ひとさし指はつきつけるもの3
翌朝、私はお母さんの叫び声で目が覚めた。
「雅美━━!ちょっと来て━━!」
いつもより一時間以上早い起床。私は目をこすりながら、パジャマのままお母さんのいる玄関へ向かった。
「どうしたの?」
「これよ!これ!」
玄関に突っ立っているお母さんは、手に大量の手紙を抱えていた。ポストから玄関までの道のりにも、ぽろぽろと白が封筒が落ちている。
「何これ?」
「全部あんた宛てなのよ。朝見たら家の前まで散らばってて……」
お母さんは抱えていた手紙を玄関マットの上にドサリと置いて、再び外へ出て行った。どうやら落ちている手紙を拾いに行くらしい。私は山になっている手紙のうちの一通を手に取り、封を切ってみた。そこに書かれていたのは……。
「店長!今朝ポスト見たらこんなんが大量に入ってたんですけどッ!」
十時三十五分、私は店に入るなりそう叫んだ。私の手には、もちろんあの大量の呪いの手紙が握られている。あの紙一枚一枚に、「引っ込んでいろ」だの「会議の邪魔」だの書いてあるのだ。そして差出人は相楽勇人。律儀に名前まで書いてあるなんて。
店長は来客用のソファーに腰掛けたままこっちを見た。手にはストローが刺さった苺ミルクの紙パックが握られている。
「あー、雅美ちゃんの所にも来たか」
店長は苺ミルクを飲みながら、どうでもよさそうに言った。私はいい加減重たいので、大量の呪いの手紙が入った紙袋をカウンターの上に置く。
「私の所にも?」
店長はガラス製のテーブルの上に置かれていた紙袋に手をのばした。
「リッ君の所にも来たよ」
「それで店長の所には来ないんですか」
若干の苛立ちながら言うと、店長は紙袋の中の手紙のひとつに目を通し、それをクシャクシャと丸めながら答えた。
「え?昔来たよ。高校生の時だけど」
丸めた手紙をポイと投げる店長。それは見事にカウンターの横のごみ箱に吸い込まれていった。
「なら何で今日は来ないんですか」
不満をあらわにしながら言う。お母さんなんてショックで倒れそうだったんだから。店長は今度は紙飛行機を折っていた。
「その時百倍返しにしたらもう来なくなった。まぁ、それ以来僕の周りの人達に被害が及ぶようになったんだけど」
店長は出来上がった紙飛行機を私の方に向けて飛ばした。紙飛行機は私の足にぶつかって落ちる。
「それ、あいつ流のストレス発散法だからさ、飽きるまで相手してあげて」
私は足元に落ちた紙飛行機を拾ってごみ箱に入れ、カウンターに座って店長に背を向けた。壁越しに、お互いの顔は見えないまま話を続ける。
「飽きるまでって、いつになったら飽きてくれるんですか」
「うーん、一週間くらいかな」
店長は置きっぱなしの苺ミルクを飲み出して、それっきり手紙には手をつけなかった。
私はわざとため息をついて立ち上がる。紙袋を回収しようとソファーに近づくと、店長が目線をこちらに向けた。
「明日からはこのゴミ回収するようにお願いしとくからさ」
「誰にお願いするんですかそんなの」
「本部の人」
割と本気でお兄さんの名前が返ってくるかとも思ったが。私や母の目に留まる前に片付けておいてくれるというのなら、まぁこれ以上は何も言うまい。
私はテーブルに置きっぱなしだった紙袋を持つと店長に背を向けた。紙袋ごとカウンターの横のごみ箱に押し込む。そんなに大きくないゴミ箱は悲鳴を上げながら、数枚の手紙を吐き出した。
「でも瀬川君は怒らないんですねー。私朝からずっとキレてたのに」
「リッ君は慣れてるからね。なにせもう四年もこれに付き合ってるんだから」
店長の手の中の紙パックから、飲み干した時のあのズルズルという音が聞こえた。朝っぱらからあんな甘ったるいものがよく飲めるものだ。
「いやー、でもあいつも頑張るよねー。これ全部手書きって」
店長はそう言いながらクツクツ笑った。そういえば、私宛の手紙も全部手書きだった。軽く五十枚はあったように思うけれど。
「アナログ派なんですか?」
とりあえず何かしようとやりかけのファイルを取り出しながらどうでもいい質問をする。店長は私の言葉をあっさり否定した。
「いや、ただの馬鹿」
また馬鹿って言う……。いや、こんな手紙送ってくるだなんて、さすがの私も勇人さんは馬鹿だと思うよ。
「昨日はごめんね、雅美ちゃん。言いたくないこともあったからさ」
「はぁ、なんの事だかわかりませんけど。店長会議っていっつもあんな感じなんですか?」
「たいがい勇人が突っかかってくるんだけど、怒ってほしかったから昨日はわざと馬鹿にしちゃった」
「じゃあいつもはもうちょっと落ち着いてるんですね」
「そうだね、さすがに。いい大人があんなに揃って幼稚なことやってられないよね」
店長がそれきり何も言わなくなったので、私はファイルの整理に没頭した。
そうやってしばらくカウンターで暇をつぶしていると、ガラガラと引き戸が開いた。時刻は十二時ちょっと過ぎ。顔を上げた私の目に映ったのは、見覚えのある着物姿だった。
「こんにちは。店長はん居はります?」
「神原さん!店長ならそこに……」
私がソファーを指差すと、神原さんは「おおきに」と言ってそちらに近づいて言った。
「やー、まさか閻魔が来るとは思わなかったな」
「ボクも一応黄龍勤務ですさかい」
ソファーに背中を預けたまま神原さんの顔を見上げる店長。ってことは、まさか神原さんが黄龍からの監視係?
「これからよろしゅうお願いします」
「うん、よろしく。なるべく早く帰ってね」
「それは店長はん次第ですわ」
ニッコリと微笑む神原さん。なんだか不穏な空気が漂う。朱雀店に別の社員さんがいるなんて不思議な気分だ。何も起きないといいが。
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