう。

「僕らの代はしょうがないって。若いから年寄りには馬鹿にされんの」

「そういうものですか」

「そういうもん。年功序列大好きな年寄り達には、若い店長に従うのが不満なんじゃない?」

なるほど……。そりゃ、一郎さんが現役の時代から勤めてる人なら、経験値は現店長達よりも遥かに高いか。でもだったら尚更、若い店長達の拙い部分をカバーしてあげるべきなのでは?

「まぁうちには年寄りなんていないからど〜でもいいんだけどねー」

「でも店員少なくないですか?またこの前の店長会議の時みたいになったりしたら……。あ、そういえば、次の店長会議って、店長行くんですか?」

何ともあほらしい質問だ。愚問だ。「店長会議」なんだ、店長が行かずして誰が行く。しかし店長は私の予想通りこう答えた。

「行くわけないじゃん。行く理由がないもん」

いや、あなたがその地位に就いている限り、会議に行く理由は十二分にあるんですけどね。

「まぁそう言うとは思ってましたけど……。でも今月行ったんだから、一郎さん喜んだんじゃないですか?」

「そうなんじゃない?ただ残念ながらそれはぬか喜びだったわけだけどね」

ぬか喜びにさせたのは店長でしょう。いや、店長はもう何度も一郎さんにぬか喜びさせて来てるか。それでも一郎さんは、ぬか喜びじゃない喜びを店長に期待しているのかなぁ。

「あと店員少ないって話だけど、普段客来ないんだしこれで十分だと思うけど」

「それはそうですけど……。でももう一人いたら絶対便利ですって」

「人多くなってウザいじゃん」

「とか言って店長いつもいないじゃないですか」

「何言ってんの、雅美ちゃんに楽させてあげる為に外で一生懸命働いてるんだよ」

「店長に言われると信じられません」

「雅美ちゃんだんだん遠慮がなくなってきたね?」

だって本当の事だもの。失礼だけど、店長の言う全ての事に信憑性がない。まぁそれでも店長のことは信じているから、すっごく矛盾してるんだけど。やっぱり店長の性格が悪いんじゃないかなぁ。なんか「この人嘘ついてんじゃない?」って思っちゃうもん。

「それにしても、神原さん遅いですね。やっぱり私ついて行った方がよかったでしょうか」

壁にかかった時計を見ると、時刻はもう一時三十八分だった。隣町に行ったとしても、そろそろ帰って来てもいい時間だ。店長も時計を見て、ソファーから立ち上がった。

「もう二時じゃん。雅美ちゃん何食べたい?ハンバーグでも作る?」

ハンバーグって……。神原さん本当に泣きますよ。

「店長、神原さんに頼んだ近江牛コロッケ弁当はどうするんですか」

そう聞くと、店長は超笑顔でこう答えた。

「何言ってるの?近江牛コロッケ弁当なんてこの世に存在しないけど」

店長、今の自分の顔鏡で見てみたらどうですか?めちゃくちゃ楽しそうな顔してますよ。私は店長だけは敵に回さないでおこうと心に誓った。

「じゃあどうするんですか?神原さん。今多分ありもしないコロッケ弁当を探しまくってますよ」

「そのうち気づいて帰ってくるでしょ。ていうか、ひき肉ないからハンバーグ作れないね」

なんだかすごく神原さんが可哀相に思えてきた。店長は「卵消費しなきゃなー」と言いながら台所に消えて行った。私はお腹がグゥと鳴ったのを聞いて思う。神原さんごめんなさい、と。



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