頭に乗せたメガネのようにはいかないことばかり3
「……見つからなかったですね」
「うん……お巡りさんから連絡もないし……」
時刻は午後九時。真夏といえどもさすがに暗くなってきた。
私達は街中を歩き回ってくたくただった。そう簡単に見つかるものではないと思っていたが、ここまで探して見つからないのか。どうやら甘く見すぎていたようだ。
「もう見てないところ無いの?」
「一応全部回ったはずなんですけど……」
「友達に預けたとかはさすがに無いよね」
「それは大丈夫です!今朝確かにこのカバンに……」
そう言ってにっしーは背負っていたリュックを身体の前に持ってきた。
「……あ、そういえばテストだからリュックで来たんだった」
「え、大丈夫?」
「大丈夫です!鍵閉めたのは確かですから!」
にっしーは自信満々にそう答えて、リュックサックの外ポケットをごそごそと漁り始めた。しかしどうやら鍵はなかったらしく、にっしーはチェック柄のリュックを背負い直した。
「とりあえずうち来る?」
「良いんですか!?」
「うん……このままじゃにっしー野宿になっちゃうし」
「ありがとうございます!神様仏様荒木様!」
にっしーは両手を合わせて私を拝み始めた。私は苦笑いを返す。
「でも帰る前に店寄ってっていい?今日給料日なんだ」
「どこへでも付いて行きます!」
そうと決まれば、にっしーを引き連れてさっそく店へ向かう。そういえばにっしーが私の働いている店に来るのは初めてである。彼女はスーパーのレジ打ちをしているので、私は何度か彼女のバイト姿を見てるのだが。
店まであと五分という所で、にっしーが口を開いた。
「あっらー、コンビニにいといて良いですか?ご飯買いたいです」
立ち止まったにっしーは朱雀店から一番近いコンビニを指差していた。
「でもお母さんがご飯用意してくれると思うよ?」
「明日の朝ごはんです。多分朝起きれなくてテストの合間に食べることになると思うんで……」
なるほど、にっしーはかなりのお寝坊さんで毎朝遅刻気味だしね。ほぼ毎日遅刻していて、授業出席数が足りないため留年寸前という状態らしい。生活習慣を改めなさいとは言っているのだが。
「わかった、じゃあお給料と荷物だけ持って来るからコンビニで待ってて」
「はーい」
にっしーは元気のよい返事をして、コンビニの中に入っていった。私はそれを見送ってから店に向かって歩き出す。
店の古い引き戸が見えてきたときにふと考えた。もしかしてにっしーは、私が店に行くから気を使ったのかな?そう思ってから、いや、と首を振る。にっしーがそんな細かいこと考えられるわけないか。
私は引き戸に手をかけ、馴れたら調子で開けた。
「帰ってきましたー」
「おかえり」
すぐ近くで声がしたなと思ったら、店長はカウンターに座っていた。そういえば店を飛び出して来たんだっけ。瀬川君はちゃんと地下から出られたのかな。
「雅美ちゃん遅かったね」
「まぁ……。ちゃんと瀬川君出してあげました?」
私はカウンターの脇をすり抜け、店の奥へ向かいながら尋ねた。
時間もいつも私が退勤している九時だし、にっしーも待たせている。店長が何と言おうと、今日はもうこのまま帰らせていただきますよ。
自分の部屋に置いておいた荷物を持って店に戻ると、店長はまだカウンターに座っていた。私の帰るという雰囲気を感じ取って、このまま店番を続けるつもりかな。
「店長、友達が待ってるんで帰っても良いですか」
「うん、いいよ」
一応許可を取ってみるが、店長はあっさりと頷いた。そして「はい」と私に封筒を差し出す。
「給料日、ちゃんと覚えててくれたんですね」
「当たり前じゃん。これくらい忘れるほど老化進んでないって」
それから店長は、カウンターの上に置いてあった汚い布の塊も私に差し出した。この布の塊、店に帰ってきた時から気になっていたんだよね。
店長の摘むように持つ手から、仕方なく布の塊を受け取る。私は眉間に寄ったシワを隠そうともしなかった。
「何ですか?この汚い筆箱」
よく見ると汚い布の塊は、布製の黄色い筆箱だった。持ってみるとわかるが、中でペンがカチャカチャとぶつかっている。
「鍵。友達の」
「鍵ぃ……?」
もうちょっと説明してくれてもいいものを……。
明らかに説明不足の店長に文句を言うため口を開く。そこで私は気がついた。にっしーの言葉がふっと脳内に浮かんだのだ。
確か彼女はこう言っていた。近道しようと路地裏通ったと。そこで野良犬に追いかけられたと。そして野良犬を撃退するために自分の筆箱を投げ付けたと。
西村ぁぁああ!あいつ筆箱に家の鍵入れてたな!
