生きる喜びとは主役を演じることを意味しない5
「遅いと思ったらそんなことしてたの」
「すみません……」
「連絡くらいしてくれてもいいのに」
「そこまで思いつかなかったです」
スマートフォンを操作しながらぶつぶつそう言う店長。結局、私達二人は朱雀店に来ていた。独尊君が私の後ろで複雑な顔をしている。でも、これが一番手っ取り早いだろう。
「まだこの辺にいるの?」
「えーと……」
私は独尊君の方を振り返った。だが、独尊君がその男性を見失ってからもう何時間も経っている。
「ちょっと……わかりません……」
私だってその男性がどこにいるかなんてわからない。店長はカウンターで頬杖をついたまま「ふーん」とだけ言った。スマートフォンから顔を上げずにそう言った姿は、私達の話なんて半分くらいしか聞いていないように見えた。
「でも県内にいるでしょ?」
「それは多分……そうだと思う……思います。そいつの目的地が県内にあるらしいので」
店長は「了解」と言って、ようやくスマホから顔を上げた。それからさっとカウンターから立ち上がって、「どーぞ」と私に座るよう促す。仕方ないので定位置であるそこに腰を下ろした。
「あ、そういえば今日めちゃくちゃ人気の和菓子あるよ。貰い物だけど」
「まじですか」
「まじまじ。なんか昼頃には売り切れちゃう京都のやつだって」
「せっかくなので出しましょう」
そう言い終わらないうちに、私は座ったばかりの椅子から立ち上がっていた。和菓子は賞味期限が短い物も多いからね……と、希少価値にがっついた自分に言い訳をする。
私は荷物を持って店の奥へ向かった。自分の部屋に荷物を適当に置いて、エプロンを巻きつつ台所へ向かう。
お茶と和菓子を持って店に戻ると、店長と独尊君がソファーに座ってテレビを見ていた。独尊君がいつも私が座っている席にいるので、私は普段瀬川君が座っている席に腰を下ろした。
「店長、もうすぐ紅茶きれそうですよ」
「うわー、昨日スーパー行ったことなのに」
「ちゃんと台所の在庫確認してから行ってくださいよ」
「だって雅美ちゃんの管轄じゃん」
私はハァとため息をついた。仕方ない、明日私が行って買ってこよう。そのかわり、自分用には選ばないような高いやつを買ってやろう。と、ここで、今まで黙っていた独尊君が口を開いた。
「……なぁ、いつもこんな感じなのか?」
「こんな感じって?」
「こんなグダグダしてんのか、って」
「ああ……」
そりゃあ、お客さんが来ないんだからグダグダもするだろう。青龍店ではきっちりかっちりした雰囲気で仕事をしているのだろうか。そうだとすると、このグダグダ感はちょっと信じられないのかもしれない。
「だってうちお客さん来ないもん」
「そりゃそうですけど、そんなハッキリ言わなくても」
店長の立場でそれを言ったら終わりでしょう。それに、そんなこと言ったら独尊君がまた「不真面目だーッ」って怒るから……。そう思って独尊君の顔を見たが、彼は意外にも冷静だった。
「ふーん、うちとは違うんだな」
「……独尊君、不真面目だーッとか言わないの?」
「え?ああ……言ってほしいの?」
そんな訳ないけれども。私と独尊君の間でスマホを操作していた店長が笑いながら言った。
「今日は唯我ちゃんがいないからいいんだよね」
「…………」
黙る独尊君。そんな独尊君に、店長はスマホの画面を見せた。
「見つかったよ」
「嘘!?どうやって!?」
そう言われて、独尊君は突き付けられた画面に飛びついた。店長はさっさとスマホから手を離す。私も気になって身を乗り出した。
「知り合いに聞きまくった」
「こ、ここにいんのか!?」
スマホの画面に釘付けになったまま、独尊君はつい立ち上がった。おかげで、座ったままの私には画面を拝むことはできなかった。
「栄口だね。結構遠いよ」
「早く行かねーと!」
口ではそう言ったものの、画面の内容を記憶するのに精一杯で彼は何も動けていなかった。そんな独尊君に店長は「そんなに一生懸命覚えなくても送ってあげるよ」と言って手を伸ばした。独尊君は素直にその手の平にスマホを乗せると、脇に置いておいた荷物を引っ掴む。
「悪いな!頼んだ!」
それだけ言って彼はさっさと背を向けて駆け出した。引き戸を乱暴に開けてあっという間に店から出て行く。
「……行っちゃいましたね。お礼くらい言ってくれてもいいものを」
「怒ってる?」
「そんな心狭くないですよ」
私はソファーから立ち上がって、お茶を飲んだ後のコップを台所に片付けた。それからカウンターへ向かう。
「あ、そうだ雅美ちゃん」
「何ですか?」
座る前に呼び止められたので、仕方なく振り返る。振り返ってはみたが、店長はこちらを向いておらず、高級最中の個包装袋を剥がしながらふわっとした調子で言った。
「遅れる時は連絡してね」
「?はい」
それさっきも言ってましたよ。そう思いながら私は適当な返事を返した。
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