少しずつずれてゆく2
「絶っっ対、怪しいよね!」
何でも屋 朱雀店から歩いて五分。私は細めのリードを握りしめながら叫んだ。
「絶対何か企んでるよ!怪し過ぎる!」
熱弁する私の隣で、瀬川君が「そうだね」と呟いた。
現在、私は二度目のメル捜索に向かっている。ご飯を食べ終わって、しばらくくつろいでいたら奥から店長が出て来てこう言った。「雅美ちゃん、ちょっと犬捜しに行ってきたら?リッ君と一緒に」
つまり、私らは追い出された訳ですよ!めちゃくちゃ怪しくない!?何、何があるの!?私達がいない間にいったい何があるの!?
「瀬川君でも知らないの?」
「僕も追い出されたしね……」
どうやら瀬川君も何も聞かされていないらしい。全く、何でそう隠したがるのかな。私達だって……朱雀店の店員じゃん。
「まぁ、とりあえずチワワを捜そっか」
店長の隠し事はいったん忘れて、メル捜しに専念することにする。そうだよ、店長が隠し事するなんていつもの事じゃん。
リードは手に持っていると邪魔だし、なんだか怪しいので肩にかけているトートバックにしまうことにする。このトートバックには餌のホネや高級ドッグフード、あとは麻酔銃なんかも入っていて、出かけに店長に渡された物だ。つまり、なるべく時間つぶしてから帰ってこいって事だろう。
というか、麻酔銃ごときでは驚かなくなったあたり、慣れを感じる。
「浪川さんの散歩コース、もう一回行ってみる?」
そう聞くと瀬川君は頷いた。静かだなぁ……。やっぱり瀬川君と二人って、なんか苦手。
「今日ってハロウィンなんだよね。私、さっきまで忘れてたよ」
そう言って瀬川君の方を見たが、瀬川君は「そうなんだ」と言っただけだった。ああもう、めちゃくちゃ話しにくいこの人!
しばらく無言で歩く私達。やっぱり店長が間に入ってくれないとなぁ。依頼人の浪川さんによると、メルはリンゴが大好物らしい。散歩コースで見つからなかったら、商店街の八百屋さんに行ってみようかな。
「ハロウィンのカボチャお化けのケーキ、只今試食やってまーーす!ぜひ食べていってくださーーい!……あ、お姉さん、カボチャお化けのケーキ、どうですかっ?」
またこの店員さんの前に来てしまった。私は昼と同じように、「大丈夫です……」と呟いて店員さんの前を通過した。
「せっかくハロウィンだから帰りにケーキ買っていく?」
約十分ぶりに瀬川君に話し掛けた私。ここまで本当に無言だったからね。
「うん、いいんじゃないかな……」
「じゃあ帰りにさっきのケーキ屋さん寄ろう」
そう言ってから、私は今日の財布の中身を思い浮かべた。今日、いくら持ってたっけ。
それ以降も会話なくメル捜索をする私達。浪川さんの散歩コースを見てみたが、やっぱりメルは見つからなかった。
「メルはリンゴが好きらしいからさ、駄目元で八百屋さん行ってみない?」
「そうだね……聞き込みとかもしようか」
そっか、聞き込みか。それは思い付かなかった。そうだよね、普通するよね、聞き込み。
ということで、商店街にやってきた私達。商店街のごちゃごちゃした中でも、メルがいないか必死に目をこらす。商店街は、街の垢抜けた雰囲気とは違って、ざわざわと賑やかで活気づいていた。
商店街にはあまり来ない私達だが、八百屋さんはすぐ見つかった。八百屋の店員さんと思われるおじさんが、包丁と大根でパフォーマンスをしていたからだ。
おじさんが空中に放り投げた大根を包丁で綺麗に輪切りにすると、あちこちから歓声と拍手が沸き起こる。
「何かやってるみたいだね」
店に近づこうとするが、人が多くて前に進めない。そもそも私は体格も大きくない方だし、すぐに弾き飛ばされてしまう。瀬川君は明らかにインドア派だし、無理させない方がいいかな。
ということで、私達はおじさんの芸が終わるまで、近くで待っていることにした。
五、六分しておじさんの芸が終わり、最後に巻き起こる大きな拍手。おじさんの一礼で、お客さんは散り散りに去って行った。
ようやくお店に近づける私達。人がいなくなって店先が良く見えるようになった。おじさんの足元には、ブルーシートに落ちた大根の輪切りが転がっている。もったいないから後で食べるんだろうか。
まず始めにピンクの首輪のチワワを捜したが、そんなに簡単に見つかるはずもなく、私達はパフォーマンスの後片付けをしているおじさんに話し掛けた。
「あの、すみません、この辺でチワワ見ませんでしたか?ピンクの首輪をしているんですけれど」
私が話し掛けると、ブルーシートを折り畳んでいたおじさんは顔を上げて私を見た。
「チワワ?見なかったなぁ……。おじさんの見事な大根斬りなら見たけどな!」
そう言って「がっはっは」と笑うおじさん。私は「あはは……」と苦笑することしか出来なかった。
おじさんはその後もくだらないギャグを繰り返し、私は逃げるタイミングを失ってしまった。さすがに瀬川君に助けを求めようかと首を動かした時、奥からもう一人出てきたことに気がついた。
「ちょっとアンタ!くだらないオヤジギャグはおよしな!お客さんが困ってるじゃないか!」
「いやいや、つい気分がノッちまってなぁ」
店の奥から出てきたおばちゃんは、「もうっ」とため息をつきながら私に近づいてきた。どうやらおじさんの奥さんらしい。
「お客さん、何が欲しいんだい?お安くしとくよっ」
おばちゃんはそう言いながらも、近くの野菜の並びをテキパキと整えていた。
「いえ、私達はその……ペットを捜してまして……」
こんな所で野菜なんか買ってる余裕はない。なにせ帰りにケーキを買うのだから。私は手を振って自分が客ではない事をアピールした。
「ペット?何だい?犬かい?猫かい?」
「あの、ピンクの首輪をつけたチワワなんですけど……」
そう答えると、おばちゃんは何か心当たりがあるようだった。
「そういえば、今日の昼頃、店先にいたチワワにリンゴをあげたっけ。なんかさ、お腹減ってるみたいだったから」
「ホントですかっ!?」
おばちゃんの答えを聞いて、離れた所にいた瀬川君も寄ってきた。
「そのチワワ、どこに行きました!?」
「リンゴたらふく食って、向こうの方に歩いて行ったよ」
そう言っておばちゃんは、商店街の奥の方を指差した。人が多くてよく見えないが、商店街はまだまだ奥に続いていそうだ。
「どうもありがとうございます、向こうの方を捜してみます」
おばちゃんにお礼を言って、八百屋さんを離れることにする。おばちゃんはにこやかに手を振った。そして、おじさんは大根斬りをしながらこう叫んだ。
「二人とも、幸せにな~っ!」
そしてバッサバッサと輪切りになる大根。……ごめんなさい、そんな関係じゃないです。そして、瀬川君ちょっと恥ずかしがってるし。私もちょっと恥ずかしいし。
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