少しずつずれてゆく3
「いなかったね……」
「そうだね」
「目撃情報はいっぱいあるんだけどなぁ」
私は目撃情報をメモした紙を見ながら、瀬川君の隣をとぼとぼと歩いた。
結局、商店街ではメルは見つからなかった。聞き込みをすればするほど沢山の情報を聞いたが、一向にメルは見つからない。最終的には商店街の端に出てしまって、私達は元来た道を戻ることにした。
現在は街を歩いていて、さっき浪川さんの散歩コースを見てきた所だ。あの散歩コースを歩いたのも、もう三回目だ。
「もう七時半だね。そろそろ帰ってもいいかな?」
ケータイで時刻を確かめる。ついでにメッセージアプリも確認するが、新着メッセージは一つもなかった。さすがにもう店に戻っても大丈夫だと思うけど……追い出したんなら「帰ってきてもいい」って連絡くらいしてくれてもいいものを。
私達はあの元気な店員さんのいるケーキ屋まで戻ってきた。さすがにもう試食販売はしていなかった。
「瀬川君、ケーキ買って帰ろっか」
ケーキ屋さんの中に入ると、瀬川君も黙ってついて来た。早速ショーウインドーの中を眺める。営業終了間際で、さすがにケースの中はガラガラだった。
「どうする?せっかくだからハロウィンのケーキにしとく?」
「僕は何でもいいよ」
その答えで、私はふと思った。もしかして瀬川君、甘いもの苦手?
「瀬川君って、甘いのダメだったりする?」
「そういう事はないけど……」
そうなんだ。なら良かった。
私は店員さんが試食販売していた、ハロウィンのカボチャお化けのケーキを三つ購入した。
「ありがとうございましたーっ」
店員さんの声を聞きながらケーキ屋さんを出る私達。結局メルは見つからなかったけど、また明日捜せばいいか。私達は店に戻ることにする。
「あ……」
「何しているんだろうね」
しばらく歩いていると、道の真ん中で女の子がしゃがみ込んでいるのを見つけた。女の子の表情は、髪に隠れていてよく見えない。でも女の子の足元にあるケーキの箱を見るからに、女の子は箱を落としてケーキをおじゃんにしてしまったんだと想像がつく。箱の大きさから考えると、女の子は家族とか、何かの集まりのケーキを買ったんだと思う。白衣を来ているし、もしかしたら研究所の同僚かも……。
そこで私は気がついた。女の子の後ろ側にも、私達のように女の子の様子を伺っている人達がいる。あれは……。
「あの人達、この前の電車の……」
「メルキオール研究所の人達じゃないかな」
女の子の数メートル後ろには、この前黄本部である黄龍に説明会に行った時に乗った電車で見た、白衣の二人組が立っている。電車の中でとっても物騒な会話をしていた、あの二人組だ。手には大量の荷物とケーキの箱を持っている。
「メルキオール研究所?」
北野さんがいる所だな。じゃぁ、あの二人と北野さんは知り合いなのか。
「うん、多分。メルキオール研究所の近くであの二人見たことあるし……」
「じゃああの女の子も同じ研究所なのかな」
瀬川君、メルキオール研究所の近くに何しに行ったんだろう……、という疑問はひとまず置いといて、私は思い付いた事を尋ねる。
「それは違うんじゃないかな……。同じ研究所なら、遠巻きに眺めずに話し掛ければいい。あそこの研究所はあんまり大きくないみたいだし、顔も知らない人がいるとは思えない」
な、なるほど……。素晴らしい推察です。ということは、あの女の子は何者なんだろう。この近くに他に研究所なんてあったかな?
