青春は駆け足で2



聖華高校の文化祭は、それはそれは盛大なものである。私立であるがゆえの膨大な資金を惜しみ無く使い、生徒達の自主性に任せて、全員が楽しめる祭を作るのである。教師達はなるべく準備に介入しないようにする。地域にはあらかじめ広告を配分し、校外のお客さんも大量に呼び込む。普段勉強漬けの生徒達も、この時期ばかりは教師の忠告も聞かずにはしゃぎ回るのだ。

そして、今日がその文化祭一日目。時は九月二十七日。三年A組十七番の鳥山麗雷は、非常にいらついていた。なぜなら、いつまで経っても待ち合わせ場所に友人達がやって来ないからだ。

「も~電話も出ないし…。何やってんのよアイツら」

待ち合わせ相手の携帯電話に電話をかけても、すぐに留守番電話サービスに繋がってしまう。麗雷は忌ま忌ましげにケータイをポケットに突っ込んだ。

十時に集合と約束したのに、もう十五分もこのA組教室前で待たされている。一体どこで何をしているのか。首を伸ばして周囲を見回してみるが、人が多過ぎてよく見えない。B棟二階の廊下は、通勤ラッシュの駅のホームさながらに人でごった返していた。

と、こちらに近づいてくる者達が。麗雷を待たせていた三人の友人達が、手を振りながらこちらに近づいてきた。

「麗雷~ぁ!」

「ごめんごめん!ちょっと梶に雑用押し付けられちゃってさ!」

人波を掻き分けて麗雷の元にたどり着いた三人。顔の前で「ごめん」と手を合わせた。ハァ、とため息をつく麗雷。どうして自分がいない時に限って雑用を押し付けるんだあの担任は。

「まぁ良いけど?そのかわりたこ焼きおごってよね。じゃなきゃ許してあげなーい」

「わかったわかった。じゃあさっそく行こ!」

麗雷の手を引っ張る茶髪の友人。引っ張られて、麗雷は一歩踏み出した。みんなでワイワイやるのは好きじゃないから、文化祭は適当に流すつもりだったけれど……。麗雷は考える。まぁ、今日はこいつらに付き合ってやってもいいか、と。

友人達と固まりながら廊下を歩く。馴れ合いは好きじゃないけれど、この友人達はそんな好き嫌いも吹っ飛ばすほど大好きなのである。

自分達のクラスの出している屋台へ行くと、すでに客が群がっていた。三年A組の屋台では、フランクフルトの他にたこ焼きとジュースも売っている。どうせ買うなら自分達のクラスの売り上げに貢献しようという事になった。

