戻ってきたのだろうか?3
「すみませーん、道をお伺いしたいのですが」
家へと向かう道をゆっくり歩いていたら、高校生程度の女の子と男の子の二人組に声をかけられた。二人は同い年くらいに見えたが、男の子は女の子とそんなに変わらない背丈をしていた。
私は二人の姿を上から下まで眺める。女の子は長い黒髪の先を三つ編みにし、淡い色のワンピースを着用していた。少し高めの柔らかい声と大きめの垂れ目からは、優しげな雰囲気を感じる。
それとは逆に、男の子はまるでヤンキーのようだ。金色に染めた髪にムスッとした口元。部屋着のような緩いスウェット姿は、まるで深夜コンビニへ向かう不良である。
「私でよければ。どこへ行くんですか?」
「えっとー、」
声をかけてきたはずの女の子は何故か言葉を濁す。何と答えようか悩んでいるようだ。それを見かねて、一歩下がった所で様子を伺っていた男の子が代わりに答えた。
「漣図書館」
私に言ったのかどうか判別に迷うレベルでボソッとした言い方だった。私はその不躾な態度に多少気を悪くしたが、顔に出すことはしなかった。
漣図書館なら朱雀店の近くだ。私は口で説明するよりも地図を書いた方が早いと考え、女の子に紙とペンを借りた。ほぼ毎日通ってる道だから、誰よりも忠実な地図を書ける自信がある。
「この道をこう行って、ここで右に曲がって、こうこうこう行けば着きますよ」
「わぁ、ありがとうございますっ」
女の子はにこりと微笑んだ。かわいらしい人だ。癒し系というのだろうか。身長は私より高いけれど。脚の長さに対する妬みを何とかかなぐり捨て、私も微笑み返した。
「いいえ、どういたしまして」
私は二人に別れを告げて、再び家へ歩き始める。が、すぐに後ろから声をかけられた。
「おい」
振り返ると先程の男の子が立っていた。数メートル先で女の子がこちらの様子を伺っている。私が「何か?」と聞く前に、男の子の方が口を開いた。
「お前、朱雀店のバイトだろ。あそこは三人しかいないから覚えてる」
「えっ」
この口ぶり、彼も何でも屋の人間なのだろう。私は男の子に「どこの店の方ですか?」と尋ねた。男の子は一言「青龍」とだけ答える。
「そ、そうなんですか。だったら初めから店の場所を聞いてくれれば……」
「姉ちゃんが気づいてなかったんだ。仕方ねー」
なるほど、姉弟だったのか。顔があまり似ていないのでそのパターンは考えなかった。
「お前店はいいのかよ。店員三人しかいねーんだろ」
「ま、まぁ……。私は今日はもう上がりで……」
何故か高圧的な態度での質問にそう答えると、男の子は眉をひそめた。そして何か呟く。
「……まえ……」
「え?」
私は思わず片耳を彼の方へ向けた。
「お前、もう二度と姉ちゃんに近づくなよッ!」
ビシッと指を突き付けそう叫ぶやいなや、パッと踵を返すと、男の子は離れた所で待つ姉の方へ駆けて行った。キンキン痛む耳の奥も気にならないまま、ポカンと口を開けた私だけが残される。
男の子は女の子に引っ張られて、私の書いた地図の方向へ歩いて行った。まだ状況を整理できないでいた私は、しばらくその様子を見送り、ハッと我に帰ってトボトボ家へと向かった。
正直に言うと心の底から頭にきているが、だからといって暴れたり喚いたりする程子供でもない。青龍店の人ならもう会う事はないだろうな、と考えて何とか気持ちを落ち着かせた。
「あ」
「げっ」
私の手からカロリーメイトがポトンと落ちた。場所は家の近くのコンビニ。時刻は午後八時四十七分。そして私の目の前には先程の男の子。
「な、何してんだよお前!あれの一時間半後に会うなんてきまりが悪すぎんぞ!」
「だ、だって、ここ私の家の近くだし」
そう言い返したところで、お姉さんのあのフワフワとした声が聞こえてきた。
「どー君ー?誰かいるのー?」
棚の向こう側にいたらしいお姉さんが、私達のいる列にひょっこりと顔を出した。「どー君」と呼ばれた男の子は私を思い切り突き飛ばす。私はカロリーメイトが並んでいる列から追い出された。
「いだっ、」
ちくしょう、あのクソガキ!心の中で悪態をつきながら、追い出された列を覗く。男の子がお姉さんに「誰もいねーよ、姉ちゃんは夕飯選んでてくれよ」と答えたところだった。彼の背中が「こっち見んじゃねーよ!」と私を睨みつけている。
「そーお?女の子と話してると思ったのに……」
「話してねぇって!ほら、周り見てみろよ!誰もいねーだろ?」
男の子は覗き込んでいる私の頭が見えないように、腕を広げて一生懸命隠した。どうやら何がなんでも私をお姉さんと関わらせたくないらしい。姉弟共に初対面だし、そんな態度を取られる覚えはない。一体私が何をしたというのだろうか。どー君なんて間の抜けたあだ名で呼ばれているくせに。
私は隠れていた棚から、思い切って一歩足を踏み出した。
「あら、奇遇ですね!」
そして満面の笑みでお姉さんに話しかける。彼女の顔はパァッと明るくなった。反対に、男の子の顔は「信じられない」という言葉を浮かべて真っ青だ。お姉さんは私に寄ってきた。
「先程はありがとうございます。無事に目的地にたどり着く事ができました」
「お役に立てて光栄です〜」
「本当に助かりました。私達、姉弟揃って方向音痴だから……」
そう言ってお姉さんは、恥ずかしそうに少し赤面する。一挙一動に女の子らしさが溢れていて可愛らしい人だ。視線をスッと動かすと、弟の方は口をパクパクさせて赤くなったり青くなったり忙しそうだった。
「この近くに住んでらっしゃるんですか?えーっと……」
「あ、私荒木雅美(あらきみやこ)といいます」
「雅美さんですか。わたしは兵藤唯我(ひょうどうゆいが)といいます。よろしくお願いします〜」
「唯我さんですか。珍しいお名前ですねぇ」
「よく言われるんです。それで、この子が弟のどく……」
「ね、姉ちゃん!もう良いだろ!さっさと帰ろうぜ!」
紹介される寸前で割り込んでくる弟━━いや、どー君。姉さんの腕を引いて私から引き離そうとする。「ちょっと待って、まだ晩御飯が……」と言うお姉さんを、「そんなん俺が作るから!」と言いながら出口まで連れて行った。そして自動ドアをくぐる前に、私に向けて渾身の一睨み。睨みつけすぎて最早目が開いていなかった。私はコンビニから出て行く二人を、顔面に笑みを貼り付けながら見送った。
姉弟の姿が見えなくなって、アルバイトであろうレジに立っている若い女性がこちらを見ていることに気が付く。私は落ちたままだったカロリーメイトを拾い上げると、バッチリと目が合ったレジの女性の前へ向かった。どー君が大人気なく騒ぐせいで、何だか私まで恥ずかしくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます