頭に乗せたメガネのようにはいかないことばかり2
約三十分後、私は駅の近くのショッピング街にいた。植え込みのレンガに腰をおろしているにっしーを見つけ、声をかけながら近付く。
「にっしー!お待たせー!」
「あっら~!どうしましょう、家に入れないです~」
にっしーは私に気が付くと立ち上がってこちらに寄ってきた。
「あっらーは仕事中なのにごめんなさい」
「いいのいいの、たまには店長にも働いてもらわないと!」
とりあえず先程の植え込みに腰をおろし、事の成り行きを聞くことにする。
どうやら今日は学校でテストがあって、学校の後街で友達と遊んでいたらしい。そういえば彼女の通う野洲高校では先日不審者が侵入して校舎が一部爆発させられるという事件があった。おそらくそのせいで夏休みが削られているのだろう。
にっしー達数人は街でぶらぶらしたあとカラオケに行くことになったらしい。自他共に認める音痴のにっしーはカラオケを断った。その場で友達と別れ、家に帰ろうとポケットを見てみると、
「鍵が無い!ってことに気がついて……」
「にっしー一人暮らしだもんね。鍵ないと永遠に家に入れないね……」
「私どうすればいいんでしょう……」
彼女の話によると、カラオケからこの場所までの道は探したらしい。それでは見付からず、誰かの手を借りようと私に電話をしたようだ。
しかし今日はだいぶ街を歩き回ったらしいので、小さな鍵を探し出すだなんて不可能に近いのでは……。どこかのお店に落ちてるのかもしれないし、もう誰かに拾われてるかもしれない。
「とりあえず、交番に行こう」
「はい……」
交番に行きお巡りさんに尋ねてみたが、そんな落とし物は届いていないと言われた。新人っぽい若いお巡りさんは、申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんね、役に立てなくて」
「いえ。あの、もしまた見つかったら連絡くれませんか?」
「わかった。電話番号は?」
そう言われてにっしーは鞄を漁り始めたが、すでに私の手にはケータイが握られていたので、お巡りさんには私の番号を教えた。どうせ一緒に行動するのだから、私のを教えても同じだろう。
電話番号を伝えているとき、私はお巡りさんにじっと見られていることに気が付いた。何だろうと不思議に思っていると、彼は少し自信なさげにこう言った。
「もしかしてだけど、君何でも屋の子じゃない?」
「そうですけど……」
私はお巡りさんの言葉に内心驚いていた。あの店はそんなに有名になっているのだろうか。たしかにあんな変わった店は他に無いが。
「俺も一回あそこに依頼したことがあるよ」
「えっ、そうなんですか?」
「もう三年も前のことだけどな」
三年前ということは、私はまだあの店にいなかった。それなら私がこの人とその依頼を知らないのは無理もない。
店に帰ったらこのお巡りさんがどんな依頼をしたのか調べてみようかな。私はお巡りさんの名札を見て、彼の名前が「篠原」だということを確認した。
鍵の情報の無い所に用はない。ということで、私達はお巡りさんにお礼を言って交番を後にした。
「届いてなかったねー」
「ですねー」
できることといえばひたすら地面に目を配ることのみ。うつむきながらぶつぶつと会話する私達の姿は近寄りがたいものがあっただろう。
とにもかくにも、私達は歩き出していた。あてはないけれどこの場にいても何も進まない。
「いつまではあったとかわからない?」
「朝玄関に鍵をかけた時はありました!」
それは当たり前だ。にっしーの答えはつまり、いつ無くしたかはわからないということだ。それならこの街のどこに落ちていても不思議ではないじゃないか。
今日中に見つかるのか不安になってきた。全く見つかる気がしないのだが。
「とりあえず学校まで戻ってみようか」
「はい」
「その間に今日どこで何してたか教えてくれない?」
「はい、ええと……」
にっしーは今日取った行動を思い出しているのか、
