あたたかいのはマフラーのおかげ?4




「雅美ちゃん何にするか決まった?」

のんべんだらりとお喋りをしながらぶらついていると、気がつけば一時間が経過していた。さっきより風が強くなっているような気がする。

「あ、まだです」

「僕そろそろ寒くなってきた」

そう言って店長は白い指でマフラーを顎まで引き上げた。

「そのマフラーかわいいですね。どこで買ったんですか?」

「どこだっけ」

店長は思い出そうとする素振りを見せたが、すぐに諦めた。どうやらどうでもいいことは覚えない主義らしい。ふーん、店長にも覚えてないことってあるんだ。今度円周率がどこまで言えるか聞いてみようかな。私は普通に三点一四までだけれど。

店長と私の会話を聞いて、瀬川君が久しぶりに口を開いた。

「荒木さん、マフラーは?」

そう言われた私は今日、マフラーをしていない。でもタートルネックの服着てるから、とっても寒い訳じゃない。さすがに自転車はキツかったけれど。

「昨日玄関で引っ掛けちゃって、糸がダラ――って」

「雅美ちゃんは相変わらず抜けてるねぇ」

「私いつ抜けてましたッ!?」

こんな所で私を間抜けキャラにするのは止めてほしい。

「いや、リッ君がしっかりしてるから雅美ちゃんが余計に間抜けに見えてきて」

そりゃ瀬川君のは年の割にしっかりしてるけどさ。私の方が年上なのに瀬川君めちゃくちゃ仕事できるけどさ。だからって私が抜けている事にはなりませんよ。

「でも、調度いいから店長にマフラー買ってもらおうかな」

「そんなんでいいの?」

「どうせ何でもいいと思ってるんでしょ」

「うん、どうでもいいと思ってる」

「どうでも!?」

軽薄な掛け合いを行いながら、近くの店に三人でぞろぞろと入る。店内の鏡にチラリと自分の姿が映って、ふと考えた。そういえば私達って周りの人にどういう目で見られてるんだろう。……兄弟かな?

私は今さらながらにこのメンバーの奇妙さに気がつく。兄弟以外に有り得そうな可能性が見当たらないし、きっとそうだと思われてるのだろうな。欠片も似てない兄弟だけど。

店に入って、やっぱりという何というか、店長はふらふらと私達から離れて自由行動を始め、瀬川君は無言でそれに付いて行った。ていうか、瀬川君何でついて来たんだろう。

私は二人から離れた場所でゆっくりと商品を見る。どうせなら一番高いマフラーにしてやろう。目についた一つを手に取ってみる。ふわふわでかわいいけど……、これ、口の中に毛が入ってきそうだな。

私がマフラーを吟味していると、にこやかな笑顔で店員さんが近づいてきた。

「いらっしゃいませ、どのような商品をお探しですか?」

私は店員さんとお喋りするつもりは毛頭ないので、愛想笑いを残して店長達の側に一時避難する。二人の全身を上から下まで眺めて改めて思う。店長と瀬川君、こうして見てもやっぱ異様な組み合わせだ。

「あれ?決まったの?」

瀬川君にじゃれついていた店長が近付いてくる私に気がついた。瀬川君、露骨に迷惑そうな顔をしているが大丈夫なのだろうか。

私はマフラーコーナーで商品を並べ直している店員さんをちらっと見てから答えた。

「いえ、店員さんが来たから見にくくて」

「来ないでって言えばいいじゃん」

そりゃ言えたら良いけどさ。でもそういうのって、ハッキリ言えるもんじゃないじゃん。

「何か言いにくいじゃないですかこういうのって」

「じゃあ構わないでオーラ出すとか」

「それたぶん今瀬川君から出てるやつですね」

そう言われて店長は瀬川君の顔を覗き混んだが、結果離れることはなかった。あのしかめっ面を見て迷惑がってないと判断したということだろうか。

店員さんが離れたのを見計らって、マフラーコーナーに戻る。私が崩したマフラーは、店員さんの手によってキレイに並べ直されていた。

男性陣が買い物に飽きてきた兆しを感じるので、私はさっさと決めてしまうことにした。もう温かそうだったら何でもいいや。私は淡いピンク色のマフラーを掴む。前のが水色だったから、せっかくだから雰囲気を変えてピンクにしよう。

