探し物って頭に乗せたメガネみたいなもので2




「これくらいどうってことありませんわ!それにしても雅美さん、いつまでもか弱い女の時代じゃありませんのよ。これからは女も強くならなくては。まぁ、私は蓮太郎さんの前だけはか弱い女の子でおりますけれど」

かくかくしかじかで事情を話すと、花音ちゃんはあっさり倒れた本棚を立て直した。しかも片手で。

本当にすごい力だな……と、想像以上の馬鹿力に私は唖然としてしまった。陸男さんといい花音ちゃんといい、それからジェラートさんといい、あなたたち完全に人間超越してますよ。

と、ジェラートさんの顔を思い浮かべて、私は少し複雑な気持ちになった。切り裂きジャックは今頃何をしているだろう。先日の切り裂きジャック復活のニュースから、もう何人も被害者が出ている。やはりジェラートさんの仕業なのだろうか……。

ファイルの山から見事に生還を果たした瀬川君は、花音ちゃんに淡々とお礼を言った。お礼くらいもうちょっと気持ちを込めて言えばいいのに。そんな瀬川君は今、振り返って散らばったファイルを眺めている。

「どうしようか……これ」

「片付けるしかないよ」

私が声をかけると、瀬川君はそう答えて足元に落ちていた数冊のファイルを手に取った。はぁ、やっぱり片付けるしかないのか。私は思わずため息をついた。

散乱した大量のファイルを見て気を重くさせる私達を見て、花音ちゃんが自分を指差しながらおそるおそる尋ねる。

「あのー、これはもしかしますと、私も手伝わなければならない感じなのでしょうか」

「いや、花音ちゃんは無関係だからいいけど……」

「花音さんにも仕事があると思うし……」

そして私と瀬川君は花音ちゃんを見た。おのずと二人の声が重なる。

「「でも、千羽鶴の時(瀬川君が)手伝ってあげたしねぇ……」」

「わ、わかりましたわっ。私もお手伝い致しますっ」

私と瀬川君は花音ちゃんの返事に満足げに頷いた。

そうと決まればちゃっちゃと終らせてしまおう。足元に落ちているファイルに手を延ばして、私はふと思い付いた。顔を上げて隣にいる瀬川君に提案する。

「瀬川君、ついでに本棚片付けちゃわない?」

瀬川君のファイルを拾う手が止まった。そういえば瀬川君って整理整頓できない人だっけ。私は瀬川君の部屋の散らかりっぷりを思い出した。

「僕は別にいいけど……」

瀬川君はそう答えて花音ちゃんに顔を向けた。正直面倒臭いとか思ってるのだろう。花音ちゃんに反対してほしいに違いない。しかし瀬川君の期待とは裏腹に花音ちゃんの返事はこうだった。

「私も賛成ですわ!帰ってきたら蓮太郎さんビックリしますわよ!そして私の家庭的な面を見て、二人は更に仲睦まじく……」

「キャー」とか言いながらジタバタする花音ちゃん。瀬川君はそんな彼女を冷めた目で見ていた。

花音ちゃんの妄想に付き合っていると時間がいくらあっても終わらないので、悪いがスルーさせてもらう。

「とりあえず、ファイルの色とかはもうどうにもならないからせめて日付順に並べようと思うんだけど」

「じゃあまず全部出して並べた方がいいね」

瀬川君は手に持っていたファイルの日付を確認して、床の適当な場所に並べた。私と花音ちゃんも近くのファイルを拾っては日付順にしていく。おそらくすぐに床一面ファイルだらけになるだろうが、どうせ客など来ないと高を括っている朱雀店でしか出来ない芸当である。

私は近くにあったファイルの日付を見てつい声を上げた。

「九年前のファイル!」

「嘘!?蓮太郎さんが店長になる前じゃありません!?」

私の言葉に花音ちゃんが飛びついてくる。私はさっそくファイルを開いた。花音ちゃんも顔を寄せてきた。

「えーとなになに?五月七日、蓮太郎が学校から帰って来ない。今日こそは仕事を手伝えと言っておいたのに」

「五月八日、昨日蓮太郎は友達と遊んでいたようだ。まったく、ふざけおって」

「五月九日、やればできる子だと言ったら、そのうちやるからと言われた。そろそろ堪忍袋の尾が切れそうだ」

「五月十日、ついに怒りが爆発してしまった。そうしたら蓮太郎は、次男だからとほざきおった。次男でも私が継げと言ったら継ぐんだ。いつまでわがまま言ってるつもりなんだ、全くあいつは初めから」

