ひとさし指はつきつけるもの




前月の業績の振り返りと、今月の目標の共有、直近の課題と取り組みの報告から始まり、業務監査からの報告、社内表彰へと続く。

更には、新しく入ったバイトと退職したバイトの報告まであった。他の会社ではこんなことを会議で報告したりしないのだろうが、何でも屋にとっては大事なことなのだろう。その後に正社員の新規申請の話になったから、この会社が人材に重きを置いているのは確かだ。

「それでは、朱雀店の依頼ファイル未記入の件について。朱雀店、お願いします」

一郎さんがこちらを見る。店長は投げやりな感じで「僕が書くのサボっただけだよ。詳しくは資料に書いてあるし、特に説明する程のこともない」と言った。それに当たり前のように勇人さんが突っ掛かる。

「貴様!それで許されると思っているのか!?ふざけるのも大概にしろ!」

わざわざイスから立ち上がって指を突き付けてくる。いちいち演技がかった人である。

「えっ、もしかして勇人字読めないの?リッ君、勇人がかわいそうだから説明してあげて」

瀬川君は「はい」と言って説明を始めた。轟木さんにされた依頼と、シフォン・マフィンさんにされた依頼。瀬川君は轟木さんに言われた「人に言ったら殺す」という部分を強調した。店長がした「轟木さんへの手伝い」はかなり美化され誤魔化されて説明されていた。

「ちょっと待て、いくらばらしたら殺すと脅されたからといえ、各店の店長くらいには言っておくべきだったんじゃないか?相手はたかが女子高生だろう」

それは全く間違っていない意見だ。だいたい、自分一人で解決しようっていうのがおかしい。店長ならそれも出来たのかもしれないけれど。

「でも言ったらみんな死んじゃうよ?切り裂きジャックも控えてるし」

「だから一部の人にだけ言えばいいと言っているんだ!」

「そうだね、勇人にだけは言えばよかった」

「どういう意味だ!?」

私が見るに、勇人さんは店長とはだいぶ相性が悪いと思う。店長と口喧嘩をするなら、真正面から突っ込んで行くのは悪手である。ひらりと躱されて、逆にこちらのフラストレーションが溜まってしまう。それをわかっている私ですら口で勝ったことはないのに。

「まぁ落ち着け勇人。蓮太郎だって俺達に迷惑がかからないようにとした事じゃないか」

「さすがにぃぽん。まさにその通り」

何がその通りだよ、と内心でツッコミを入れながら、私は相も変わらず店長を庇いまくるお兄さんにチラッと目を向けた。

「何がその通りだ、面倒臭かっただけだろう!」

「ひっどー。僕は勇人みたいなゴミ虫の存在も気を遣かって一人で抱え込んでたのに」

「誰がゴミ虫だ!貴様こそゴミ虫じゃないか!ろくに働きもしないで!」

「何言ってんの、一般売上の低い勇人の所の為に代わりに最下位になってあげてんじゃん。感謝してよ」

「感謝することなど何処にもない!どうせお前がサボりたいだけだろう!」

「勇人!ちょっと落ち着けよ!」

ついに陸男さんが止めに入る。すると勇人さんは攻撃の標的を陸男さんに移した。

「私はいつだって落ち着いている!若造が口を出すな!」

「はぁ!?ろくな実績も残してねーくせにでかい口叩くなよオッサン!」

「私はまだ二十七だ!年上を敬え若造!」

「敬ってほしいなら一回でもうちの売上抜いてから言えよ!」

「陸男!それを言ったら終わりだろう」

今度はお兄さんが陸男さんを止める。陸男さんは「だってこいつがウゼーんだもんよー!」と勇人さんを指差した。店長は私の隣で、特に何の表情も浮かべず空気に徹していた。全く、誰のせいでこんな事になってるんだか。

「お前達、静かにしなさい。いい年をして恥ずかしいとは思わないのですか」

ついに一郎さんが口を開いた。静まり返る店のトップ達。一郎さんは店長を真っすぐに見て言った。

「話を元に戻しましょう。蓮太郎、お前は何故この依頼を誰にも言わなかったのです?」

店長は今にも「うげ」と言いたげな表情をする。店長でも一郎さんは苦手なのかな。

「別に。面倒臭さかったからだけど」

店長ははっきりとそう言い切った。余計な言い訳もせずにきっぱりと。お兄さんと陸男さんはため息をつき、勇人さんは「ほら見ろ」と胸を張った。青龍組の態度が再び大きくなる。