「店長ー、これでいいです」

「じゃあこれで買ってきて」

店長はそう言って私にクレジットカードを差し出す。誕生日プレゼントを本人に買わせるってどうよ。本人の目の前だったとしてもレジに並んで商品を手渡してくれるのが気持ちってもんじゃないんですかねぇ。

心の中で何と思おうが口には出さず、私はカードを受け取ってレジへ向かった。キャッシュレスでサクサクッと会計を済ませて二人の所に戻る。

一瞬プレゼント包装をお願いしてやろうかと思ったが、自分のプレゼントに包装するなんてちょっと虚しくなるので止めた。

「店長、ありがとうございます」

瀬川君にくっついたままの店長にカードを返す。ついでに、私はちょっと呆れながら付け足した。

「そろそろ瀬川君離してあげてくださいよ」

「なになに羨ましいの雅美ちゃん」

「いや全然微塵もそんなことないですけども」

三人並んで店を出る。店員さん達の「ありがとうございました〜!」の合唱が追いかけてきた。もれなく全員ソプラノだ。

外はめちゃくちゃ寒くて、思わずブルリと肩を震わせた。だんだん寒くなってるなぁ。いよいよ冬本番って感じだ。私は手を擦り合わせて息を吹きかける。手袋をつけて出勤したのに、店を出る時に忘れてきてしまった。

「これ雪降るんじゃないですか?」

「嫌だなー、寒いの苦手なのに」

「良いじゃないですか。今年まだ降ってなかったし。雪だるま作れますよ」

「じゃあ雅美ちゃん一人で作れば?」

「いや……さすがに作りませんけど……」

雪だるまなんて小学生以来作っていない。いや、記憶が蘇ってきた。確か、中学生の時に友達とふざけながら小さいものを作ったような。いやいや、待てよ?私去年にっしーと雪だるま作ってるぞそういえば。でもあれはにっしーが作ろうって言うから。私も途中からはしゃいでたけども。いい年して何やってるんだろ私達。

「店に帰ったら何する?そういえば、雅美ちゃん今日何時に帰るの?」

「うーん、まぁ夕方くらいには」

あんまり遅いと、またお母さんになんやかんや言われちゃう。これ以上店への印象を悪くしたくない。お母さんもよく知りもしないのに決めつけてるから。

「リッ君は何時に帰る?」

「僕はいつも通りです」

その答えに店長は満足したようだった。どんだけ暇なんだよ。一日中店長の話し相手なんて。そんな七面倒臭いこと瀬川君もよくやるわ。

他の店も、年末年始は暇だったりするのだろうか。こんな年の瀬に依頼してくる人なんていないか。いや、年の瀬だからこそ依頼してくるものか?

そのまま三人で並んで店を目指す。こうやって三人で歩くなんて珍しい。いつも車に乗っていたら目的地に到着するので、新鮮な気がする。

たまにはこういうのも良いかもしれない。まぁ、店長が隣で「寒い寒い」文句を言わなければの話だけれど。

しかし瀬川君は暑いのも寒いのも平気そうだ。なんでこんなに表情を崩さずいれるのだろう。私なんて騒がしいくらいにくるくる面持ちが変わるのに。

でも最近になってだが、ようやく瀬川君の表情の変化が少しわかってきたような気がする。ついこの間まではどういう気分でいるのか全然読み取れなかったが、前よりはだいぶ話しやすくなった。

いつものあのボロい引き戸と看板が見えてきて、私達は朱雀店に帰ってきた。

すると、ちょうど雪が降ってきて、私は思わず手を伸ばす。ヒラヒラと降りてきた雪の結晶は、私の手に触れるとあっという間に溶けて消えた。

「これ、積もりますかね?」

「さぁー、やむんじゃない?」

それは店長の願望でしょう、と苦笑する。店長は「どうりで寒いわけだ」と愚痴をこぼすと、両腕を擦りながら店の中に入って行った。

「天気予報では降るなんて言ってなかったのにね……」

瀬川君は灰色の空を見上げてそう呟く。その口元で白い息がふわっと広がった。彼も自転車通勤だから、積もったら帰りが大変だろう。

結局瀬川君もその一言だけ残して、さっさと暖房の効いた店内に引っ込んでいった。全く、二人には雪を美しいと思う感性はないのか。

まぁそんな私も、積もる前に帰ろうとか現実的なことを考えてるんだけどね。




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