おそらくいつもと違う鞄だったので失くさないようによく使う筆箱に入れたのだと思うのだけれど。だがそれを忘れてどうする!
「店長、よくわかりましたね。私誰が何をどうしたとも言ってないのに」
「言ってたじゃん。電話で」
「店長テレビ見てたじゃないですか」
「テレビはぼーっと見るものだからさ」
よくわからないが、テレビだけに意識を向けていたわけではないということか?
確かに私と通話先とのやりとりから、にっしーという友人が何らかの理由で困っているという状況は理解できると思う。それにしたって、探し物が鍵で、その鍵が筆箱に入っているとわかるなんてどういうことだ。
私達は何時間もかけて必死こいて探したんだぞ。それでも鍵は見つからなかった。なのに完全に他人である店長にこんなにあっさりと見つけられたなんて、ちょっとばかりムカつくではないか。
「何で鍵が筆箱にあるってわかったんですか?」
「その友達の友達に電話して聞いたから。雅美ちゃんの友達……にっしー?って、ちょっと馬鹿っぽそうだし、その方が早いと思って。僕その友達の知り合いに割と仲いい人いるしさ。探し物が鍵っていうのは篠原っちから電話かかってきて知ったし、馬鹿がどこに鍵を入れるかなんて簡単に検討つくしね」
にっしーが馬鹿っぽいのは否定しないけど、他人に言われるとちょっと複雑だな。いや、ほんと否定はしないんだけど。
しかしだ。猫探しの時も思ったのだが、何故この人は見つけたことを言ってくれないんだ。無駄なのに私が探し回っていることがそんなに楽しいのか?
「それにしても、顔も知らない私の友人の為に路地裏まで汚い筆箱拾いに行ってくれるなんて、感動すら覚えますよ」
「え?まさか。わざわざ僕が行くわけないじゃん」
若干嫌味を込めて言ったのだが、あっさりとそう返された。
「じゃあ誰が行ったんですか?」
一体誰が犠牲になったんだろう。そう尋ねると、店長は悪びれたようすもなく言った。
「にぃぽんパシらせた」
「兄を何だと思ってるんですか!」
「何だろう、何か便利な人?」
お兄さんのことを考えると本当に可哀想になってくる。きっと弟に頼まれたからって安請け合いしたんだろうなあ。
と、こんな長話をしている場合ではなかった。コンビニでにっしーが待ってる。彼女はもう買い物を済ませてしまっただろう。
私はかばんを肩にかけ直して、引き戸に手をかけた。
「それじゃあ店長、ありがとうございます。にっしーの鍵見つけてくれたことは本当に感謝はしてるんで」
「感謝はって。その言い方僕ちょっと悲しい」
私の目がおかしいのかな、全然悲しそうに見えないのだが。
「……鍵を発見したのに私に教えてくれない店長のえげつなさと、その無駄な有能さに脱帽しました」
思いきり嫌みを込めてそう言ってやると、店長は楽しそうに笑った。
「あのね雅美ちゃん、何でも屋は、何でも出来るから何でも屋なんだよ」
「……お疲れ様です」
店の引き戸をピシャリと閉めた。思っていたより大きな音が出たが、気にしなかった。
それはあれですか、私は何でも屋失格ってことですか。
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