まことしやかに不倶戴天
ガラッ、バコンッ。
「痛っ」
私の目の前で薄っぺらいタライがグワングワンと鳴りながら床に落ちた。
「…………」
店に入るといきなり天井からアルミ性の小さなタライが落ちてきて、私の頭に直撃した。あの、よくコントとかで見かけるやつだ。こんな事をする人間は一人しかいない。
「店長ぉぉおおっ!」
「何?」
ソファーに座っていた店長は、不機嫌な顔で振り返った。めちゃくちゃ面白くなさそうな顔だ。おかしいな、普段なら引っ掛かった私を笑っている所なのに。
そう思っていると、奥から慌てて着物姿の男の人が出てきた。誰だろう、と一瞬考えてから思い出した。そうだ、昨日から神原さんが来てるんだった。
「しもたぁあっ!トイレ行ってる間ぁに雅美ちゃん来てもうた!」
神原さんはそのままこちらに駆け寄って来て、私の足元に落ちているタライを拾う。そして私を見上げて言った。
「なぁ、もう一回入ってきてくれへん?これセットし直すさかい」
「…………」
私は店長の方を見た。店長はこちらのやり取りをガン無視してテレビを見ている。
「神原さん……」
「何や?」
私は一度ため息をついてから言った。
「怒っていいですか?」
「なぁ、ゴメンやん。リッ君やと反応がおもろないねん」
「私の頭がこれ以上悪くなったらどうしてくれるんですか?」
「今もたいして良さそうやないやん」
無言で睨みつけると、神原さんは「冗談やん」と笑った。
あのあと、いつも通りファイルでも見て時間を潰そうとカウンターに座ると、タライを片付けた神原さんが隣に座ってきた。そしてこんな感じで話しかけて来るのだ。
「なぁ、雅美ちゃんて毎日来てはるん?ご苦労様やなぁ」
「まぁ……暇ですから」
「暇なん?ちゃんと遊ばなあかんで。友達とかいはるやろ?」
「遊んでますよ。適度に」
「明日も来るん?ボクなぁ、家黄龍の方にあるんよ。せやからここまで来るん大変やんか。でな、昨日こっちに越してきてん。めっちゃ近うなってんで」
そんなことどうでもいいですよ。隣でぺらぺら欝陶しいな……。私は作業中にあまりべらべらと喋られるのは苦手なタイプだ。集中力が吹っ飛んでしまう。
「神原さん……。店長を見張りに来たんだから、店長の方に行った方がいいんじゃないですか?」
店長は一人でテレビを見ている。私だけに神原さんの相手押し付けないでほしい。
「何か今日店長はん機嫌悪いしなぁ……。あ、ボクは何もしてへんで?」
それは私も気になっていた事だった。店長、何であんなに不機嫌なんだろう。私今日、さっきの「何?」しか店長と会話してないよ。私は神原さんに小声で返した。
「でも店長って滅多に機嫌悪くならないし……。やっぱり神原さんが何かしたんじゃないですか?」
店長が不機嫌になるのなんて花音ちゃんが来たときくらいだ。この前「神原さんとはあんまり関わるな」と言っていたし、神原さんがいるから機嫌が悪いんだと思うんだけれど。
「ボクは何もしてへんて。でも確かに、朝ボクが来たときは普通やったなぁ……。雅美ちゃんが来たから機嫌悪なったんちゃう?」
「私だって何もしてませんよ。それだったら、店長毎日機嫌悪くないとおかしいじゃないですか」
「昨日とか何かしたんちゃう?あの店長はんが機嫌悪いなんて、ボク何か怖いわぁ」
それには同感だ。店長って、普段から何考えてんのかわからないのに、不機嫌だとさらにわからない。
「……そ、そうだ、私ちょっと買い物行ってきますね。お客さん用のお茶菓子がもう切れてたような……」
「逃げるん!?たいしてお客さん来うへんのに、お茶菓子が切れるわけないやん!」
「し、失礼な!そうだ、紅茶ですよ紅茶!紅茶切れてたから買ってきます!」
「ほんならボクも行くわ」
「来なくていいですよ!私一人で十分ですから!」
「そんなんズルいやん!ボク一人残してくなんて!」
「残すとかそういうんじゃなく、純粋に私一人でも足りるから……」
「あのさぁ」
私と神原さんはバッと店長の方を振り返った。店長は顔だけこっちに向けて言った。
「うるさいから行くならさっさと行ってくれないかな」
「はい……」
ああ、さらに不機嫌にしてしまった。私と神原さんはすごすごと近所のスーパーに向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます