そして芽生えるもの2
依頼人の名前は轟木蝌針。聖華高校の二年生だ。そして、私と瀬川君が十月三十一日に見た、あの女の子である。
彼女はここにある依頼をしにやって来た。それは、
「ある人を殺したい。だから手を貸してほしいって依頼」
三波さんの時と違うのは、「殺してほしい」ではなく「殺すのを手伝ってほしい」という点だろうか。彼女はどうしても、どうしてもどうしても、自分の手でその人を殺したいのだそうだ。
私はその感情を理解できなかった。なぜ他の方法を考えないのだろう。そう考えることが出来るのは、私に心の底から憎むような相手がいないからだろうか。
殺したいほど憎くて仕方がなくて、どんなに努力してもわかり合えなくて、そんな相手が現れたら、私にも彼女の感情が理解できるのだろうか。今の私には、彼女のそれは他にどんな理由があったとしても絶対に辿り着いてはいけない結論だと思う。
そして轟木蛾針は、店長が言うには、
「二代目切り裂きジャックなんだよね」
「二代目切り裂きジャック」
「そ。初代がジェラートちゃんでしょ?まぁつまり、轟木ちゃんは模倣犯だね。ただの模倣犯と違うのは、ジェラートちゃんを完璧にコピーしてるってとこだけど」
そこまで話した所で店長は、話を始める前に用意したお茶を飲んだ。気がつけば私も喉がカラカラに渇いていた。お茶を一口飲むも、それはすでに冷めきっていた。
私は一つ気になったことを聞いてみる。
「店長、前にジェラートさんに電話したことありますよね?ジェラートさんが犯人?って聞いたときのあれです」
「ああ、あれね。結局ジェラートちゃんにはアリバイあったよね」
「そう、その時、店長もしかして……真犯人わかってました?」
「うん、わかってたよ」
ああやっぱり。私はジェラートさんと通話する店長の様子を思い返した。あれは、「あなたは真犯人を知っているの?」「うん知ってる」「それは誰?」「秘密」っていう会話だったのだ、おそらく。
「ジェラートちゃんってさ、あの時友達とご飯食べてたでしょ?だからアリバイがあった。その友達が証人ね」
その友達が共犯でない限り、それはその通りだ。そしてあの時スマートフォンの向こう側から聞こえてきたのは、確かにファミリーレストランの騒がしさだったように思う。
「いつも四人でいるけど、あの時一人だけ遅れて来たって話覚えてる?それが轟木ちゃん」
ああそうか。その轟木さんは、人を一人殺してから友達と笑ってご飯を食べていた訳だ。私は思わず眉を寄せた。
「そういえば、その轟木さんの……殺したい人ってどんな人ですか?」
学校の友達、教師、先輩、バイト先の人、あとは親くらいだろうか。十七年しか生きていない少女が出会う関係性は。まさか通学に使う電車でよく見かける人なんて、そんな名前も知らないような人ではないだろう。
しかし店長は、そんな曖昧な言い方はせずに、はっきりと一人の名前を答えた。
「北野玲那さん」
「えっ?」
突然、ガラガラと音を立てて店の引き戸が開いた。その音がやけに大きく聞こえ、心臓がドキリと脈打つ。
「店長」
「あ、リッ君おかえり」
瀬川君が珍しく息を切らして店に入ってきた。いつもセンター分けにしている前髪もとっ散らかっている。彼がこんなに慌てている様子は初めて見るかもしれない。そんな瀬川君を、店長はいつもの調子で迎えた。
「荒木さん、どうしたの?」
私達の方に寄ってきた瀬川君が、その様子がおかしい事に気がついた。でも、私にはそれに答えている余裕なんてなかった。
北野玲那さん。店長が口にした名前がぐるぐると頭の中を駆けめぐっていた。北野さんって、きっと私の知り合いのあの北野さんだろう。玲那(れおな)は珍しい名前だし、フルネームが合致しているし、轟木さんと年齢も同い年だ。北野さんと轟木さんに、一体どんな接点があるのだろうか。
「店長、荒木さんどうしたんですか?」
「うーん、何か固まっちゃったみたいだね」
「まさか店長が何か……」
「してないしてない」
いや。私は考え直した。北野さんは一時期は何人もの子分を引き連れていた、暴力で支配するこの辺りで有名な暴君だったはずだ。彼女くらい強かったなら、轟木さんにいくら襲われようが撃退できるのではないだろうか。