しばらく並んで六個入り二百円のたこ焼きを買う麗雷達。ふと隣の屋台を見ると……。

「げっ、思っきしカブってんじゃん」

「そー、あたしらもさっきそれ言ってたんだ」

隣の三年E組の屋台は、たこ焼きとお好み焼きのセットを売っていた。しかも何だかA組をライバル視しているらしい。

「フツー準備期間で気づくでしょ」

「向こうが隠してたんだよ。看板だって今日の朝付けてたし」

「完っ全にライバル視されてるよな!」

四人は近くに設置されたベンチに腰掛ける。さっそくたこ焼きを頬張る。

「バッカよねー。売り上げで成績決まる訳じゃあるまいし」

「やってるうちにぃ、本気になってくるんじゃなぁい?」

「うちの奴らもちょっとマジだったしねー」

それを聞いて、麗雷はもう一度二つの屋台に視線を向けた。確かに、自分のクラスの連中も「受けて立つぜ!」という雰囲気のような気がする。麗雷は思わずため息をついた。

「まさか私らもあんなノリで店番しなきゃいけないわけ?」

麗雷達四人の店番は午後からである。自分達もあんな風に闘争心丸出しで仕事をしなければならないだなんて、熱苦しいものが嫌いな麗雷にとっては、たまったものではない。

麗雷の呟きに、茶髪の結歌が答える。

「まぁ良いんじゃない?何かもうすでに勝負ついてるっぽいし」

結歌が言うように、E組にはA組よりもたくさんお客さんが並んでいた。

「うちもプライドだけは高いわよね。体育会系のE組の結束力に勝てるわけないじゃない」

「まぁそれはね。体育祭も毎回E組が優勝だし」

どうやら、A組対E組のたこ焼きバトルはかなり白熱しているらしい。あちこちで呼び込みの声が聞こえる。

「ねぇ、これからどこ行くぅ?」

たこ焼きの最後の一つを頬張りながら、巻き髪の璃夏が言った。結歌はパンフレットを開く。

「うーん、正直今年のショッボイよねぇ。去年とかさ、行きたいとこ有りすぎて回りきれなかったじゃん」

「そんなのあんたらだけでしょ。私は見たい所なんて全然なかったもの」

「でもぉ、麗雷、C組の激辛ラーメン売り切れで泣いてたじゃん」

「な、泣いてなんかないわよ!だいたいあんたらが夕飯にしようとか言うから、売り切れで……」

ぶつぶつ文句を言う麗雷。どうやら激辛ラーメンを食べられなかったことを、まだ根に持っているらしい。

「あ、D組ネイルアートだって。ちょっと行ってみたいかも」

ぶつぶつ言う麗雷を放って、凪砂は言った。麗雷もパンフレットのD組の載っているページを開く。

「こんなんどうせシロートのやるもんでしょ?」

「でもD組の立花さんって家ネイルサロンらしいよ」

「そうなのぉ?それは本格的かもぉ。璃夏も行ってみたいなぁ」

このぶりっ子口調で話す璃夏は、自分を着飾ることに余念がない。自分で自分をかわいいと思って疑っていないし、人にかわいいと言われるのが大好きなのだ。タダで本格的なネイルアートをしてくれると言うのなら、何が何でも行っておきたい所だ。

「はは、璃夏なら絶対行きたいって言うと思った」

凪砂はそう言って笑った。

「だって璃夏はぁ、かわいいくなるの超好きだからぁ」

「璃夏さ、その喋り方いい加減止めない?私ら素でも別に気にしないし」

日頃思っていた事を口にする結歌。彼女達三人は璃夏が猫を被っていることも、璃夏の本性も知ってるのだ。

「え~?何それ、璃夏よくわかんな~い。璃夏の素はこれだよぉ~?」

「はいはい、そうでしたね」

「あ~、信じてないなぁ~?ぷんぷんっ」

怒ったぞ、を「ぷんぷん」で表現する璃夏。結歌は苦笑を浮かべてそれを見ていた。

「で、結局行くの?D組」

しばらく黙って二人のやり取りを見ていた麗雷だが、会話が一段落したようなので声をかける。

「行く行く~っ」

「まぁ、璃夏もこう言ってるし。麗雷も来てくれるよね?」

聞かれて、麗雷は面倒臭そうに「しょうがないわね」と答えた。

「なんか色々やってるらしいよ。金運アップとか、恋愛成就とか」

それを聞いて、麗雷の顔色が一瞬変わった。

「恋愛……成就……?」

一瞬だけ変わった麗雷の顔色を、目ざとく見つける凪砂。

「おっ、麗雷が食いついた!」

「な、バッ、食いついてなんかないわよっ!私好きなやつなんていないしっ!」

慌てて否定する麗雷。しかしその顔は真っ赤で、説得力などカケラもなかった。

「おとなしく認めろってー。麗雷に好きな奴がいることくらいお見通しなんだから」

「そうそう、いい加減教えてくれても良くなーい?誰なの、麗雷の好きな人って!」

「だ、だからいないって!ホントに!」

詰め寄る二人に、なおも否定する麗雷。

「もー、麗雷は頑固だなぁー」

「いいじゃないかなぁ、うちらにくらい教えてくれたって」

麗雷に教えるつもりがないと分かると、あっさりと引き下がる二人。あんまり言い過ぎると、麗雷の機嫌が悪くなってしまうからだ。

「でもぉ、言ってくれたら璃夏達も協力するよぅ?……まぁ、相手がB組の金井君だったら逆にブッ潰すけど」

一瞬本性をのぞかせる璃夏。そんな璃夏に、麗雷は「ハハハ……」と力なく笑う。

「大丈夫よ、学校のお子様男子には興味ないし」

「それはぁ、金井君もお子様ってことかなぁ?」

「……、金井君は……違うと思う……よ?」

その答えに満足する璃夏。ニッコリと清純美少女の笑みを浮かべた。

「それじゃぁ、とりあえずD組に行こっかぁっ」




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