どうしてなんですか5
そんなこんなで、何も情報が掴めないまま時は流れ、一月十四日になった。今日は授業が午前中のみだったので、早めにバイトへやって来ることができた。直行したわけではなく、ちゃっかりお昼ご飯は済ませてきたが。
「おはようございま~す」
私が店に入ると、目の前のカウンターで店長が頬杖をついていた。
「何やってるんですか?まさか店番?」
「まぁねー。この席って超暇だね。僕ちょっと雅美ちゃんを尊敬したかも」
カウンターから見える物は何もない。首を伸ばせば引き戸のガラス部分から外の風景を眺める事ができるだけだ。店長が毎日毎日ダラダラと見ているテレビは、壁に阻まれて完全に視界の外である。
珍しく店長が店番をしている理由はさておき、私が荷物を置きに行こうとすると、立ち上がった店長に何かを差し出した。私は差し出されたファイルを反射的に受け取る。
「何ですか?これ」
「雅美ちゃんって車の免許持ってたよね」
「?まぁ……」
質問を別の質問で返されてしまった。
私は高校を卒業すると同時に教習所へ通い、車の免許を取得している。筆記試験は問題なかったが、実技試験の点数はギリギリだった。運転している最中に自分でももうダメかなと感じていた所を、すんでの所でスレスレ間一髪崖っぷちで受かったのだ。もうあと一点でも減点があれば不合格だった。
それに、運転も家族兼用の車をたまに使うくらいで、自分の車だって持っていない。店長は一体何を言い出すのだろうか。
「あのさ、僕の車使っていいからちょっと行ってきてもらいたい所があるんだけど」
「無理です!」
私は食い気味に即答した。店長はいったん口を閉じたあと、
「あのさ、僕の車使っていいからちょっと行ってきてもらいたい所が……」
さっきの会話はなかった事にしたらしく、同じ事をもう一度言った。しかし何度言われようと、私の答えは変わらない。
「無理です!あの高そうな車を私に運転しろと!?」
私は店長のピカピカの黒い車を思い浮かべた。私の運転技術では駐車場に真っすぐ停めることもままならないのだ。それに乗った事もない車なんて恐すぎる。
「大丈夫、もしどっかぶつけても修理費は給料から差っ引くだけだから」
「絶対行きません!」
そう言われて行く者がいるのだろうか。もちろん冗談だとはわかっているが、だからといってぶつけていいわけではない。修理費ってどれくらいするものだろうか。
「とりあえず行って来てよ。はい、店長命令ー」
「こんな時だけ店長にならないでください!」
「行き先はそこに書いてあるから。何するかも行けばわかるし」
店長は私の手に車のキーを握らせ、私の肩を持ってくるっと方向転換させて背中を押した。
「いってらっしゃ~い」
「……まじですか」
うなじの後ろでピシャンと戸が閉まる。店の外に、呆けた私だけが突っ立っていた。
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