少し考え込んだ。
「学校を出たあと、まずゲーセンに行きました」
「サンニチ堂の?」
「そ うです、あそこに入ってるゲーセン大きいですから」
にっしーの話をまとめると、彼女はゲーセンでUFOキャッチャーに大枚をはたき、そのあと友人達とプリクラを撮ったらしい。
「ジャーン!これでーす!この超軽量ハンドミキサーカラーピンクがほしくて千七百円も使っちゃいました!」
にっしーはそう言いながら、今日の戦利品を誇らしげに見せた。私が苦々しげな笑みを返すと、彼女は満足げな表情でハンドミキサーを袋にしまった。
というか、UFOキャッチャーでハンドミキサーってどういうことなの。置いてるゲーセンもゲーセンだけどさ。でもハンドミキサーって家電ショップに行ったらもっと安く売ってない?ってことはにっしーには言わない方がいいか。
「ゲーセンにはどれくらいいたの?」
「三十分くらいはいたと思います。でもそのあと一時間くらいサンニチ堂の中をぶらぶらしてました」
なるほど、ということはそれから街に行ったのか。それならサンニチ堂にも行ってみた方がいいな。もしかしたらそこで鍵を落として、お店が預かってくれてるかもしれない。
私達はルートを変更してサンニチ堂へ向かった。
サンニチ堂についた私達は、まずお店の出入り口を見回す。店から出て行くお客さんとぶつかりそうになって、私は顔を上げた。
「サービスセンターに行けばいいんでしょうか」
「サービスセンターどこだっけ」
「あ、向こうの端の方にあるみたいですよ」
にっしーは入り口を入った所にある案内板を指差した。どうやらこの入り口のちょうど反対側にあるらしい。結構遠いんだな……。
文句は口に出さずに、私とにっしーはサービスセンターに向かった。その道中も鍵を探すことは忘れない。
サービスセンターについて、雑談に花を咲かせている店員さんに声をかけた。
「すみません、家の鍵を落としたんですけど、届いてませんか?」
「ヘナモン星人のストラップが付いてるんですけど……」
ヘナモン星人……?一瞬気を取られたにっしーの変なストラップは頭の隅に追いやり、私は店員さん達に注意を向け直した。しかしいくら暇だからといってお喋りしてるのはどうかと思う。お客さんから丸見えなんだから。
「落とし物ですか。鍵、届いてます?佐藤さん」
一番先に私達に気づいた店員さんが、雑談相手に尋ねる。相手の店員さんは思い出しながら答えたが、その顔にはあまりやる気が見られなかった。
「鍵はなかったような気がするけど……ちょっと中野さんに聞いてきますね」
「すいませんねぇ」
佐藤さんというらしい店員さんは奥のパーティションで区切られたスペースに引っ込んだ。サービスセンターのカウンターを挟んで、私達と店員さん一人が残される。
「……なんかないっぽいね」
「そうですね……中野さんが知ってることに賭けます」
佐藤さんはすぐに戻ってきた。白すぎるファンデーションが塗りたくられた顔に申し訳なさそうな笑みを張り付け、真っ直ぐ私達の方へやってくる。
「ちょっと預かってないみたいです~。ごめんなさいねぇ」
「あ、いえ、ありがとうございました」
私達はペコリと頭を下げて、サービスセンターを後にした。振り返ってみると、店員さん達はお喋りを再開させていた。
まったく、あれで給料をもらっているだなんてどうなっているんだ。仕事中の私語は厳禁だろう。上司は何を見ているんだ。そう考えて私は思い直した。いや、私だって毎日何もせずに雑談してるようなものか……。
「あれでお給料をもらってるだなんて有り得ないですよね!」
「う、うん……そうだね……」
憤慨するにっしーに、私はごにょごにょと返事をした。ごめんにっしー、私もあれで月十五万もらってるんだよ……。でもにっしーはちゃんと真面目に働いてお金もらうんだよ、お姉さんとの約束ね。
ていうか、私のは仕事がないだけなんだよ!好きで雑談してる訳じゃないんだよ!それに私は自分から掃除やファイル整理をやっているし!