私はパッと顔を上げた。店長と目が合う。
「だから言ったじゃん。依頼は手伝うことだって。言っとくけど、轟木ちゃんはすっごく普通な人間だよ。自分一人じゃ反撃されるのが目に見えてるからここに来たんだよ」
瀬川君が顔に「?」を浮かべる。
つまりこういう事だ。轟木さんは自分の保身なんて二の次で、彼女の一番の望みは北野さんが死ぬこと。だから私達依頼された側は、足りない彼女の能力を補ってあげて、彼女自身の手で北野さんを殺させてあげる。
いくら北野さんが強くても、何でも屋の力が働いているなら勝てないに決まっている。そこで私は、店長がこの依頼を隠していたもう一つの理由に気がついた。店長なら私と北野さんが知り合いな事くらい知っているだろう。
再び俯いてきていた顔を上げると、店長はさっき私にしたものと同じ説明を瀬川君にしていた。死ぬかもと脅された瀬川君は、何の迷いもなく「聞きます」と答えた。
私は、どうする?瀬川君のはっきりとした答えから思わず目を逸らして、自分に問いかけた。北野さんを殺す手伝いなんて、そんなのできるわけはない。
つい数十分前に答えた話題の「聞きます」も、今の瀬川君と同じ語調だったはずだ。それが、依頼内容が殺人の手伝いであることや、その対象が自分の知り合いであることを知った途端、こうだ。
「そういえば店長、これは何でなんです?」
話が一段落したのか、瀬川君は店内を見回しながら尋ねた。店長は苦笑しながら答える。
「ああ、これね。轟木ちゃんが暴れちゃってさぁ。まぁしょうがないんだけどね。轟木ちゃんが依頼してからもう三ヶ月も経つんだもん」
「店長が手伝ったのに、轟木さんはまだ目的が達成できていないんですか?」
瀬川君はいつもの席に腰を下ろして、ノートパソコンを開いた。完全に仕事モードだ。つまり、いつもの瀬川君である。
「というか、轟木ちゃんの目的が達成できないようにしてるんだ。他の依頼で」
「「他の依頼?」」
私と瀬川君の声が重なった。私達は思わず顔を見合わせる。そして、説明を求めるようにまた店長を見た。
つまり店長は、轟木さんに北野さんを殺す手伝いをしてと頼まれているにも関わらず、他の誰かの依頼で北野さんを殺されないようにしているという事だ。
あれ?待てよ、確か店長は前にこう言っていたはずだ。
「店長って、前理論的に不可能じゃないことなら依頼を受けるって言ってませんでしたっけ」
あれはたしか、深夜さんと始めて会った依頼の時だった。彼はたしかにそう言っていた。
「言ったよ。不可能じゃないから今回も受けたし」
「いやいや、矛盾してますよ。だって轟木さんに殺してって言われた北野さんを守ってるってことですよね?」
「違うよ。僕が頼まれたのは手伝いだけ。北野さんを殺す万全の準備はしてあげるけど、殺せるかどうかは轟木ちゃん次第。他の依頼で轟木ちゃんを邪魔しようがしまいが僕次第」
そう説明されると筋は通っているが……それってズルではないだろうか?
しかし、とりあえずは安心した。何でも屋が敵に回ったら、いくら北野さんでも勝てないだろうから。
「つまり、三ヶ月経って店長がどっちにも手を貸している事がばれてしまった、という事ですか?」
「さすがリッ君。そういう事。まぁ轟木ちゃんはもう八回もチャレンジしてるしね。どんな馬鹿でもそろそろ気づくでしょ」
瀬川君がカタカタとキーボードを叩いていた手を止めた。
「それで、今日轟木さんは、あの日の依頼をなかった事にしてから帰ったんですか?」
「いや?僕が完全に敵に回ったら目的達成できないのなんて轟木ちゃんにも分かるでしょ」
「では、今日店長は轟木さんに何かあげてから帰しましたか?」
「うん。まぁ、ただの痺れ薬だけど。飲んだら動かなくなるって言ったら、喜んで持って帰ったよ」
「そうですか……。それでは最後に、」
瀬川君はノートパソコンの向きをクルッと変えて、画面が店長に見えるようにした。私も首を伸ばして覗き込む。
「轟木さんと北野さんが二人でいるところを目撃されてますが、どうします?」
「……マジで?」
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