ほっとする場所4
ガタゴト揺れる電車の座席に、膝の上にケーキの箱を乗せて座る私の姿があった。
散々悩んで歩き回って、その結果誕生日プレゼントは定番のケーキに落ち着いた。だが、ただのケーキではない。ワンピース八百円もする超高級ケーキである。
こんなにお値段のするケーキを買ったのは人生で初めてだ。私の中でケーキといえば、安心の庶民価格で有名なシャットレーゼの一つ三百円のものか、コンビニの保冷庫に並んでいるものかくらいである。
高級洋菓子店の梅ヶ沢の洋菓子詰め合わせセットと迷ったけれど、梅ヶ沢は年末年始は終業していた。
「美味しそうなケーキでしたね〜。私も一度はあんなケーキが食べたいなぁ」
「買えば良かっではないか」
「あんなに高いの買えないよ」
中身のない話しをしながら一駅の距離を電車で移動し、着いた駅のホームで二人とは別れた。改札を出たところで自然と脚を止める。
「じゃあ、私こっちだから」
「はい、また年が明けたら会いましょー!」
にっしーはブンブン手を振りながら、北野さんはほんの僅か気付くか気付かないか程度の会釈をして去って行った。聞くと、これから夜まで遊び倒すらしい。若者は元気だなぁと、たった二つしか年が違わない二人の後ろ姿を眺めた。
私も朱雀店に向かって歩くことにする。時計を見るともう五時だった。まぁいいか、と心の中で呟く。どうせ時間にルーズ過ぎる職場である。
朱雀店に到着して、「おはようございま~す」と間延びしたあいさつをしながら店中に入る。完全にもう夕方で日も落ちてきているが、何故か仕事の時って決まって挨拶は「おはようございます」だよね。
「雅美ちゃん遅かったね」
そう声を掛けた店長は、相変わらず来客用のソファーでテレビを見ていた。大晦日だから仕事はもう切り上げたのだろうか、今日はその隣に瀬川君もいた。テーブルの上にはお菓子と飲み物が散乱している。私がいないとすぐにこれである。まったく、片付けられない奴らめ。
「店長、ケーキ買って来ましたよ」
「無難だね」
「だって店長何欲しいかわからなかったんですもん。フランスの洋菓子店の年に一回先着十名様限定チョコレートケーキには劣ると思いますけど、この辺で一番高いのを買ってきたつもりです」
数時間前にお兄さんに会ったからだろうか、そんな軽口を叩きながら店長にケーキの箱を差し出す。彼は「ふーん」という素っ気ない反応をしながら受け取った。昔自分で言ったことだが些末なことなので忘れてしまったのだろうか。それともお兄さん関連だからスルーしたのだろうか。
私は空いていたソファーに腰を下ろす。そもそもカウンターに一番近い位置にあるこの席が私の定位置ではあるのだが。私の向かい側が瀬川君、間の二人掛けのソファーが店長だ。ちなみに言うと全員定位置である。
「いやー、雅美ちゃん何買ってくるかなーって考えてたんだけど、そっかー、ケーキで来たかー」
そう言っいながら店長はさっそく箱の中を覗いた。それから顔を上げて、私と目が合うとこう言った。
「せめてワンホールにしようよ」
確かにワンホールにしようか迷ったけども。迷って買ったのは結局バラ売りのケーキ三つだけれども。
「だってそんなに食べ切れるんですか」
そう言ってから思い直す。いや、この人だったら出来そうだな……と。甘いもの好きそうだし。それになんと言っても、今日は瀬川君もいるし。
でもでも。私は頭の中で言い返す。チーズケーキとチョコレートケーキとモンブラン、三つの味でお得である。ワンホールだと一つの味しか選べない。
「確かにそうだけどさ、ワンホール三人で食べるのって夢がない?」
それを聞いて自然と口角が上がる。私は大きく頷かずにはいられなかった。
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