四神集結5




「どーも」

「あら、朱雀の店長さんじゃない。一年も会議サボってたのに今更どうしたの?」

「気が向いた」

「嘘。どうせ一郎さんに怒られたんでしょ」

店長は受付で社員証を見せ、受付のお姉さんと一言二言言葉を交わすと、奥の廊下へ向かってへ歩き出した。前に来たときはおじいさんだったが、今日の受付はいかにもっぽい若いお姉さんだった。私が途中で受付を振り返ると、茶髪をきれいに巻いた美人風のそのお姉さんは、ニコッと笑って手を振った。慌てて会釈する。

店長と瀬川君について廊下を進むと、その途中で見覚えのある着物姿に遭遇した。あの人は確か。

「あ、閻魔じゃん。久しぶりー」

「朱雀の店長はんやないですか。どないしはりましたん?」

神原閻魔さんである。赤みがかった長い髪をうなじでひとまとめにしていて、右目は長い前髪で見えない。以前ここに来たときに、道案内をしてくれた。

「店長会議に来た」

「あらら、一年ぶりくらいとちゃいます?」

「そーそー。面倒臭いけどね」

「ボクはむしろ出たいですけどね」

「じゃあ代わる?」

「ひゃはは、店長さんの代わりなんてボクなんかには無理ですわ」

神原さんはそう言って笑うと、「ほなまた」と言って受付の方へ進んで行った。すれ違い様に頭を下げると、糸目をさらに細くしてニコッと微笑んでくれた。

「あの人、誰なんですか?前も会ったんですけど」

神原さんの後ろ姿が見えなくなってから店長に尋ねる。すると店長はちょっと驚いた顔をした。

「え、会ったの?」

「は、はぁ……」

それから瀬川君の顔を見る店長。瀬川君はいつもの無表情をギクリとさせて、なぜか「すみません……」と謝った。

「はぁー、まぁいいけど。雅美ちゃんもあの人には関わらない方がいいよ。あんまりいい人じゃないから」

そうなんだ、と内心で少し驚いた。気さくそうな雰囲気の人だが……。私は彼のことをそんなに知っているわけではないので、いい人じゃないと言われたらそう思うことにする。

そんなに知っているわけではないのに少し驚いた理由に、もしかしたらどことなく店長に雰囲気が似てるのも理由かもしれない。当然、口には出さないが。

エレベーターで五階まで上がり、またしばらく廊下を進んで【会議室B】と書いてある部屋のドアを開けた。入って、知っている顔を何人か見つけた。お兄さん、鈴鹿さん、陸男さん、花音ちゃん。それから、一番奥の席に店長とお兄さんのおじいちゃん。私達が入ると、部屋にいた全員がこちらを向いた。

「ふん、久しぶりに顔を出したと思ったら遅刻とは、お前は時計も見れないのか?」

「勇人ちょっと黙って。口臭い」

「なっ……貴様ァ……」

拳を震わせて店長を睨みつけるのは、四角い眼鏡をかけて、暗い色の髪を七三分けにした男の人だ。しかし隣の女性に「店長落ち着いてください」と言われ、何とかキレずに我慢した。なるほど、あの人が相楽勇人さんだな。これは私の予想でしかないが、真面目な性格で店長と気が合わないのかもしれない。染めたことのない七三分けの髪と、ボタンを留めてきっちり着込んだスーツを見て、私はそう推測した。ちなみに私達が遅刻をしたのは、いろんな所でいろんな人と店長が無駄話したからだと思う。

「久しぶりだな、蓮太郎」

「一郎ちゃんもお元気そうで」

「一年の休暇は楽しかったかね?」

「まあね。ここと違って空気がいいからね」

店長はそう煽りながら、おじいちゃんの向かい側の席に座った。

私は一瞬頭がパニックになり、ぼーっと立ち尽くしてしまった。あのおじいちゃんが一郎さんだったんだ……。ということは、じゃあ店長って社長の孫なのでは?急にもっと真面目に働かさなくてはダメな気がしてきた。でも、ゆくゆく社長を継ぐのはやはり長男であるお兄さんなのだろうか。

