どうしてなんですか6
「こ、ここか……」
少し古めの建物の前に、ダラダラと冷や汗を流す私が立っていた。奇跡的に車に傷一つつける事なく目的地へたどり着いた。ビビりすぎて終始時速四十キロ程度で走行していたせいで、一度クラクションを鳴らされてしまったが。
ここは朱雀店がある南鳥市から二つ離れた相松市だ。一体ここで何をすれば良いのだろう。業務内容は一切聞かされていない。私は一度深呼吸をしてから、玄関の安っぽい扉のドアノブをつかんだ。
「こんにちは~……」
ドアを開けて中を覗くと、薄暗い廊下が真っすぐ伸びていた。人の気配はしない。私はもう一度手元の地図に目を落とす。何度確認しても、場所は間違ってはいない。
壁はコンクリートが剥き出しになっていて、ひんやりと冷たい。すると、置くの方でコツンと音がした。それは反響してボヤボヤとした音になって私の耳へ届く。私は息を飲んだ。誰かが近づいてくる。
コツンコツンと音がこちらに近づく。薄暗い廊下で目をこらすと、小柄な人影がこちらに近づいてくるのがわかった。だんだん姿が見えてくると、それは……。
「遅くなってすまんねぇ。年寄りは動きがノロくてのぅ」
そう言って「ガッハッハ」と笑うその人は、七十代くらいの腰の曲がったおじいちゃんだった。
「えーっと、私、荒木雅美という者なんですが……」
「聞いとる聞いとる。ささ、こっちじゃ」
そう言って、おじいさんは元来た道を歩き出した。腰に手をあててよろよろと進んでいる。
「ちょうど人が足りなくなった所でねぇ。助かるよ」
「は、はぁ……」
そんなことより私は何の為に呼ばれたのか教えてほしい。店長に電話しようかと悩む。しかし悩んだのは一瞬だけで、私はすぐにポケットに手を突っ込んだ。おじいさんに一言断ってスマホを開いく。が、
《ただいま、電波の届かない所にあるか、電源が切られているため……》
「はぁ……」
私はため息と共にスマホをポケットに仕舞った。全く、雑用を人に押し付けておいて、自分は何をやってるのだろうか。
「ここじゃ」
おじいさんはあの入口から数えて四つ目の扉を開けた。中に入ると、彼と同じ年頃の老人二人が、四角いテーブルを囲っていた。見たことなくてもわかる。彼らは麻雀をしていた。
「えーと、ここは?」
「ちょうど田中さんが帰ってしまってねぇ。荒木さんは強いのかい?」
強いも何も、麻雀なぞ一回もやったことはない。おじいさんは陽気に笑いながら空いている席に座った。そして私にも座るよう勧める。
「…………」
ああ、座ってしまった。麻雀なんてルールもまるで知らないのに。しかしこのおじいさん三人組は、私が麻雀をプレイできるつもりでいるらしい。店長は一体どんな説明したのだろうか。
おじいさん達は「今日は勝ちますよ」「何の、トップの座は譲らんぞ」「まぁまぁ、たまには私にも勝たせてくださいよ」などと話しながら牌をかき交ぜ始めた。
牌の並べ方も知らない私は、テーブルの上でぐるぐると回るそれをただただ眺める。これじゃあ私が麻雀が出来ないことがすぐにバレるだろう。せめて瀬川君だったなら、やり方くらい知ってたかもしれないのに。そう考えて内心でため息をついた。瀬川君は免許を持っていないからそもそもここまで来れない。
そんな事を考えながらぼーっとテーブルを眺めていると、やがておじいさん達が牌を並べ始めた。私は心に決める。ここで出来ない事を正直に言おう。そして、できれば早急に帰りたい。
「おや?荒木さん、牌を並べないと」
来た!私の右側に座っているおじいさんが、私が牌に手をつけていない事を発見した。
「あの、すみません……、私麻雀したことないんです……」
「ありゃ、そうなのかい。困ったなぁ……」
ああ困らせてしまった。だが、そうなれば、私はこの場において役立たずだと決定付けられた。となれば今すぐ帰りたい。
しかし、私の期待とは裏腹に、おじいさんはこう言った。
「それじゃあ、一から教えるしかないじゃないか」
何ですと!?思わず飛び出しかけた声をなんとか飲み込む。全くもって結構な提案である。帰りたい気持ちの方が大きいし、麻雀のやり方を覚えても私の交友関係敵に何の役にも立たなさそうではある。
「まぁまぁ、皆さん、人に教えるというこう事は、それだけ仲間が増えるという事じゃないですか」
「おお佐藤さん。さすが、いい事を言う」
「そうですな。それに人に教えるというのも、初心に返れてなかなか楽しそうかもしれん」
私を置いてきぼりに盛り上がるおじいさん達。この場において私の発言権は無いに等しくあまりに無力で、私は成り行きに身を任せる他なかった。
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