そして芽生えるもの3




「場所は!?」

「隣町の軟蛇川です。軟蛇橋から約三十メートルほど離れた場所で、向かい合っている二人を見た人がいます。最新情報は五十八分前。その後二人は一緒にどこかへ行ったようです」

「一時間前か。やばいね」

私達三人を乗せた黒い車は、電光石火の如く猛スピードで軟蛇川に向かっていた。瀬川君の調べによると、軟蛇川の河川敷で二人を見たという情報があるらしい。軟蛇川はそこそこに幅のある川で、整備された広い河川敷にはウォーキングやペットの散歩、運動部の練習等に利用する者も多い。

「で、でも北野さんですよ!?痺れ薬なんて簡単に飲みますか!?」

ナビゲーターを務めている瀬川君に今回は助手席を譲った私は、後部座席から叫ぶ。あの戦い慣れしている北野さんが、いきなり現れた女の子に渡された飲み物を簡単に飲む姿は想像がつかない。

「わからないけど、二人が一緒にいるなら急いで向かった方がいい。僕のせいで轟木ちゃんがブチ切れモードだから何を仕出かすか予想できない」

「そりゃそうなんですけど!それでも北野さんが負けるなんてありますかね!?知らない人との食事に応じるのも考えにくいし」

店長は何も答えなかった。ハンドルが右に切られて、私も瀬川君も大きく右に傾く。

「新しい情報が入りました。二十分程前、クルトンというファミリーレストランで二人が食事しているのを見かけたという人がいます」

途切れた私達の会話に瀬川君が割り込んでくる。店長はすぐに「そのあとは」と返す。

「二人一緒に店を出て、そのあとはわかりません」

黒い車はさらにスピードを上げた。北野さん、まさか薬を飲んだだろか。痺れ薬など飲まされたら、いくら北野さんでも勝てないだろう。当然相手は武器を用意してきているはずだ。

「店長!」

瀬川君が珍しく大きな声を出した。

「花音さんが五十七番の仕事で隣町にいます」

その言葉に店長は微かに肩を揺らした。一拍置いて、返事を絞り出す。

「……それが?」

「助けを求めてください」

瀬川君の表情を確認したかったが、後部座席からでは見えなかった。だが、おそらくいつものように冷めた表情をしているのだろう。

「…………」

迷っているらしく、店長は瀬川君の言葉を聞いて黙り込んでしまう。このピンチを乗り越えるのに花音ちゃんが加わってくれれば百人力だ。体躯に見合わぬ怪力を持つ彼女は、なんならこの場にいる誰よりも戦闘向きな気もする。

しかし店長的には花音ちゃんに頭を下げたくはないのだろう。貸しを作りたくないはずだ。その気持ちは十分わかるが、このままでは北野さんが危ない。私はそっと瀬川君に尋ねた。

「瀬川君、瀬川君から花音ちゃんにお願いできない?」

「もうした。蓮太郎さんのお願いじゃなきゃ聞きませんわって言われた」

「そっか……」

内心でだよねと呟く。瀬川君だって、自分で聞いて断られたから店長に言ったはずだ。この非常事態でわざわざ店長をからかう為だけにああ言うだなんて、生産性のないことは彼ならしないだろう。

私からもお願いしてみようかな、瀬川君よりは可能性高いと思うけれど、と思ってスマホを取り出した。それと同時に、瀬川君が店長に自身のスマホを差し出したことに気がついた。そして彼はこう言う。

「繋いでおきました」

「…………」

店長は尚も黙ったまま、しかしそのスマホを受け取った。

「もしもし?」

そう言った途端にスマホを耳から遠ざける店長。花音ちゃんが大きな声を出したようだ。この距離でも甲高い声が聞こえる。

「わかったわかった。悪いけど頼んでもいい?」

キンキンと何か一言聞こえてきて、それだけ聞くと店長はスマホの画面をタップした。通話終了画面に切り替わる。おそらく「もちろんですわ!」とでも言われたのだろう。

花音ちゃんが来てくれそうで安心した。私は手にしたままだったスマホをポケットに片付けた。店長も瀬川君にスマホを返し、瀬川君はそれを無言で受け取る。

「一分でつくってさ。いつものも持ってるらしいし。リッ君あとで五十七番手伝ってあげて」

「はい」

いつものとは一体何だろう。花音ちゃんが毎回必ず持っている物などあっただろうか。店長への愛は常備してそうだが。

緊急事態ということもあり、私達の雰囲気も普段よりピリピリしている。全員が口を閉ざしたまま数分走ったところで、瀬川君が言った。

「店長、新しい情報が入りました」

「教えて」

「聖華高校の女子生徒が銃撃を受けています。情報提供者は今も二人の近くでその様子を見ているようです」

「そっか」

店長が少し口角を上げてそう答えた。心なしか肩の力が抜けている。瀬川君も何故だかホッと息を吐いた。

「え……っと、どういう事ですか?」

聖華高校の生徒ということは、銃撃されているのは轟木さんだ。それなら、撃ってるのは北野さんだろうか。私の北野さんの印象は刀一筋で、拳銃を持っているとは見たことも聞いたこともないはずだが。

そこで朧げな記憶が蘇ってきた。私は以前、本物の拳銃を見たことあったはずだ。どこだっただろうか。チワワ捜しに使用する様な麻酔銃ではない。本物の拳銃だ。たしかもっとずっと前にだったような……。

「そこを右です。曲がったらすぐに空き地があるので、そこに……」

グルンと車体が揺れる。瀬川君が指す細い道を右に曲がると、確かに目の前に空き地があった。

「いた!北野さんだ!」

私はまず空き地の端にコロンと倒れている北野さんを見つける。彼女が伏していることに驚きつつ、反射的に轟木さんを探す。が、まだ見えない。

近付くにつれて、高い塀に囲まれた空き地の全体が見渡せるようになった。

「降りて」

店長が言い終わるより早く、瀬川君が助手席から飛び降りる。私も慌ててそれに続いた。

急いで空き地の入口に集まる。轟木さんがどこにいるかわからないので飛び込むのはまだ危険か。と思っていたら、店長が少しもスピードを緩めず空き地に入って行った。戸惑う私を気にも止めず、瀬川君も迷わずそれに付いていく。

「え、えっ?」

立ち止まるわけにもいかず、私も瀬川君に隠れるように空き地に足を踏み入れた。そして見つける。見えない何者かに怯えて、塀に追いやられた轟木さんの姿を。

「轟木さん?」

北野さんが倒れているのと反対側の塀にペッタリと背中をくっつけている。轟木さんは私達に気がつくと、素早く腕を振った。

「!?」

何かキラリと光る物が飛んでくるのが見えた。それは真っ直ぐ店長の頭に向かっていって、その途中で何かに弾かれて金属音と共に地面に落ちる。

「チッ」

舌打ちは轟木さんからだった。苦々しげな顔で斜め上を見上げる。

今の一瞬に一体何が起こったのだろう。全然状況が理解できない。何故轟木さんは追いやられてるのか、何故包丁を投げ付けてくるのか、何故包丁が途中で墜落したのか、何故店長も瀬川君もそんなに平気な顔をしていられるのか。

私がそんな事を考えている一瞬の間に、轟木さんが動き出した。数十メートル離れたビルをチラリと見やってから、私達の方に走り出す。手には新しい包丁。そして最悪な事実だが、轟木さんの黄色い両目はバッチリと私を捕らえていた。

よく見たらあちこちに包丁が散らばっている。スーパーや、なんなら百円ショップにも売っているような、よく見る安っぽい包丁だ。彼女の愛用の武器は、おそらくこれなのだろう。

轟木さんは真っ直ぐに私目掛けて走ってくる。私はそれを視界のど真ん中に捉えつつ、しかし両足は地面にべったりとへばりついていた。

頭の中でひとり言を呟く。たしかに、たしかにさ、店長、瀬川君、私。この中から一人人質を選ぶとしたら、そりゃあ私だろう。ターゲットに選ばれた必然を、それでもなんて不幸と思わずにはいられなかった。

店長の言葉が脳裏を掠める。もしかしたら死ぬかもしれない。私の気持ちは思わず一歩後退りした。現実には一ミリも動いていなかったが。私が包丁に裂かれる痛みを覚悟し、両目をギュッと閉じたとき、

パン、パン、パンッと、渇いた音が三つ鳴った。

地面にあいた小さな三つの穴と、急ブレーキをかける轟木さん、突っ立ったままの店長と瀬川君、そして尻餅をついた私。

店長がサッと動いて、轟木さんの足を払った。轟木さんはお尻から地面に着地し、見事に私と同じ状態になる。

「はい没収」

そう言いながら、店長は轟木さんの手から包丁を奪い取った。轟木さんはもちろん新しい包丁で対抗を試みたが、彼女がそれを振る前に、店長に手首を掴まれた。

気がつくと、瀬川君が私に手の平を差し出していた。一瞬迷ったが、ありがたくそれに捕まる。正直、腰が抜けている。

「雅美ちゃん、玲那ちゃんの様子見てきて」

大声で喚きながら暴れる轟木さんの手を掴んだまま、店長が言った。私はハッと気づいて、瀬川君の手を振りほどいて北野さんに駆け寄る。その間もずっと、ギャアギャアと意味を成さない喚き声が聞こえていた。

「北野さん!大丈夫!?」

倒れている北野さんの顔を覗き込む。返事がないと思ったら、どうやら気絶しているようだ。怪我がないか調べるより早く、真っ赤になった制服の右袖に気がついた。

動かさないように注意して、右腕をそっと見てみる。北野さんの細い右腕にはバッサリと大きな切り傷が走っていた。

「━━ッ!」

思わず息を呑む。その余りの赤色に一瞬怯んだが、ギュッと奥歯に力を込めた。止血をしなければならない。

私は上着のポケットからハンカチを取り出して、北野さんの項垂れた右腕に当てた。白いハンカチはみるみる赤に染まる。

ダメだ、こんなのじゃ足りない。もっと大きな布じゃなければ。

私はハンカチを北野さんの腕に乗せたまま、自分の上着の左袖を引っ張った。この服の袖ならもっときつく縛れるかもしれない。

「玲那ちゃんどうだった?」

一生懸命上着の袖を引っ張っている所に、背後から店長が近づいてきた。振り向いた私は、ちょっと情けない顔をしていたかもしれない。

店長は私の顔を見て、次に北野さんの怪我を見て、「うわぁ、ハデにやられたね」と呟いた。それから私の隣にしゃがみ込んで、怪我の上に乗せたままのハンカチをその細長い指先でそっと摘んだ。

「早く病院行かないとやばそうだね」

そう言いながら店長はハンカチを広げた。私が出した「それじゃあ小さすぎて……」という自分で思ったよりも小さな声をまるっとスルーして、広げたハンカチを細く折りたたんだ。それを北野さんの腋の下に巻く。もう口を挟むのを止めた私が私の視線の先で、店長はハンカチに落ちていた小さな木の枝を絡ませて捻った。北野さんが「うっ」と呻く。

「雅美ちゃん、救急車呼んで……と思ったけど、ダメだな。直接病院行こうか」

店長に倣って辺りを見回すと、包丁が散乱し、地面のあちこちに銃痕があった。確かにこれでは人を呼べない。いや、私達が他の人々に見られるのもアウトだろう。

「あの……、その人、大丈夫なんですか?」

一瞬空耳かとも思ったその声に振り返ると、スマートフォンを握りしめた女の子が立っていて、こちらを覗き込んでいた。聖華高校のピンク色のセーラー服を着ている。リボンの色が緑なので一年生なのだろう。

「あ、もしかして君が情報提供者?」

同じく振り返った店長が尋ねる。女の子は「?」を浮かべたが、状況的に正解だろう。今まで隠れていたが、もう大丈夫だと判断して出て来たのだ。

「イキリゴミザルさん?」

「あっ、そうです」

店長の問いに女の子は「ピンときた」という顔で答えた。彼女はピンときたようだが私は全然ピンときてはいない。大人しそうな外見だが、そんなハンドルネームなのか。というか、瀬川君はどこで情報を集めていたのだろうか。

