ほっとする場所2




その後もショッピング街をうろついてみたが、一向にいいアイディアが浮かばない。このままではあっという間に今日が終わってしまいそうだ。

「どうすれば良いんだろう……」

アイディアは出なくても時間が経てばお腹が減る。私は何か軽く食事を摂ることにした。ちょうど目の前にハンバーガーチェーン店であるアクドナルドがあったので、深く考えずに入店した。適当に注文して料金を支払い、カウンター席の一番端に座る。お昼をちょっと過ぎたところだが、店内はまだ混雑していた。

一人でアックなんて久しぶりだなぁなどと、どうでもいい事を考えながらハンバーガーにかぶりついたところで、隣の席に人が座った。慌てて広げていた荷物を片付けようとすると、聞き覚えのある声が聞こえる。

「ああ、そのままでいい」

その声に隣の人の顔を見ると、

「お兄さん!」

店長の兄である相楽荷太郎さんがこちらを見ていた。どうしたんだろうこんなところで。鳥山さんの様子でも見に来たのだろうか。

お兄さんは、私が何も聞かないうちから勝手に説明し始めた。

「実は、蓮太郎の様子が気になって朱雀店に行ったんだが追い返されてしまってな。ほら、今日は蓮太郎の誕生日だろう。やはり誕生日プレゼントの一つでも買っていくべきだったのか……。どうも蓮太郎の考えている事は昔からよく分からなくてな。これでは兄失格だということは理解しているんだが。しかし蓮太郎も俺の事を兄だと思っていないようだし、俺はどうすれば……」

そう言ってお兄さんはため息をついた。ようやく私が喋る順番が回ってきたが、「そうですか……」としか言う事がなくて、なんだか気まずくなってハンバーガーを一口かじった。そしてふと閃く。そうだ、お兄さんに店長の誕生日プレゼントのアイディアをもらおう。

「そういえば、お兄さんだったら店長にどんな誕生日プレゼントをあげますか?」

そう聞くと、お兄さんは一瞬ジッと私の顔を見てからこう言った。

「……わからなかったから買わなかったんだ……」

私はいよいよ何も言うことができなくて、やにわに窓の外を歩く人々に目を向けた。

「一体何をやれば喜んだんだろう……。中学の頃の方がまだわかりやすかった。……いや、それはないか……」

どっちにしろ分からなかったんですね。という言葉は辛うじて喉に留まった。口に放り込んだポテトと一緒くたにして飲み込む。

実の兄弟であるお兄さんなら何かいい案をくれるのではと期待したが、この様子だと自分で考えた方が早そうだ。それでもヒントだけでも欲しいので、質問を変えてみる。一応同じ家で育ったのだから、学生の頃好きだったものなど知っているかもしれない。

「じゃあ何か、店長の好きなものとか知りません?」

「何だ?蓮太郎に何かやるのか?」

「あの……昨日私の誕生日で……交換条件として……」

「そうか……誕生日おめでとう。しかし、蓮太郎の好きなものか……」

「うーむ」と唸り声を上げながら考え出すお兄さん。腕を組んで、目を閉じてジッと考えこんでいる。これは……あまり期待できそうにないかもしれない。

きっかり三分後、お兄さんは静かに口を開いた。

「休み……」

「やすみ?」

「あいつは休みが欲しいんじゃないか?」

「……店長にとっては毎日が休みみたいなもんですよ」

そう言うとお兄さんは小さく笑った。

「でもな、蓮太郎もちゃんと働いていたりするんだぞ」

「ホントですかぁ?」

そう言われても全然信じることができない。誕生日に欲しいものも思いつかなかった実兄なのだから、普段ちゃんと働いているかどうかなんて知らなさそうだ。好きだからって、店長を美化しすぎではないだろうか。

横目でお兄さんを眺めながら思う。彼のイメージはもう「店長のパシリ」でしかなくなってしまった。昔の仕事ができそうなお兄さんは何処へ行ってしまったのだろうか。

彼の今後を少々心配した私だが、そんなことは知りもしないお兄さんは相変わらず店長の話を続けていた。先ほどと同じく流れるような口調で店長を褒めちぎるが、ふいに少し困った顔になった。

「ただ店長会議をサボるのはな……」

「あっ、お、お兄さんは店長が会議に行かない理由知ってます?私は陸男さんから聞いたんですけど……」

「ああ、陸男か。蓮太郎は陸男と仲が良いからな……兄弟みたいに」

もしかしてお兄さん、陸男さんに嫉妬してるのではなかろうか。有り得る。ものすごく有り得る。「兄弟みたいに」の所にちょっと妬みが込められていたように感じる。

「俺は昔は勉強ばかりで忙しかったからな……蓮太郎と遊んでいたのはいつも陸男だったような気がする。もう少し構ってやれば良かったんだろうか。なぁ、荒木さんはどう思う?」

そう言われましても……。あの店長が「寂しいよー」とか言ってる姿なんて想像できないし。私は思わず眉を寄せた。ためしに今少し想像したら寒気がしてきた。

「でも店長ですし、あんまり寂しいとか無かったんじゃないでしょうか」

それを聞いてお兄さんは急に大きな声を出した。

「何を言う!」

周囲の視線が一瞬にして私達に集中する。私は驚きと羞恥で赤くなったり小さくなったりした。

「ああいう子ほど寂しさを感じているものなんだ!本当は構って欲しくて仕方がない、ただそれを口にすることが出来なくて、つい反抗的になってしまうだけだ!つい本心ではない事を口にしてしまうだけなんだ!……と、この前読んだ本に書いてあった」

受け売りかよ!!!ていうか何の本!?何の本読んでんのこの人!?そこまで店長に構ってもらいたいの!?

