戻ってきたのだろうか?

「はぁ~あ、相変わらず暇ですね」

今日は一月十五日。私はいつも通りにカウンターに座って、来るかどうかも分からないお客様を待っていた。

「だからといって欠伸はどうかと思うよ」

「店長だってさっきまで出掛けたくせに」

「リッ君がいるし大丈夫だと思って」

今日私がバイトへ来ると、瀬川君がいつもの無表情でカウンターに座っていた。昨日はあんな事があったというのにこんなに普段通りだなんてとその時は思ったが、こうして店長との会話を振り返ってみると、今の私も十分普段通りだ。

「それにしても店長酷いですよ。私麻雀なんて一回もやったことなかったのに」

「僕だって高校の時友達と一回やっただけだけど」

それなら一体何の繋がりであのおじいさん達と知り合いなのだろうか。彼らは「麻雀魂」などと口走りながら牌を混ぜていたが。

「でもまぁいいじゃん。新しい事一つ覚えられて」

「今後の人生に全然役に立ちそうに無いんですけど」

くだらない話をしながら時間が過ぎるのを待つ。この調子じゃあ今日もお客さんは来なさそうだ。時計を見ると、いつの間にやら午後六時になっていた。

「店長、私そろそろ行きますね」

「はーい、お疲れー」

ソファーからひらひらと手を振る店長。私は荷物を持って「お疲れ様です」と返して店を出た。今日はいつもより早く上がらせてもらっている。今から北野さんのお見舞いに行こうと思っているのだ。

北野さんが入院している病院は隣町にあると聞いた。私は店長からもらった手書きの地図を開いた。二つ折りの小さなメモ用紙に少し揺れた縦横の線と丸っこい文字が踊っている。

「野洲病院か……」

どうやら駅のすぐ近くらしい。地図には野洲駅からの案内しかなかった。よかった、これなら道に迷わず着きそうだ。

一駅分だけ電車に乗って、隣町へ向かう。駅に着いて出口の方角に注意して歩き出した。歩いて十分もかからずに目的地へ到着する。受付で北野さんの病室を聞き、白い廊下を歩いた。

北野さんの病室は二〇三号室だ。ちなみに個室である。私はトントンとドアをノックした。ガチャリと内側からドアが開く。自分からドアを開けたのは、轟木さんの事があったからだろうか。私の予想を裏づけるように、顔を出した北野さんは刀を握っている。

「何だ、荒木ではないか」

「お見舞いに来たよ」

私は途中で購入したフルーツをよく見えるように持ち上げた。

「見舞などいらぬのだが……」

そう言うものの、北野さんは私を中へ招き入れてくれた。

「怪我はどうなの?」

「何針か縫った」

北野さんはベッドの上にあぐらをかき、受け取ったフルーツのセットの中からバナナを取り出して食べ始めた。

「でも元気そうでよかった」

「私がそう簡単にくたばる訳がないだろう」

確かに、それもそうだ。何てたってあだ名が「暴君」だものね。北野さんと同じバイトをしていた頃は私もよく怒られた。私は要領のいい方ではなかったし、北野さんは私よりバイト歴の長いベテランさんだったから、それも仕方のないことだったのかもしれない。

でも、こうして時間をあけて再会してみると、相手の事がよく分かるようになっている気がする。北野さんの性格が丸くなったという理由も、もちろんあるのだろうけれど。

「研究所の人達もお見舞いに来たりするの?」

「まぁそうだな。こっちはゆっくりしたいというのに……」

悪態をつくも、北野さんは何だか嬉しそうだ。本当に変わったんだなぁ、としみじみ感じる。メルキオール研究所との出会いは、彼女をとてもいい方向へ動かしたようだ。私は花瓶に飾られた花を見て思った。

「そういえば、貴様の所の店長とやらも昨日見舞いに来たぞ」

「えっ、そうなの?」

店長め、昨日店にいないと思ったら一足先に北野さんのお見舞いに行っていただなんて。言ってくれればいいのに、何故わざわざ言わないでおくのだろうか。

「手ぶらだったがな」

「すみません……」

お見舞いに行くのに手ぶらとは、本当に常識のない。そりゃあ友達の病室に遊びに行くというシチュエーションなら分かるが、店長と北野さんの間柄は実際そうではないじゃないか。

「あれ?そういえばよくうちの店長だってわかったね」

私は北野さんに店長の話はした事はない気がする。ジェラートさんとのやり取りを思い出すと、店長が自分から名乗るのも違和感があるような。それに、外見からは店長をしているようには見えない。

「自ら名乗られたぞ。いらぬ借りを作ってしまった」

その答えに私は少し驚いたが、声には出さないでおいた。店長が自らちゃんと自己紹介するなんて、北野さんと仲良くなりたいという事かだろうか。

「借りなんかじゃないよ。こっちだって仕事で……」

「仕事?」

北野さんが顔に「?」を浮かべる。この様子だと、依頼人のシフォン・マフィンさんから何も聞いていないようだ。マフィンさんと北野さんは同じ研究所の知り合いだと説明をされていたのだが。マフィンさんが独断で北野さんを守るように依頼したという事だろうか。

「いや、何でもない。じゃあ私はこの辺で帰るね」

なら私がそれを言ってはいけない。私はさっさと椅子から立ち上がった。北野さんはまだ気になっている様子だったが、それ以上尋ねたりはしてはこなかった。

「じゃあ、無理しないで早く元気になってね」

「ああ。借りは必ず返すと伝えておいてくれ」

パタンと扉が閉まる。あまり長居していたら、きっと研究所の人が来てしまうだろう。

私は白い廊下を来たときとは逆方向へ歩き出した。その途中で白衣を着た長身の男性とすれ違う。私はそれが医師ではなくて、北野さんのお見舞いに来た人だと何となく思った。振り返ると、やはり彼女の病室に入って行った。

北野さん、友達いっぱいいるんだな。私はまた前を向いて歩き出した。医師じゃないとわかったのは、もしかしたらあの男性から少しタバコの匂いがしたからかもしれない。

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