店長は北野さんを私に預けて、立ち上がって女の子と話し始めた。私は反対側の塀の方へ目を向ける。そこには座り込んだ轟木さんとその隣で見張りをする瀬川君がいた。

轟木さんを瀬川君一人に任せて大丈夫だろうか。先程までとは別人のように大人しくなっているし、両手を後ろに回している所を見ると手首を拘束されているみたいだけれど。

先程までは噛み付くような勢いで店長に殴り掛かってたのに、ずいぶんと静かになったものだ。観念したのか、反抗する体力も気力もなくなったのか。

「あの、では私はこれで」

「うん、ありがとね」

そのやり取りに顔を上げると、どうやら女の子は帰るようだ。今回のことを口止めでもしていたのだろうか。女の子は店長に手を振って、私にもペコリと頭を下げて空き地から出て行った。それと入れ代わるように、今度は見知った茶髪の女の子が姿を現した。

「蓮太郎さ━━ん!」

語尾にハートをたっぷりつけて、花音ちゃんはこちらに駆け寄ってくる。入口の一番近くにいるのは瀬川君だし、実際彼の横を通過してきたのだが、そこはガン無視らしい。

「花音ちゃん、来てくれたんだ」

「ええ!もちろんですわ!だって蓮太郎さんのお願いですもの!」

相変わらず清々しいほどの笑顔でそう答えた。ただ、せっかく来てくれたところ申し訳ないが、もう一段落してしまったのだ。

先程の車内での会話から察するに、わざわざ自身の業務を切り上げて来てくれているはずだ。私が何て説明しようか考えている間に、花音ちゃんはさっさと店長に近づいた。

「蓮太郎さん!私頑張りましたわ!」

「褒めてください」と言わんばかりの顔で店長を見上げる花音ちゃん。

「ああ、ありがとね。助かった」

イキリゴミザルさんの時とは比べ物にならないくらい低いテンションでそう返す店長。それでも花音ちゃんには十分らしく、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

そこで私は気がついた。私に背中を向けている花音ちゃんは、何やら細長いケースを背負っている。楽器でも運んでいたのだろうか。

「花音ちゃん、それ何?」

私が指を指すと、花音ちゃんは「これですの?」と言ってケースを肩から下ろした。そして黒いケースのファスナーを開ける。

「えっ、それって」

「H12LRというんですの」

姿を現したのは、ドラマなどでよく見るようなライフルだった。拳銃のようなグリップから長い筒が延びている。

「本物?」

「もちろんですわ。何でも屋の特別製です」

花音ちゃんは私に向けてライフルを構えた。私はそれに反射的に上半身を少し仰け反った。花音ちゃんはすぐにライフルを下ろして微笑む。

「私、得意ですのよ、銃」

「まぁ、花音に狙撃で勝てる奴はいないよね」

店長は北野さんを担ぎながらそう言った。それから私を振り返って言う。

「とりあえず病院行くけど、どうする?明らかに定員オーバーなんだけど」

私は空き地を見回す。店長、北野さん、花音ちゃん、瀬川君、轟木さん、それから私。あの車はギュウギュウに乗っても定員は五人だ。それに北野さんは怪我をしてる。

「私、別に歩いて帰りますよ。北野さんは心配ですけど」

「そう?」

店長はそう言ってから一度黙った。しかしまたすぐに口を開く。

「ならリッ君と花音を手伝ってあげて」

「え゛っ、じゃあ轟木さんは?」

重傷の北野さんと、北野さんを殺したい轟木さんを一緒に乗せて病院へ行くということだろうか。いやいやいや、運転をしながら轟木さんを見張りつつ北野さんを庇うのは、さすがの店長でも無謀だろう。

「途中で家におろす」

「そ、それって帰すって事ですか!?」

「うん、まぁ。依頼を取り消してからにしてもらうけどね」

店長は北野さんを背負い直して、瀬川君達の方へ歩いて行った。私はその選択にクラクラしながらつい頭を抱えた。それから思い出して花音ちゃんを見上げる。

「……あ、そういえば花音ちゃんは何の仕事だったの?」

意外にも店長には着いて行かず、まだ隣に突っ立ったままの花音ちゃんは、一瞬遅れて反応した。その視線の先から察するに、店長のことでも考えていたのだろう。彼女はライフルをケースに片付け始めた。

