あたたかいのはマフラーのおかげ?2
一年前と同じく、私は箒とちり取りで大量の色紙を集め、台所のごみ箱に放り込んだ。
奥の掃除用具入れに箒とちり取りを片付けて店に戻ってくると、店長は相変わらずテレビを見てダラダラと過ごしていた。年末年始も変わらないんだなぁ、このダラダラさは。膝にノートパソコンを乗せているが、あれは一応仕事をしているのだろうか?
少しは店の大掃除とかすればいいのに……。店長の態度にイラつきながら内心で愚痴をこぼす。しかし結局我慢ならなくて、私はやっぱり口を開いた。
「あーあ、私今日誕生日なのに、店長は働かないし店長はくだらない仕事増やすし店長は働くバイトを放っておいてテレビ見てダラダラしてるし」
「そんなのいつものことじゃん」
「自覚してるなら働きましょうよ」
そう言うと店長は「疲れたから嫌」と言ってソファーに寝転がった。いやいや、まだ何もしてないでしょうに。聞こえるか聞こえないか程度の小さなため息をついて近付く。
私は逆さ向きのその顔を見下ろすと、満面の笑みでこう言ってやった。
「店長、日頃一生懸命働いているバイトに誕生日プレゼント下さい」
言い終わると同時に両手を突き出す。店長は寝転がった姿勢のまま、突き出された爪先を見つめた。
「雅美ちゃん去年はそんなこと言わなかったのに……。ふてぶてしい子に育っちゃって、お父さん悲しい」
「誰がお父さんですか!いや、冗談ですけど!」
別にくれるとも思ってないけどさ。私はおとなしく両手を引っ込めた。
「別に誕生日プレゼントくらい買ってもいいけどさ」
「うそっ!?」
「そのかわり僕の誕生日にちゃんとお返ししてね」
「おとなげない!」
くっそー、さすが、たかがアルバイトに最低月給十五万も払ってるだけあるわ。金ならありますってか。
いや、私も月十五万ももらってるんだから、お返しするくらいの余裕はあるけど。
あれ、待てよ?そこで私は気がついた。
「残念でしたね店長!私店長の誕生日知らないからお返しはあげれません」
勝ち誇った気になって声高に言い放った。秘密主義の店長が悪いんですよ。
「うわー、自分だけもらって返さないとか、こんながめつい子に育っちゃって、お母さん悲しい!」
「性別超越してる!」
そういう問題じゃない!
「じゃあ暇だし誕生日プレゼント買いに行こうか」
「結局買ってくれるんですか」
「だって雅美ちゃんがお返しくれるって言うんだもん。何くれるか気になるじゃん」
「だからそもそも私は店長の誕生日を知らない訳で……」
「ああ、明日だよ」
「へ?」
「僕の誕生日明日だよ。プレゼントよろしくね雅美ちゃん」
そう言いながら店長はようやく起き上がった。
ていうか、明日とかいつもの冗談だよね。この人冗談しか言わないし。半信半疑の半疑寄りで、私はジトっとした眼差しで店長が立ち上がるその動きを追った。
「本当のこと言わないとお返しあげませんよ」
「だから本当だって」
まだ言うか。なんなら今からお兄さんにでも確認とって本当かどうか確かめてや……。
「本当だよ」
私の思考は、奥から現れた瀬川君の声によって強制停止させられた。彼は何やら薄いファイルを持ってこちらに近づいてくる。
「昔普通に教えてもらったことあるし、それにこの間書庫で歴代店長の個人情報見つけたから……」
「さすがリッ君抜目ないね」
本当に。そんなファイルを見つけるのも抜目ないし、ちゃっかり中身確認してるのも抜目ないよ。
「それにしても雅美ちゃんが僕の言うこと信じてくれないなんて、ショックだな~」
「そ、それは、店長の普段の行いが悪いからですよ!」
「え?僕いつも嘘ついてる?ねぇリッ君?」
そう聞かれて、瀬川君はしばらく考え込んだ。きっかり三十秒後、パッと顔を上げて口を開く。
「……そういえば嘘はあまりついて無い気が……」
「でしょ?ていうかリッ君も考えすぎ。僕にたいする信頼ってそんなもん?」
私は思わず瀬川君の顔を見た。瀬川君とバッチリ目が合う。
「そ、それは……」
「いや、信頼は……してますけど……」
「に、人間性に問題があるかもしれなくもなくもないかと……」
「二人とも酷い!」
の割にあんまりショック受けてないのが店長なんだよなぁ。この人例えば何を言ったら心折れるんだろ。
それにしても、誕生日は教えてくれるのに、轟木さんの事は教えてくれないんだ。私は心の中で頬を膨らました。
轟木蛾針。この人は、聖華高校の二年生であって、私と直接の面識はない。二ヶ月ほど前、店長に何か依頼をしたみたいのだが、その内容はわからない。店長が隠しているのだ。
あのあとも特に何もなかったし、店長も普段通りすぎるくらい普段通りだった。店長の隠し事なんていつものことだけど、今回は何か違う。隠すんなら暴いてやろう!と息巻いた私と瀬川君だったが、手掛かりナシだ。
聖華高校に通う鳥山さんに調査をお願いしたが、未だ何の情報も出てきていない。轟木蛾針は、元切り裂きジャックであるジェラート・トライフルと友達というだけの、普段の女の子だった。
だったら何故店長は隠すんだろう。私達に言えない理由は何だろう。何もわからないうちに、もうこんな季節になってしまった。偽物切り裂きジャックは、今も相変わらず罪を重ねている。
「あ、そういえば、これから雅美ちゃんの誕生日プレゼント買いに行くんだけどリッ君も来る?」
店長の声でハッと我に返った。ダメだダメだ、最近暇さえあればこの事を考えてしまう。店長が教えてくれないから悪いんだ。
店長の言葉を聞いた瀬川君は、先程のように私の顔を見て、
「荒木さん、誕生日おめでとう」
と言った。
「ありがとう……」
無表情で言われてもあんまり嬉しくないな。言う方のテンションも大事だよね、この台詞って。
私はさっきまで考えていた事を頭から追い出す。こんな日くらい楽しいこと考えよう!
「それにしても、瀬川君の時はスルーなのに、私の時だけ脳天にくす玉落とすなんて不公平ですよ」
「だってリッ君って反応が面白くないんだもん。来年からはリッ君の脳天にもくす玉落とすから許して」
「絶対ですよ」
「わかった、スペシャルサービスで大きさ二倍にしてあげよう」
「やったー」
そこで私と店長は瀬川君に目を向けた。
「…………」
瀬川君は相変わらず無表情でそこに立っている。私達の会話を表情一つ変えずに聞いていた。
「ここまで言って無反応って、リッ君大丈夫?頭にくす玉落とされるんだよ?」
「私、なんか心配になってきたよ」
「ああ、大丈夫です。僕来年から誕生日休み取ることにしましたから」
「「そっか……」」
もしかしたら一番強いのは、リアクションが薄〜い瀬川君なのかもしれない。
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