「あなたは面倒臭さいからといって仕事をサボるのですか?」

「てか他にサボる理由ある?」

「…………」

一郎さんが言葉に詰まってしまった。ここまで堂々と言われると、さすがの社長でも何も言い返せないのか。

「……とにかく、朱雀店長には前々から勤務怠慢の報告がきています。しっかりと業務に励んでいるか確認する為に、黄龍から監視係を置きましょう」

監視係!その言葉に、当然店長はすぐさま不満を口にする。

「はぁあ?そんなの居なくても真面目に働いてるって」

「それが信用できないから監視係を置くんだろう!」

うちの勢いが弱まると、ここぞとばかりに勇人さんが突っ掛かってくる。勇人さんが連れてきた四人の社員達の内の三人も「そうだそうだ」と囃し立てた。

「七三眼鏡は黙ってて」

「貴様こそ頭の悪そうな髪の色をしているじゃないか!」

「髪の色関係ないし、そこまで言うなら中学の頃の成績表見せ合いっこしてもいいけど」

「ぐッ……」

後で聞いた所によると、店長達は陸男さん以外皆同じ中学校出身らしい。つまり、成績表を見せ合えば、どちらが頭がいいか一目瞭然なのだ。まぁ、勇人さんも勉強はできたと思うんだけどね。七三眼鏡だし。

「監視係はこちらで選定し、近々そちらへ送ります。蓮太郎がきちんと仕事をするまで永遠に置き続けますからね」

「え━━、そんなん逆にうちに来る奴がかわいそうだって」

「蓮太郎がきちんと仕事をしていると分かればすぐに回収しますよ」

何を言っても監視係は取り消されないとわかったのか、店長は「チッ」と舌打ちをして「ならまぁそれでいいけど」と言った。店長の舌打ちなんて初めて聞いた気がする。

「それでは、朱雀店長には監視係を付けるということで。皆さん、よろしいですね?」

「ちょっと待ってください!」

また勇人さんだ。せっかく話が纏まった雰囲気だったのに。今の取り決めの、一体どこに不満があったのだろう。

「監視係だけでは生温い!もっと厳重な罰を課すべきです!」

「ですから、それは先程も申し上げた通り、処罰が決まり次第各店に通知を出します」

「勇人聞いてなかったの~?七三眼鏡のくせに」

店長はいちいち一言多いが、どうせわざとやっているので私からは何も言う事はない。

「髪型と眼鏡こそ関係ないだろう!」

「蓮太郎、あまり勇人をからかうんじゃありません。お前はもう大人でしょう」

「そうだった、僕勇人と違って大人なんだった」

わざわざ気に触る言い方をして、店長は口を閉じた。店長も店長だが一郎さんも一郎さんだ。今の言い方ではまるで勇人さんが子供みたいだ。まぁ、そういう意味で言ったんだろうけれど。さすがは店長のおじいちゃんだ。当然ながら、勇人さんは悔しそうな顔で店長を睨みつけている。

店長会議ってこんな感じで進むんだ……。なんだかちょっと、いやかなり驚いている。今日は店長がいるからかとかあるだろうか?冷静に粛々と進む会議のイメージは、私の中にはもうカケラもなかった。

「それでは、各店の主な依頼内容の発表を行って本日の店長会議を終了したいと思います。まずは玄武店からお願いします」

「はい」

陸男さんが返事をして資料を読む。どうやら、先月受けた依頼の中から特に知っていてもらいたいものをピックアップして発表するらしい。現金一億円を運ぶ仕事、誤って殺してしまった死体の処理、美術館で偽物の宝石を本物とすり替える、等など。陸男さんは一通り説明を終えてから、「以上です」と言って顔を上げた。

「ありがとうございます。次、白虎店お願いします」

「はい」

お兄さんも陸男さんと同じように、資料を見つつ説明していく。陸男さんと違うのは、サラサラと言葉が出てきている所か。彼も「以上です」と言って説明を終えた。

「それでは、次に朱雀店お願いします」

そういえばうちって何の依頼の話をするんだろう。轟木さんのことは言ったし……いや、そもそも先月の依頼でもないし、あとやった事といえば、捨て犬の飼い主探しと近くの市民広場の掃除、それと隣町の空き地にたむろしている不良達の駆除か……。私はチラッと店長の顔を見上げてみる。そして店長はこう言った。

「うちは特にないよ」

一瞬静かになる会議室だが、資料をめくっていた陸男さんが「そう……だな……」と言ったから、最後に青龍店の番になった。勇人さんはピンと背筋を伸ばして資料を読み始める。

「まず、十二月二日、香々地市に住む春日井茉莉さんの依頼です。彼女の話によると、大切なデータの入った携帯電話を通勤途中に落としてしまったとのこと。今回の依頼はその落とした携帯電話の捜索という事で、我々は直ちに春日井さんの携帯電話から発信されている……」

「あのよー、それ一個一個説明してくつもりか?」

「……悪いか?」

静まり返る会議室。いや、所々でハァというため息が聞こえる。

「青龍店、もう少し簡潔にできませんかな?」

「しかし、我々の行った業務を他店にも十分に理解してもらおうと……」

「だから長げーんだって。スマホの捜索とか普通省くだろ」

陸男さんも少しイライラしてきているのがわかる。お兄さんなんて腕を組んで下を向いて、時間が経つのをジッと待っている。勇人さんが陸男さんに言い返そうと口を開こうとした所で、それより早く店長がこう言った。

「ていうかさぁ、この大切なデータって何?書いてないんだけど」

青龍店の資料を指の先でトントンと叩く店長。確かに……書いてはいない。勇人さんは一回口を開いて、閉じて、また開いてこう言った。

「……現在交際している男性とのツーショット写真などだ」

「何だそれ!お前は省くべき内容かそうじゃないのかも分からないのかよ!」

陸男さんがやってられないとばかりに資料を机にたたき付ける。勇人さんはムッとして反論した。

「我々が話す事によって今後お前達の役に立つかもしれないだろう」

「スマホくらいお前に言われなくても探せるわ!」

花音ちゃんが陸男さんに「何を言っても無駄ですわ」と囁く。陸男さんは「いい加減にしてくれ」という念を込めた視線を一郎さんに送った。

「勇人、もういいので落ち着きなさい」

一郎さんが少し呆れのこもった声で言う。勇人さんは一郎さんには絶対に逆らわないらしく、おとなしく口を閉ざした。それを確認した一郎さんは会議終了の言葉を述べる。

「それでは、今日は皆さんお疲れ様でした。今年もよろしくお願いしますね」

その言葉を合図に部屋にいた人達はぞろぞろと立ち上がる。一郎さんと黄龍の二人が会議室を出て行ったのを見て、店長も立ち上がった。私と瀬川君は店長が立つのを待っていたので、それを見て帰る準備をする。私はもらった資料を鞄に入れ、瀬川君はノートパソコンをしまった。そこで、待っていましたとばかりに花音ちゃんが近づいてきた。

「蓮太郎さん!今日出会えて、私はとっっても感激ですわっ!だから結婚してください!」

「僕は別に感激してないし“だから"の使い方間違ってるし結婚しないし」

思い切りローなテンションで答える店長。しかし花音ちゃんは相変わらずハイテンションだ。昨日朱雀店に来たのに会えなかったせいもあるかもしれない。

「蓮太郎さん、ここは私達が初めてまともに言葉を交わした場所ですわよ?あの頃から蓮太郎さんは素敵でしたわ……」

胸の前で手を組んで、うっとりと遠くを見る花音ちゃん。

「嘘つけ。あの時は嫌悪感バリバリだったくせに」

「あの時は私がどうかしていたのですわ。今思い返せばこんなに素敵な殿方は世界中どこを探しても……あっ、ちょっと待ってください蓮太郎さん!」

店長は花音ちゃんの言葉の途中で部屋を出ようとする。ドアの前でチラッと勇人さんの方を見てこう言った。

「悪いけど僕今すっごい機嫌悪いんだよね。ゴミ虫と同じ空気を二時間も吸ったせいでさ」

売られた喧嘩はもちろん買う勇人さん。片付けをしていた手を止め、店長を睨みつける。

「不愉快なのはこっちの方だ。お前のせいで私の機嫌は最悪だ」

その言葉を店長は鼻で笑う。

「別に勇人の事言ったわけじゃないけど?でもまぁ自覚あるんなら改善しなよ」

思い切り見下した目線に勇人さんはあっさりとブチ切れる。花音ちゃんの近くに来た陸男さんと、まだ白虎店の席にいるお兄さん達も二人に注目した。一郎さんが居なくなった今、二人を止めるのはあなた達しかいないんです、お願いしますよ。

「貴様ァ……どれだけ人を馬鹿にすれば気が済むんだ……!」

「ていうか勇人って実際バカだし?もしかして自覚ない?ご愁傷様ー」

どうしてこの人はこんなに人を馬鹿にすることができるんだろう。ある意味尊敬するよ。私が若干ハラハラしながら二人の言い合いを見ていると、花音ちゃんが寄ってきて「いつもの事ですわ」と囁いた。そうなんだ……。

「毎回毎回人の事を馬鹿呼ばわりして……私は最年長者だぞ!」

「勇人はバカだから忘れてると思うけど、店長やってる長さで言えば僕が一番先輩だからね」

「そんなものは関係ない!私はお前なんかより四年も長く生きている!」

「完全実力重視のこの仕事で何言ってんの。相変わらずバカなんだね」

さっきからバカバカバカと繰り返す店長。でも実際、勇人さんはちょっと子供っぽいと感じる。店長を相手にムキになるのも分かるけれど。

「な……んだと……ッ。貴様はバカバカバカと……。ちょっと頭いいからってふざけるなよ!」

「いや、学校の勉強的な意味じゃなくて、人間としてバカってこと。まぁ、どっちにしたって勇人なんかには負けないけどね」

わなわなと拳を震わせる勇人さん。何か言い返したいのに何も言い返せないのが悔しいのだろう。店長と口喧嘩するといつもそうだから、その気持ちはよく分かるんだけどね。

「この若造が……ッ」

「あはは、そんな事は」

勇人さんが苦し紛れに絞り出した言葉を、店長はあっさりと笑い飛ばした。

「何か一つでも僕に勝ってから言ってくれないかな」

隣で瀬川君が「店長最低です」と呟いた。


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