轟木さんを追い詰めた銃撃は、間違いなく花音ちゃんだろう。どこか近くのビルから撃っていたようだ。それにしても、花音ちゃんにそんな特技があったとは驚きだ。怪力と好きな人へのアピールの仕方の他は、割と普通の女の子だと思ってたのだが。

「五十七番の仕事ですわ」

「……あのさ、今日五十七番ってよく聞くんだけど、それって何なの?」

そう尋ねると、花音ちゃんは少し驚いた顔をした。

「ファイルナンバーですわよ?依頼に振られている番号のことですわ。全店舗あわせて、今年で五十七番目の仕事だから五十七番と呼んでますの。雅美さん、ちゃんとパソコンを確認しておいでですの?」

花音ちゃんは「ちなみに玄武店だけだと十四番目ですわ」と付け足した。

パソコンか……。私は反応に困った。前よりは良く見るようになったけれど、仕事に番号がついてるなんて知らなかった。しかし年末にパソコンでできる事について彼女に教えてもらったところである手前、まだろくに活用できていないとは言いづらかった。

「依頼内容の情報は全ての店舗で共有していますの。だから私達は朱雀店の依頼もわかるし、雅美さん達も玄武店の依頼がわかるんですのよ。ちなみに担当者などの名前もわかりますわ。普通店長や副店長が書くものですけど……そちらは瀬川さんが行っているのではないでしょうか?」

つまりそれは、私にも全店舗の依頼の情報がわかるという事だ。そんな便利な物があったなんて知らなかった。なぜなら誰も教えてくれなかったからである。

私だって年末に教えてもらってから結構パソコンをいじってみたが、そんなファイルあっただろうか。権限が与えられていなくて見れない等ならショックである。機会があれば瀬川君にでも教えてもらおうか。

そんなことを話していると、ノートパソコンを小脇に抱えた瀬川君が近づいてきた。轟木さんがいない所を見ると、店長が連れて帰ったのだろう。

「花音さん。五十七番だけど、そのラジコンはどこに行ったかわかる?」

「いえ……。ラジコンを追ってここまで来たのですけれど、人がいる所ばかり飛ぶので銃が使えなかったんですの。途中で蓮太郎さんに呼ばれましたので、ラジコンは放り出して来ましたわ」

聞いた所によると、五十七番の仕事とはある組織の機密情報を乗せたラジコンを回収する事らしい。裏切り者がいるらしく、そのラジコンを操作して情報を持ったまま逃げ回っているようだ。その辺は聞いたけれど小難しくて一度では理解できなかった。おそらく私はそんなに役には立たないだろうし、ラジコンを捕まえる事だけわかっていたら大丈夫だろう。

「とりあえずラジコンの場所を探してみる」

「お願いいたしますわ」

瀬川君はノートパソコンを開いてキーボードを叩き始めた。ラジコンの場所なんてどうやって見つけるのだろう。もしかしたらもうこの街にいない可能性すらあるのに。

数分後、ディスプレイから目を逸らさなかった瀬川君が顔を上げた。

「まだこの街にいるみたいだね。花音さんが突然追跡を止めたから様子を見てるんじゃない?」

「あら、どこにいますの?早く終わらせて蓮太郎さんの所へ行きたいですわ」

瀬川君が掴んだ情報によると、件のラジコンはこの街の外れを行ったり来たりしているらしい。ここから歩いて十分程度だ。花音ちゃんはさっそく駆け出した。私達もそれに付いて行く。

「ねぇ瀬川君。今回の事件はこれで終わったのかな」

隣を走る瀬川君に尋ねると、瀬川君は「そうなんじゃないかな」とだけ答えた。まるで興味がなさそうにも見えるが、どうなのだろうか。少しは彼の表情から感情がわかるようになったと思っていたが、今は全然予想がつかない。

北野さんの怪我や、今後の轟木さんなど、心配事はまだまだあるけれど、ひとまずはこれで終わったのだ。よかった。私は安心した。

今日久しぶりに三人で仕事をして理解した。私はやはりこの仕事が好きだ。朱雀店が好きだ。店長と瀬川君が大好きだ。

そして、私の中に一つの選択肢が浮かび上がっていた。

でもそれを選ぶにはまだ自信がなくて、私はその選択肢をそっと心の片隅にしまい込んだ。



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