そんなことを考えながら見守っていると、しばらくしてツインテールの女の子の方が、しゃがみ込む女の子に話し掛けた。まぁ、しゃがみ込んでる女の子もツインテールなんだけど。
声をかけられて振り返る女の子。ボリュームたっぷりのツインテールがぐるんと揺れる。
それから何やら会話する白衣の三人。そして黒髪眼鏡のツインテールさんが、ボリュームたっぷりツインテールさんにケーキの箱を渡した。微笑むボリュームたっぷりツインテールの女の子。どうやら無事解決したようだ。
「なんか一見落着みたいだね」
「それより、僕らかなり怪しいと思うんだけど……」
そう言われて周りを見回すと、通行人が奇妙な目で私達を見ていた。白衣の三人組は私達には気づいていないみたいだけど。
「と、とりあえず帰ろうか」
そそくさとその場を後にする私達。周りの人々の視線が痛い。
でも、なんか知ってる人がいたら見てしまうじゃん。名前知ってるわけじゃないけど、記憶に残ってる人ってちょっと温かい眼差しで見ちゃうじゃん。
早足でその場を離れ、最後にもう一度振り向いてみる。それにしても、いい人過ぎる人達だったな。メルキオール研究所ってそんなに心の優しい人が集まってるのかな。まぁ、あの北野さんをあそこまで丸くさせたんなら、それも分かる気がするけど。
私は前のバイト先で北野さんを知っているので、この前再会した時はその変わりようにビックリした。昔はもっと刺があって……人を寄せ付けないような雰囲気をしていたのに。
そんなことを考えているうちに、見馴れた何でも屋朱雀店の看板が見えてきた。というか、この数時間、片時も離れずに瀬川君といたのに、私達数える程しか会話してないよ。
店まであと数メートルという所で、店の戸がガラガラと開いたのが見えた。反射的に足を止める。店の中からピンクのセーラー服を着た女の子が出てくる。リボンの色は黄色だ。
その制服を見て、私は一瞬ジェラートさんを想像してしまった。しかしそれは全然違う人で、その子はジェラートさんより背も低いし、髪も短かった。
女の子は何か一言二言、店の中に向かって言うと、私達がいる方とは反対の方向に歩いて行った。
隣にいる瀬川君の顔を伺ってみる。何ともいえない微妙な表情をしていた。
「お、お客さんかな?」
月並みな事を言ってみる。瀬川君もかなり困惑しているみたいだが、私の方がその百倍困惑してるのである。
「僕らがいない間ずっとあのお客さんと話してたのかな」
「でも私達、五時間は外にいたよ?」
さすがに五時間も依頼を聞いているなんて事はないだろう。それにあの制服、ジェラートさんと同じだし……。だってあの子、なんか……。
「とりあえず店に入ろう。店長に聞いてみるのが一番だよ」
「そうだね……」
瀬川君が歩き出したので、私もそれについて行く。
「帰りました」
「おかえりー、二人とも」
でも店長は、きっと何も教えてくれないと思うな。だって人払いまでして会っていたんだもの。あの子は、私達には会わせたくなかった人だ。
「店長、さっき店から出てきた人、お客さんですか?」
「うーん、まぁ、そんな感じ」
店長はそう答えながら、来客用のテーブルに乗っていた二つのティーカップを台所に持って行った。店長が店に戻って来たのを見計らって、瀬川君が質問を重ねる。
「どんな依頼ですか?」
私はそれを、カウンターに座って聞いていた。普段カウンターにいる私が、この時だけ突っ立っているのは、とても不自然に思えたからだ。店長は瀬川君の問いにこう答えた。
「なんかさ、結局依頼せずに帰っちゃった」
「そうですか……」
瀬川君はそう呟いて、自分の部屋に戻って行った。店長は相変わらず来客用のソファーでくつろいでいる。
私はカウンターの上に置いたケーキの箱とトートバックを見つめた。せっかくケーキ買ったのに……このバックも返さなくちゃいけないし……。
壁から目だけ出して、ソファーに座る店長の様子を伺ってみる。私が顔を覗かせた途端、店長が話し掛けてきた。
「あ、そうだ、雅美ちゃん。チワワ見つかった?」
「い、いえ……」
ビックリしたー。覗いたのがバレたのかと思った。
「そっか、また明日もお願いできる?」
店長は私に背中を向けたままそう言った。
私がさっきのお客さんの話をもう一度しようか迷った時、ポケットに入れっぱなしだったケータイが震えた。開いて見てみると、瀬川君からのメールだった。さっそく読んでみる。
【さっきのお客さん調べてみた。聖華高校三年C組十五番轟木蝌針(とどろきかがね)さん、ジェラート・トライフルさんと同じクラスだった】
ジェラートさんと同じクラス……。いや、でも知り合いとは限らないし……。
私は瀬川君にメールを返し、ケータイをカウンターに置いた。そうだよ、こんなの瀬川君ならすぐ分かっちゃうんだ。なのに店長は隠した。何で?
