戻ってきたのだろうか?2




「あら、荒木さん」

駅のホームで電車を待っていると、背後から声をかけられた。

「鈴鹿さん!どうしたんですか?」

振り返ると、白虎店の鈴鹿さんは微笑んだ。彼女は私の隣に並ぶ。

「この前の仕事のことで、ちょっと朱雀店に行こうと思って。それでこれを」

鈴鹿さんは「美味しいって聞いたから」と言って、この駅の近くの洋菓子店のマークの入った箱を、ちょっと持ち上げた。わざわざ一駅前で降りて買ってくれたということだ。店長、ちゃんとお礼を言えるだろうか。

「荒木さんは仕事の途中?」

「あ、いえ、私は今日はもう上がらせてもらったんです。ちょっと用事があって」

そう答えると、鈴鹿さんは「そうなの……」と言って少し困ったように眉尻を下げた。

「荒木さんがいないと少しやりにくいわね」

私はその言葉にハハハと乾いた笑いを返した。店長の相手をするのは疲れるだろうし、だからといって瀬川君じゃあ仲介役にはならない。北野さんのお見舞いも終わったし、私は「なら私も行きましょうか」と言おうと口を開いた。しかしそれより一瞬だけ早い鈴鹿さんの言葉に、私の声は腹の中に戻っていった。

「でも荒木さんは用事があるんだものね。大丈夫よ、荷太郎さんの相手だって大変なんだから」

「そ、そうなんですか……」

しまった、鈴鹿さんの中では私の用事はこれから行うことになっているようだ。たしかにどちらとも取れる答え方をしたからそれも仕方がない。訂正するタイミングもなんとなく逃してしまった。いや、だがよく考えたら、朱雀店に向かう電車に乗る所なのだから、その辺を察してほしかった。そう思った所で鈴鹿さんはこう言う。

「そういえば、用事はどこであるの?この電車じゃ朱雀店に戻っちゃうと思うんだけど……」

察してくれたがそれでは少し遅い。もう一つ前がそのセリフであってほしかった。

「えーと……ここでも、南鳥駅の一つ先の街でも用事がありまして……。どうせなら一気に片付けた方がいいかなー、と」

苦し紛れな言い訳をする私。しかし鈴鹿さんは何の疑いも持たずに微笑んだ。

「荒木さんも忙しいのね。でも、学生のうちは沢山遊んでおかなくちゃダメよ」

鈴鹿さんは「私みたいになっちゃうわ」と言って、先程より茶目っ気のある笑顔を見せた。そういえば、鈴鹿さんは大学に進学しなかったのだったか。雰囲気は四年制大学を卒業したバリバリのキャリアウーマンといった風だが。

やがてホームに電車が滑り込んで来て、私達はそれに乗り込んだ。一駅先で鈴鹿さんに別れを告げ、私はもう一駅分電車に乗り続けた。自分は何をしているのだろうかとため息が出てくる。

もう一度反対側へ向かう電車に乗り直して、私は見馴れた南鳥駅へ帰ってきた。たった数分前に、鈴鹿さんもここを歩いたのだろうと考える。

駅舎からロータリーへ出たところで、私はよく知る兄弟喧嘩を発見した。

「何故ですのっ!?邪魔はしないと言っているではありませんの!」

「お前が来ると蓮太郎のテンションが低いんだよ!頼むからこの辺で買い物でもしててくれ!」

「お兄様が蓮太郎さんとのデートの約束を取り付けてくれたら、言うことを聞いてさしあげますわよ!」

「無茶言うな!ここまで連れて来てやっただろ!」

「ここまででは何の意味もありませんわ!」

陸男さんと花音ちゃんが、バイクを挟んで口喧嘩をしている。お互いの顔にツバが吹き掛かりそうな勢いだ。それを遠巻きに見て立ち去る駅の利用者達。ここで無視するのもどうかと思い、私はゆっくりと二人に近づいて行った。

「あのー……二人とも」

「お兄様は昔っからケチでしたわよね!そんなんじゃ茜さんくらいしか好きになってくれませんわよっ!?」

「良いんだよ!俺は茜一筋なんだから!」

「きゃー、イタいですわ!ゾワゾワします!」

「あのー……ここは目立つから……」

「一番イタいのはお前だろ!?お前ほど痛々しい奴見たことねぇよ!」

「わ、私の愛を否定しますの!?いくらお兄様でも許しませんわよ!」

「ふ、二人とも……っ、ちょっと落ち着いて……!」

「何が愛だよ!お前のそれに付き合わされてる俺の身にもなってみろ!」

「私がいつ付き合わせたって言うんですの!?お兄様が勝手に首突っ込んでるだけではありませんの!」

「…………」

「お前っ、俺が止めてやらなきゃ今頃蓮太郎に絶交されてんぞ!?」

「妙な恩の売り込みは止めていただきたいですわ!この、シスコン!」

「それだけは断じて違う!それは蓮太郎が勝手に吹いて回ったデタラメだろ!」

「どうだか!家に帰ったら来夢にべったりなのは事実じゃありませんの!」

「何だ!?寂しいのか!?そりゃしょうがねぇよなぁ、お前より来夢の方が百倍可愛いげがあんだからよ!」

「寂しい?ハッ、妄想は茜さんの事だけにしていただけます?私は蓮太郎さんの愛があれば兄弟愛などガムと一瞬に丸めてポイですわ!」

私はそっとその場を離れた。今頃は鈴鹿さんが朱雀店にいるだろうし、あの二人にはもう少々ここで時間を潰してもらった方がいいだろう。

それにしても、今日は朱雀店へのお客さんが多いような。店長、何かやらかしたのだろうか。




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