しかし実際の私は神妙な顔つきで「そうですよね……」としか言うことができず、そして私とお兄さんの間に少しの沈黙が流れた。な、何か、何か話題を……。周囲からの見て見ぬふりという視線を感じつつ、この場を脱出するために別の話題を探す。

「あっ、そ、そういえば、さっき鳥山さん見ましたよ」

お兄さん絡みの話題だと鳥山さんくらいしか思い付かず、ついさっき会ったばかりの彼女に一も二もなく飛び付いた。大人しくなってコーヒーを飲んでいたお兄さんは、普段と全く同じ落ち着きでそれに答える。さっき私が見たのは何だったのだろうか。

「鳥山には……確か尾行の仕事を振っていたな」

「年末でも忙しいんですね」

「そうでもない。普段の半分も依頼は来ていない。鳥山はもう少し休んでもいいと思うんだが、やりたいと言って聞かないんだ」

そう言ってお兄さんはまたひとくちコーヒーを飲んだ。店長の話をしている時とテンションも目の輝きも違いすぎる。

「鳥山さん、この仕事好きそうですもんね」

「荒木さんはそうでもないか?」

「私も……だいぶ好きだと思います」

お兄さんは「そうか」と言っただけだった。

それからしばらく熱いコーヒーを飲みながら仕事について話をした。お互いゆっくりゆっくり飲んでいたコーヒーが無くなって、私はトレイにゴミをまとめだす。

「私そろそろ行きますね。三時までにはバイトに行けるって言っちゃいましたし」

「そうか、俺も帰るよ。店を鈴鹿に任せて来たからな」

アクドナルドでお兄さんと別れ、再びショッピング街を練り歩く。

お兄さん、無口な人だと思っていたけれど、想像以上によく話す人だった。店長の話題だけでなく、仕事の話の時も私は基本的に聞き手に回っていた。ああ見えて意外とお喋りが好きなのかもしれない。

スマートフォンで時刻を確認する。二時三十分きっかり。三時までに帰るのは無理そうだ。

スマートフォンを鞄にしまった時、自分を呼ぶ能天気な声が聞こえた。

「あっら――!」

私のことをこう呼ぶのはこの世でただ一人だ。

背後に友人であるにっしーがいることを想像して振り向く。そして驚愕する。そこには想像した通りにっしーがいたのだが、その隣には想像だにしない人物が歩いていた。

「にっしー……と、北野さん?」

ニコニコ笑うにっしーの隣には、相変わらず腰に刀を携えた北野玲那が立っていた。二人は私の前まで来ると足を止めた。

「あっらー、北野を知ってるの?」

「うん……前同じバイトしてて……」

まさかにっしーと北野さんが知り合いだなんて。にっしーは「運命だ」なども騒いでいる。

「そういえば、北野さんはにっしーと同じ学校なんだっけ。クラスも一緒なの?」

北野さんに尋ねると、彼女は「ああ」と答えただけだった。相変わらずクールというか、寡黙というか。でもじつは私は知っている。北野さんって気を許した相手にはめちゃくちゃ喋るということを。

しかし、にっしーと北野さんか。私はヘラヘラとした笑顔を浮かべるにっしーと、終始しかめっ面の北野さんの顔を交互に見た。タイプが違い過ぎる気がする。

「あっらーは何してるんですか?もし暇だったら一緒にお蕎麦屋さん行きません?私達、これから年越蕎麦食べに行くんです」

にっしーは高校生だが家庭の都合で一人暮らしをしている。なので、大みそかの夕飯に北野さんが付き合ってあげているという所だろうか。北野さんから誘ったとも思えないので、私はこの推測に納得した。この二人が今どれくらい仲が良いかは知らないけれど。

にしても、こんな中途半端な時間から蕎麦だなんて。昼ご飯とも夜ご飯とも呼べない、現在二時半である。混雑を避けたかったからだろうか。ん?そういえば……。

「今って店開いてるの?」

大晦日に外食をする機会が少なかったので、年の瀬に飲食店が開いているのか知識が足りなかった。大晦日と元日くらいは休業しそうな気もする。尋ねると、にっしーは満面の笑みで答えた。

「開いてますよ!ちゃんと調べてきました。蕎麦屋さんも年に一度稼ぎ時ですから!隣の街なんですけど、駅の近くだし、あっらーもどうですか?」

私がいいと言っても、北野さんが嫌と言えばそれまでな気もするが。でもさり気なく二回も誘われたし、もしかしたら隣街で店長の誕生日プレゼントを探せるかもしれないし……。

いろいろ考えて、私は彼女達に付き合うことにした。一応北野さんにも確認を取る。というか、にっしーは北野さんに意見を聞いたりしなくて大丈夫なのだろうか。

「うん、じゃあ一緒に行く。北野さん、私も行ってもいい?」

「私は構わん」

この三人で並んで歩くだなんて考えたこともなかった。なんだか不思議な気持ちだ。前の飲食店でのアルバイトの時に、人を寄せ付けようとしなかった北野さんとはそれほど会話はなかったし。

駅を目指しつつ談笑しながら、私は自分の腹をそっと擦った。私、さっきハンバーガーを食べたばっかりなんだけれど。

蕎麦一人前を食べ切れるだろうかと不安を感じながら、にっしーの冗談にツッコミを入れた。




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