瀬川君が店長の左隣の席に座ったので、私は右隣に座った。この部屋には真ん中に五角形の大きなテーブルがあり、それぞれの辺に椅子が五つずつ置いてある。各店の席順は、私達朱雀店が入口の一番近く、右隣が青龍店、左隣が白虎店、向かい側が玄武店で、玄武店と青龍店の間におじいちゃんとその他二人が座っている。おじいちゃん達は、多分黄龍の代表なのだろう。つまり、間に黄龍が挟まってるだけで東西南北の順に並べられている。

「それでは、ようやく全員揃った所で、一月度の店長会議を始めたいと思います。まずは各店制作してきた資料を配布してください」

一郎さんの言葉で、店長会議がスタートした。私の手には朱雀店の資料と他の店の資料、合わせて五つの資料がある。そして黄龍からもらった資料を見てビックリした。思わず口をあんぐりと開けてしまった。去年の売上金、すごい額が書いてあった。そんなに儲かってるようには見えなかったのにな。やっぱり暇なのはうちだけなのか。去年の売上額が書いてあるのは、年明けて最初の会議だからだろうか。十二月分の売上額でもすごいと思うのに。

各店舗の通常売上額という欄を見ると、トップは陸男さんの所の玄武店、僅差でお兄さんの所の白虎店が二位で、勇人さんの所の青龍店が三位、うちはもちろん最下位だった。というか、うちの売上は玄武店の半分もない。

「ちょっと待ってください!」

その大きな声に顔を上げると、勇人さんがおじいちゃんの方を向いて手をピシッと上げていた。そして店長を指差してこう言う。

「一年も会議をサボっておいて、こいつには何の罰もないのはおかしいと思います」

その言葉にお兄さんはハァとため息をつき、陸男さんは苦笑を浮かべた。花音ちゃんはハラハラとして様子を伺っている。

「つーかぁ、あんた店はどうしたのよ。店員三人しかいないのに三人とも来てるっておかしいじゃない」

勇人さんの右隣に座っている目つきもガラも悪い女性が、もっともな事を言ってきた。態度が大きく粗暴で、私が苦手なタイプである。

「他の人にお願いしてきたよ」

その答えにお兄さんが顔を上げる。自分が送り込んだアルバイトだと気がついたのだろう。ガラの悪い女性は「ハァ?」と眉を吊り上げた。

「何そいつ、役に立つの?」

隣で勇人さんもウンウンと頷く。お兄さんは微妙な顔をして勇人さんを見た。おそらく言い返したいのを我慢しているのだろう。

「少なくとも君よりは役に立つと思うよ」

左隣の顔を見上げると、であるはとてつもなく素敵な笑顔をしていた。私までちょっとスッキリした。説明会の時の鞭の女性といい、どうも青龍店は好きになれない気がする。ガラの悪い女性は今にも噴火寸前だったが、勇人さんの時と同様に左隣の女性が落ち着かせる。そして、その左隣の女性は一郎さんにこう言った。

「社長、朱雀店長の処置について何か言っていただかないと、私達の志気に関わります」

なるほど、青龍店からは五人も来ているけど、冷静なのはこの女性だけらしい。他の四人は全員こっちを睨んでいて、一生懸命威圧している。しまった、白虎店側の席に座ればよかった、と後悔した。

一郎さんはゴホン、と咳ばらいを一つする。

「朱雀店長の処置についてはおいおい通知を出します。時間を無駄にはしたくありません。会議を続けさせてもらいますが、よろしいかな?」

勇人さん達はとてつもなく不満げだったが、一番偉い人に言われてしまっては「はい」と言うしかない。代わりに、思い切りこちらを睨みつけてきた。

こんな感じで、念願叶って参加した店長会議は、ピリピリした雰囲気と共に幕を開けた。



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