ひとさし指はつきつけるもの2




「蓮太郎」

「何?」

「今日はよく頑張ったな」

「……気持ち悪いんだけど」

黄龍の背が高い建物を出て駐車場に向かうところで、鈴鹿さんともう一人の従業員を連れたお兄さんに声をかけられた。「気持ち悪い」と言われたお兄さんは、顎に手をあてて「むぅ」と唸る。

「褒めればいいとあの本に書いてあったんだが……」

一歩後ろで鈴鹿さんが額を押さえる。店長は顔に「?」を浮かべてお兄さんを見ていた。店長の気持ちを代弁すると、「何言ってんだこいつ」って感じだろうか。

「店長、まだ業務が残っています。帰りましょう」

「あ、ああ」

鈴鹿さんに言われて自分達の車の方に向かうお兄さん。かなり名残惜しそうだ。しかし敏腕秘書である鈴鹿さんに急かされて、去り際に「じゃあまた」と言って歩いて行った。

「店長、鳥山さんが待ってるので私達も帰りましょう」

私がそう声をかけたところで、店長の名を呼ぶ声が聞こえた。振り返るとそこにいたのはやっぱり陸男さんだ。彼は数メートル向こうから小走りで私達のところへやって来た。花音ちゃんはおらず一人である。

「どうしたの陸男」

「いや、ちょっとな」

陸男さんは瀬川君と私にサッと視線をやると、再び店長に目を向けた。

「今回の依頼のことだけどよ、何かあったか?」

「もっと具体的に」

「具体的にわかんねーから聞いてんだろが」

陸男さんが店長に詳しく話を聞こうとしたところで、聞き覚えのある声がかすかに聞こえた。空耳かと思いつつもそちらを確認すると、店長の名を叫びながら全力で走って来る花音ちゃんの姿があった。

「いや、まぁいいわ。今夜電話する」

陸男さんはそれだけ言い残すと、花音ちゃんの方へ駆けて行った。陸男さんが盾になってくれている間に、私達は有り難く車に乗り込む。

私のお尻がシートに着地もしないままに、店長はアクセルを踏み込んだ。車は発進し、花音ちゃんの姿がどんどん小さくなる。

しばらく乗っていると、よく知る道に出てきて、朱雀店の看板が見えた。

「はぁー、何か疲れましたねー」

「ほんっとうに」

勇人さんの顔を思い出したのか、少しの苛立ちを込めて店長が答える。しまった、店長の機嫌が悪くなったら面倒臭い。

車庫に車を停めて、数時間ぶりに朱雀店に帰って来る。なんだかすごく久しぶりな気分だ。引き戸を開けて中に入ると、カウンターで頬杖をつく鳥山さんが見えた。

「チッ……いらっしゃ……なんだ、あんた達か」

今「チッ」って言ったよね。これもし私達がお客さんだったらどうすんのさ。鳥山さんはカウンターから立ち上がり、荷物をまとめ始めた。

「鳥山さん、店番ありがとう」

「私の先を越して行ったんだから、しっかり見て来たんでしょうね」

「まぁ……」

なんだか店長と勇人さんの仲の悪さしか印象に残ってないが。

店長と瀬川君はさっさと中に入って行く。店長は一言二言お礼の言葉をかけただけで、瀬川君など言葉も発さず会釈をしただけである。無理を言って店番を代わってもらったのに、と思ったが、彼女に恩があるのはよく考えたら私だけであった。

仕方がないから私が鳥山さんを見送る。

「じゃあ、今日はありがとうね、……あ、そうだ」

そこで私は気になる事を思い出した。歩き出そうとする鳥山さんをギリギリ引き留め尋ねる。

「そういえば、鳥山さんの好きな人って誰なの?」

一瞬にして顔を真っ赤にする鳥山さん。

「そッ、そんなのいないって言ってんでしょッ!」

鳥山さんはそう怒鳴ると、そのままさっさと歩いて行ってしまった。うーん、そんな事言われても、説得力皆無なんですけど。私はずんずん歩いて行く鳥山さんの後ろ姿を見送った。




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