四神集結4




「リッ君、そろそろ行こっか」

約一時間後、そう言って店長がソファーから立ち上がった。この一時間の間は珍しく瀬川君も店に出てきていた。店長の言葉を聞いて、瀬川君はノートパソコンを鞄にしまって会議へ行く準備を始める。

そういう私は相変わらずカウンターに座っていて、そのやり取りに耳をそば立てていた。くっそー、私も行きたいのに!

雑談を交わしながらゆっくりと歩く店長と瀬川君が私の横まで来たとき、ちょうど店の引き戸が開いた。

「いらっしゃ……あ」

低いテンションのままで「いらっしゃいませ」と言おうとした私だったが、引き戸を開けたのが鳥山さんだと気がついて途中で言葉が消えた。

「麗雷ちゃんどうしたの?」

私の隣に立っている店長が、この場の誰もが思ったであろう疑問を投げ掛ける。すると鳥山さんは店長を一睨みしてこう答えた。見上げた際にサラサラのツインテールがわずかに揺れる。

「店長サンが店にいるかわざわざ確認しに来たのよ」

わざわざの部分に刺とイライラがこもっている。おそらく、お兄さんに言われて来たのだろう。鳥山さんが自ら進んで店長の様子を見に来るわけがないから。それより、お兄さんは鳥山さんが店長のことが嫌いなことを知らないのだろうか。明らかな人選ミスだと感じるが。

そして、今この瞬間の鳥山さんは、どう考えても運が悪かったと思う。引き戸に手をかけたまま、意識して不遜な態度で立つ彼女の姿を見て、店長は閃いてしまった。

「そうだ、代わりに麗雷ちゃんに店番してもらおう」

「はぁッ!?」

それはナイスアイディアだ!私は心の中で店長に賛同したが、鳥山さんの「はぁ?」が怖かったので口には出さない。もちろん鳥山さんは店長の提案に反論した。

「何で私がこんな店の店番なんてしなきゃならないのよ!ならないんデスカ!?」

「花音はしてくれたけど?」

「それは、あいつの頭がおかしいからでしょ!」

「ふーん、花音にできる事が麗雷ちゃんには出来ないと」

「ぐッ……」

鳥山さんはわかりやすく狼狽えた。確かにそう言われたら屈辱的だろう。しかし鳥山さんは冷静さを取り戻し、なんとか堪えきった。さすがである。

「ふ、ふん、そう言われたって私は店番なんてしないわよ。だいたい花音と同じ事なんてしたくないですし?」

やっぱり鳥山さん、頭の回転早いなぁと素直に賞賛する。煽られた状態で自分でちゃんと落ち着きを取り戻して、しっかりと言い返している。

「そっか……それならしょうがない……」

店長は聞こえるか聞こえないかくらいの小さなため息をついた。それからサッと顔を上げて、ニコッと笑うと大きく一歩踏み出した。

「麗雷ちゃんの好きな人、街中に言い触らしてこよーっと」

「ちょちょちょちょちょ、待ちなさい!」

意気揚々と外へ出ようとする店長の上着の裾を、鳥山さんは恐ろしい反射神経で掴んだ。店長は「何?」と言って振り向くが、その顔にはニコニコと笑みが浮かんだままだった。

「あんた、私の好きな人とか知ってんの!?」

疑いを含んだ眼差しで店長を睨みつける。私も鳥山さんの片思いの相手が知りたくて耳を澄ました。店長だったら絶対、言われたくないとわかってて言うと思ったし、案の定店長はそれを言いかけた。が、

「もちろん。麗雷ちゃんの好きな人って、」

「ああああぁぁああッッ!」

当然と言えば当然だが、鳥山さんの大声に掻き消された。彼女はハッと口を押さえ、一回だけ後ろを振り向いた後、店長に向き直ってこう言った。

「店番って何をすればよろしいのでしょうか?」

「さすが、頭のいい子は理解力が違うね」

こめかみをピクピク動かしながら一生懸命愛想笑いを浮かべている鳥山さんに、店長は「カウンターに座ってるだけでいいから。じゃあ、花音と同じ仕事だけどよろしく~」と言ってさっさと店を出た。瀬川君もそれに続いく。私も慌てて荷物を鞄に放り込み、鳥山さんに「ごめんね」と手を合わせて二人を追いかけた。

私達は店長の車に乗り込む。店長が運転席、私と瀬川君が後部座席。これは前に本部に行ったときから自然とこうなっている座り方だ。

「麗雷ちゃんをよこす辺り、にぃぽんも本気だね」

「店長信頼されてないんですね」

「何言ってんの、僕とにぃぽんは固ーい兄弟の絆で結ばれてるよもちろん」

嘘くせー。私は店長の後頭部にジト目を向けてから、隣の瀬川君に視線を移した。この人はこの人で、車に乗り込んでから一言も喋らないし。

「?」

「あ、何でも」

目が合ってしまったので慌てて逸らす。わざとらしすぎただろうか、と思いながら流れる景色を眺める。

それにしても、鳥山さんの好きな人って誰だったんだろう。あの気の強い彼女が惚れた相手とは、とても気になる。

彼女に好きな人がいて、それが店長にばれていたおかげで、私も会議に行けることになったのだ。鳥山さんには感謝しなければ。あそこに居たという事は、可能性も会議に連れて行ってもらえなかった存在のはずだから。

まぁ、白虎店はうちなんかよりも何倍も従業員の数が多い。アルバイトなんかじゃ連れて行ってもらえないのなんてわかってるけれど、ご心の中で謝らずにはいられない。鳥山さんだって行きたかったはずだから。

「そういえば、その店長会議って三人でゾロゾロ行ってもいいものなんですか?」

私は当初二人だった予定が三人になった事を少し心配した。しかし、店長はあっさりとこう答える。

「ていうか、普通三人くらいで行くんだよ。店長と書記係と、雑用が一人くらい」

つまり私は雑用係ってことか。まぁ、普段だってそんな立ち位置だから気にしないけれど。というより、雑用っておそらく仕事はないだろう。

「勇人の所はアホだから見栄張って五人くらい連れて来るけど」

聞き覚えのない名前に私が「?」を浮かべていると、隣で瀬川君が「青龍店の店長だよ」とこっそり補足してくれた。なるほど、納得だ。相楽勇人さんね、覚えておこう。

そんな風にして車に揺られていると、しばらくして、前に一度だけ来た事のある本社の高いビルに到着した。



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