「どうしましょう、中も探して行きます?」
「でも来てから何時間も経ってるんでしょ?清掃員の人とか、警備員の人が見つけててもおかしくないよね……」
心の中で一人で弁解していた私は、にっしーの声にハッと我に返る。
「なるほど……。じゃあ外を探しましょう!暗くなる前に家に帰りたいですしね……」
だんだん重たくなってゆくにっしーの言葉。果たして彼女は家に帰れるのだろうか。まあ、もし夜までに鍵が見つからなかったら、最悪うちに泊めればいいのだけれど。
ああ、そういえば今日は給料日だった。にっしーを連れて帰るにしても、店に寄ってからにしなければ。
「サンニチ堂の後は何してたの?」
「とりあえず街行きました。お店を片っ端から見て回ってたんです」
何故そんな面倒臭いことしてくれたんだ。そして何故そんなドヤ顔をしているんだ。片っ端から見て回るなんて、本当にこの街の全部に鍵が落ちてる可能性があるではないか。やっぱり見つけるのは無理かも……。
私が改めて諦めている最中もにっしーは話続けていた。
「途中で睦希が……あ、友達なんですけど、その友達が百均行きたいって言い出して。それで近道しようとして路地裏通ったら、野良犬がいて追いかけてきたんですよ。久しぶりに全力疾走しました。最終的には私の筆箱を投げて追い返しました!だからほら!今日新しい筆箱買ってきたんです。ちょうど替えようと思ってたんで、前のはあんまり気にしてません。中のペイン犬のシャーペンはちょっとショックでしたけど……。百均の後は順番にお店を回ってました。私今日UFOキャッチャーと筆箱にお金使っちゃったので、欲しかった服買えなかったです……。また給料日きたら買うつもりなんですけれど、それじゃあちょっと時期遅れですかね?まだ一日ですし……。給料日まで三週間以上ありますしね……。街を歩くのも飽きてきた
んで、駅前のカラオケ行こうってことになったんです。でも私は生きているうちは絶対に人前で歌わないって決めてるので、それは断って帰ってきました。今頃みんな歌って踊ってるのかなぁ。そのあと家に帰ろうとしたら鍵が無いことに気がつきまして。
とりあえず来た道を戻ってみたんですけど、見つかりそうにないのであっらーの力を借りよるしかないと思いまして……。近くの植え込みで待ってたら知り合いが通り掛かったんですよ。同じクラスの人なんですけど、まだ話したことがない人なんですよ。いつも一人でいるので一人が好きなのかなとも思ったんですけど、どうやらそうじゃないっぽかったです。だから明日話し掛けてみますね。そのままそこで待ってたらあっらーが来てくれて、とりあえず交番に行ってみようってことになって……」
「良い良い良い良い、その先は知ってるから」
「あ、そうですよね」
にっしーは頭をかきながらアハハと笑った。危ない危ない、危うくにっしーワールドに引きずり込まれる所だったよ。自我をしっかりと保たなければ。
「もしかしたら学校で落としてるかもしれないし、とりあえず学校向かおうか。なかったらそっからまた歩いた道辿ろう」
「ほんとすいません……。どうしても見つからなかったらピッキングして開けますから……」
私はにっしーの言葉にツッコミを入れたい気持ちをぐっとこらえた。彼女は冗談で言っているのか本気で言っているのかわからないな。いや、おそらく後者だろう。
ピッキングなどしなくても一日くらいならうちに泊めてあげられるのだが、数日となるとさすがに保証はできない。私にだって家族がいるし、何日も友達を泊めれば彼らも迷惑だろう。
それににっしーにだってバイトがあるだろうし、やはり家の鍵は早急に見つけなければならない。夏で日が長いのがせめてもの救いか。
私はもくもくしている白い入道雲を見上げて、こっそりとため息をついた。
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