あたたかいのはマフラーのおかげ?
十二月三十日、午前九時きっかり。私は目を覚ました。
壁にかかったカレンダーを見て、今年も明日でおしまいか、と思ったり、それから、
「雅美ー!もう九時よ!」
「わかってるー!」
階段の下から母の声が聞こえる。起きた途端にそう言われると、なんだか機嫌が悪くなる。
でも今日は一日ご機嫌でいるって決めているんだ。だって今日は、
私は身支度をととのえて、一階へ下りた。私がやってきたのを見て、母が朝食の乗った皿を電子レンジに入れる。今日は特に寒いから、あったかいコーンスープなんかが飲みたいなぁ。
「雅美、今日何時に帰ってこれるの?」
「わかんない、なるべく早く上がらせてもらうよ」
母は「そう」と言ってレンジから皿を取り出した。私は自分専用のマグカップに、インスタントのスープを作る。
今日は本当に寒いなぁ。雪が降るんじゃないかな。
私はスープを混ぜながらブルリと震えた。
「ケーキはチーズケーキでいいわね?お母さん昼買い物に行くから、その時寄ってくるし」
「何でもいいよ」
去年もチーズケーキだったような。まぁ、好きだからいいんだけど。
買い物のついでと言いながら、お母さんは駅前のケーキ屋まで行ってくれるんだろう。あそこはチーズケーキが特に美味しいから。
「こんな日まで仕事させるなんて、どうなってるのかしら。年末なんて普通は休むものなんじゃないの」
「私が行きたいから勝手に行ってるんだよ。店長は休んでいいって言ってくれたし」
私がそう言うと、母は口を閉ざした。なんとも言えない表情のままリビングのテーブルに皿を置いて、台所で洗い物を始める。どうやら私以外の家族は、みんな朝ごはんを食べ終わっているようだ。
私は冷蔵庫からお茶を取り出してから、リビングの椅子に座った。まだ時間があるな。テレビ画面の端っこに表示された時刻を見ながら思う。
ふわふわのスクランブルエッグを口に運ぶ。テレビを見ながらゆっくりと朝食を食べ、食べ終わった皿を流しに置いた。
そのまま洗面所で歯を磨き、荷物を持って靴を履く。奥にいた母が手を揉んでついた水滴を馴染ませながら出てきた。いつもは見送りなんてしないのに。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「うん」
家を出て、自転車に乗って、仕事に向かった。マフラーを巻いていない首は少し寒かった。
普段とほとんど変わらない動作で店の前に自転車を止めて、裏に店長の車があるかどうか確認する。黒いピカピカがチラリと見えて、どうやら店にいることがわかった。私は気を引き締める。
去年はくす玉だった。しかも店に入ってきた私の脳天にクリーンヒットするように仕掛けられていた。更に、そのくす玉から出た色とりどりのゴミを掃除させられた。やけに細かい色紙が大量に仕込まれていて、ゴミを残さず掃除するのは大変だった。
意を決して引き戸に手をかける。一つ深呼吸。引き戸の向こう側に、神経を集中させる。
今年は何で来るだろう。つい息を止めて、慎重に引き戸を開ける。
何も落ちては来なかった。一瞬ホッとする。が、すぐに気を取り直す。まだまだ油断は禁物。
顔を覗かせてみる。店には誰もいなかった。
「無用心な」
しかし、店長がいないことには安心した。よかった、今年は何もないみたい。
私は店に入り、ガラガラと音を立てながら引き戸を閉めた。荷物を置くため、慣れた足取りで店の奥へ向かう。
店が無人はいただけない。さっさと戻って店番をしないと。店の奥へ続く廊下の入口に掛かっているピンク色の暖簾をパッと払ったその瞬間。
「いだっ、」
上からデカいくす玉が落ちてきて、私の脳天にクリーンヒットした。続いて大量の色紙が私に降りかかる
「…………」
デジャヴュ。
「いやー、雅美ちゃん、まさか同じ手にひっかかるなんて」
すぐそこの台所から店長がひょっこりと顔を出した。なんとも嬉しそうに笑っていらっしゃる。
「またですか!店長!」
「雅美ちゃんの為に今朝セッティングしたんじゃん。むしろ喜んで然るべきじゃない?」
「喜べますか!今脳みそ揺れましたよ!こんな日にわざわざ来てるのに……」
「こんな日だからこんな玉用意してるのに」
「そりゃそうですけど、もっとやり方が……わっ」
店長はスッと肘を曲げたかと思うと、突然クラッカーを鳴らした。カラフルな紙製のテープが私に襲い掛かる。
「私の顔面に向けて撃たないでください!」
頭にへばり付くカラーテープを剥ぎ取り、店長に投げ付ける。しかしこの攻撃は、彼には全く効かないようだ。私に二撃目を食らわそうと、数個のクラッカーを構える。
「まぁまぁまぁ、昨日せっかく買ったから使おうと思って」
そして続けざまにパンパンと鳴らした。全く、迷惑極まりない。
「ちょ、これ掃除するの誰だと思ってるんですか!」
「え、雅美ちゃんでしょ?」
相変わらずフザけてますね!声に出してもどうせ効果がないと思ったので、心の中だけに留めておいた。
店長はクラッカーの残骸を台所のごみ箱に投げ入れると、色紙まみれの私の前を素通りして来客用ソファーの定位置に腰掛ける。それからこちらに顔を向けて、思い出したように言った。
「あ、雅美ちゃん、誕生日おめでとう」
「……遅いですよ」
今日は一日ご機嫌でいるって決めてたのに。だって今日は、私の誕生日だもの。
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