再びケータイが震えた。メールの差出人は瀬川君。
【気になるから、ちょっと調べてみる。店長には黙っててくれないかな】
やっぱりそうなるよね。よし、
【私も気になる。私にも手伝わせて!】
私だって気になる。確かに店長の隠し事はいつもの事だけど、気になる物は気になる!隠すんだったら暴いてやる!
【そっか、心強いよ。鳥山さんが聖華高校だったはずだから、明日話を聞きに行こう】
そうだ、鳥山さんも聖華高校だった。話を聞くということは、鳥山さんにも事情を説明するのかな。でも鳥山さんなら口は堅そうだ。なるべく内密にしたかったけど、鳥山さんなら信用できそう。
私は瀬川君と、鳥山さんに会いに明日白虎店へ行く約束をした。店長には学校で遅くなると言っておこう。
瀬川君とのメールを終えてケータイをポケットにしまう。それからカウンターの上のケーキに気づいた。しまった、ケーキのこと言うの忘れてた。一つは瀬川君の分なんだけどなぁ。
というか、今さら店長にケーキわたすのも何かタイミング逃したよね。でも帰ってきたばっかりはそんな雰囲気じゃなかったし。私一人で食べるのも……。うわー、完全にミスったよね、これ。
その時、唐突に着信音が響き渡る。
パッとポケットのケータイを見る。が、私の着信ではなかった。そして店の電話のコール音でもない。ということは。私が来客用のソファーを見ると、ちょうど店長がケータイを耳に当てた所だった。
「もしもし?……はいはいはーい。……うん、じゃよろしくー」
数秒でケータイを閉じる店長。それから私の方を向いた。必然的に目が合う。
「チワワ見つかったって」
「嘘っ!?誰が見つけてくれたんですか?」
「にぃぽん。持って来てくれるって」
またあなたは……。兄をパシリに使うのね。私にも兄が一人いるが、私の頼みなんて一つも聞かないぞ。
「店長、いい加減お兄さんをパシるの止めません?」
「何で?別に嫌がってないんだからいいじゃん」
「店長がそんなんだからじゃないですか………」
嫌がってないからって……いや、確かにお兄さんは嫌がってないけど!けども!……嫌がらないお兄さんもお兄さんだよね。……Mなのか?
「ところで雅美ちゃん、ずっと気になってたんだけどさ、その箱なに?」
店長は私の目の前にあるケーキの箱を指差した。
「あ、これは、ケーキです。今日ハロウィンなんで」
ちょうどよくケーキの話題を出してくれた。私は立ち上がって、店長の所までケーキを持って行った。
「雅美ちゃんにしては気が利くじゃん」
「何言ってるんですか。私は世界一気が利く人間ですよ」
ケーキを二つ箱から取り出し、自分の席と店長の前に置く。
「真に気が利く人なら、ここでお茶の一つくらい持って来ると思うけど」
「……何が飲みたいんですか」
「昨日陸男の彼女にもらったヤツ」
ああ、あの紅茶陸男さんの彼女さんがくれたのか……。私は一度座った椅子から立ち上がり、店の奥にある台所へ向かった。まぁ、もう一つのケーキを瀬川君の部屋に持って行かなくちゃいけないしね。あの紅茶私も飲みたかったし、淹れてやるか。
まず台所で紅茶を入れる。真新しいパックを開けると、紅茶のいい香りがした。三人分紅茶を淹れて、一つはケーキと一緒にお盆の上に置く。
そういえば、陸男さんの彼女さんってケーキ屋さんなんだっけ。もしかしたら美味しい紅茶の淹れ方とか知ってるのかな。
お盆を持って瀬川君の部屋へ行き、ドアを軽くノックする。お盆を片手で支えることが出来るのは、昔飲食店のバイトで経験を積んだ賜物だ。
数秒待つと瀬川君が顔を出した。私の持っているケーキを見て、すぐに用事を理解したらしい。瀬川君は「ありがとう」と言ってお盆を受け取った。
それからこう付け足す。「明日、僕は学校で遅れるって言い訳するつもりだけど、荒木さんはどうする?」。私は自分も同じだと答えておいた。
明日は店長の不審な行動を暴きに、鳥山さんに話を聞きに行くのだ。さっきちょっと話しただけで、店長への不信感が薄れてしまった。恐ろしいな。何か魔法でも使ってるんじゃないのあの人。
店に戻ると、店長はすでにテレビを見ながらケーキを食べていた。テーブルの上に二人分の紅茶を置いて、ようやく私もケーキにありつく。
「雅美ちゃん、僕あんまりカボチャ好きじゃない」
完食してから言うなよ。あなたの好き嫌いとか私が知るわけないじゃないですか。
「ハロウィンなんですから、カボチャのモンブランに決まってるじゃないですか」
「僕の分だけ違うのにしてくれれば良かったのに」
「文句ばっかり言わないでくださいよ」
せっかく買ってきてあげてるんだから、ありがたがって食べなさい。そんなこと言うならもう店長には買ってきてあげませんよ。
「瀬川君は文句なんて言わずに食べてるのに」
「うん、リッ君て甘い物超好きだから」
私は一瞬耳を疑った。たっぷり三十秒かけて、店長の言った言葉を理解する。
「えっ?ええええっ!?瀬川君が!?甘い物を!?いくら何でもそれはないですよ!ナイナイナイナイナイ!店長がって言うんならわかりますけど」
「そこまで否定しなくても……」
「だって瀬川君ですよ?有り得ませんって。店長瀬川君って知ってます?あの瀬川君ですよ?常に無表情無感動ノーリアクションのあの瀬川君」
「雅美ちゃんがリッ君にどんなイメージ持ってるか知らないけどさぁ、僕が言うんだから確かだって。だって僕、リッ君の親よりリッ君のこと知ってる自信あるもん」
どんだけだよ。どんだけ瀬川君のこと大好きなんだよ。
「でもあの瀬川君が……まさか……」
瀬川君がケーキにかぶりついている所を想像してみる。……いや、ムリムリムリ。普通に想像できないって。
「そんなに信じられないなら本人に確かめてこればいいのに」
私と瀬川君、そんな話するほど仲良くないし……。
「まぁ、聞いても"そんなことありません"って言うんだけどねー」
何だそりゃ。聞く意味全くないじゃん。
まぁ、キャラじゃないから言いたくないのかもしれないけど……。もしかして今日ケーキ屋さん行ったとき、本当はめちゃくちゃテンション上がってたりしたのかな。
甘い物好きといえば……そう、花音ちゃんみたいな。花音ちゃんがショートケーキ食べてたりしたら、なんか似合ってるよね。そういえば、鳥山さんは辛いの好きだったなぁ。ラーメンに七味唐辛子すっごいかけてたっけ。……鳥山さんと瀬川君って、合わなさそう。明日は私が真ん中に入るべきかなぁ。
瀬川君の意外な趣味などなどを店長とダラダラ喋っていたら、いつの間にか九時を回っていた。そろそろ帰らなければ。明日も朝から学校がある。
「店長、私そろそろ帰りますね」
「お疲れー」
いつもの水玉模様のリュックを背負って、店長に挨拶をする。
ガラガラと引き戸を開けたとき、店長が「そうだ」と言ってこっちを見た。
「雅美ちゃん、あんまり余計な事に首突っ込んだらダメだからね」
「?はい」
店長がいつもと違う、何だか困ったような迷いのある、そんな表情をしたから、私は少しびっくりしてしまった。
そのまま引き戸を閉めて、寒くなってきた外へ出る。引き戸の前に突っ立って、しばらく店長の言葉の意味を考えたが、たいした答えは出なかった。
まぁいいか。わからない事いつまでも考えてても仕方ないね。そんなことより、明日あの二人に挟まれてどんな事を言えばいいか考えないと。
私はリュックから水色のマフラーを取り出して首に巻いた。瀬川君の自転車に「お疲れ様」と心の中で声をかけてから、隣にある自分の自転車に跨がる。
明日から十一月かぁ。もう空真っ暗だなぁ。
まぁ、星が綺麗だからいっか。
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