「ていうか、これもう日記になってない?これ仕事内容の資料だよね」

「蓮太郎さんの前、朱雀の店長だったのは一郎おじい様ですから。もしかしたら一郎おじい様の日記……ごほん、記録なのかも知れませんわね」

「いや、日記でいいよ。てうか日記だよこれ」

この店は昔から暇だったのだろうか。こんな日記を書いている余裕があるなんて。第一、なぜ日記をこの本棚にしまっているんだ?一郎さんは現在はこの店に居ないのだし、自分の家に持って帰ればいいのに。

「一郎おじい様を怒らすなんて、さすが蓮太郎さんですわね」

よくわからない賛辞を送りながらページをめくる花音ちゃん。私はファイルを花音ちゃんに預けて再び片付けに戻った。

「古いファイルいっぱいあるね。よくこんなに本棚に収まってたよね」

一郎さんの日記を読みあさる花音ちゃんを視界の端に写しながら、黙々と整理を続ける瀬川君に話しかける。彼はしゃがんでいた体勢から立ち上がって私の方を見た。

「聞いた所によると店にはそれぞれ書庫があるはずなんだけど……」

「書庫?見たことないね」

花音ちゃんに聞けばわかるかも。書庫について詳しく聞こうと振り返ると、彼女は相変わらず妄想の世界に旅立っていた。私は再び視線を瀬川君に戻す。

「それに、いくらうちでも資料がこれだけの量で済んでるわけない」

瀬川君は山積みになったファイルを見回しながらそう言った。私からしたら、これでも相当な量があるように見えるが。

「じゃあどこかに書庫があるってこと……?あ」

そこで私は閃いた。その考えをすぐに口に出す。

「……二階?」

瀬川君はその意見に頷く。顎に手をあてて私の言葉にこう付け足した。

「もしくは地下があったとしても不思議じゃない」

「地下?」

「そう、地下」

「でも……いや、有り得ることだよね。入口探したら店長怒るかな」

口に出してから、瀬川君は反対するかなと心配した。彼は私が店の二階について尋ねた時も詮索しないように忠告したのだ。しかし、意外にも瀬川君は私に賛成した。

「それで怒ったとしても理不尽すぎじゃないかな。店長の生活区域に不法侵入したわけじゃないんだし、資料のしまってある書庫は僕達にも十分関係あることだよ」

「そっか……。そうだよね」

私はその意見に大いに納得した。

「どうしよう、そう言われると気になってきた」

「僕も探してるんだけど見つからなくて」

瀬川君は私よりだいぶ長い間この店で働いているはずだ。たしか四年以上。その瀬川君にも見けられないだなんて、いったい店長はどこに扉を隠しているのだろう。

いや、そもそも書庫なんて本当にあるのか?瀬川君もその存在を耳にしただけで、他の店の書庫を実際に見たわけではないらしいし。

「書庫の話をしてますの?」

その声に私と瀬川君は振り返る。妄想の世界から帰還した花音ちゃんが私達の会話に入ってきたのだ。

「朱雀店の書庫の話でしたら、つい先日蓮太郎さんとお兄様がなさってましたわよ?」

「それほんと!?」

「内容は?」

一瞬で食いつく私と瀬川君。瀬川君は珍しく少しだけ目を輝かせている。

「すぐ近くで話していた訳ではありませんでしたので……。でも書庫という単語は出ておりましたし、私も蓮太郎さんが書庫のことを隠しているなんて知らなかったものでしたから、気にも留めませんでしたわ」

「そっか……」

思わずがっくりと肩を落とす。いや、落胆してはいけない。書庫は実在するという情報が得られたではないか。

顔を上げて、花音ちゃんがじっとこちらを見ていることに気が付いた。いや、正確には瀬川君を見ているのか。私の視線に気が付くと、彼女はさりげなく目を逸らした。私は何も気付かなかったように話を続ける。

「でも、やっぱり書庫、あるんだね」

「三人で探せば見つかるのではありません?」

「なら手分けして探そっか!」

私の提案に花音ちゃんも乗ってきた。

「そう致しましょう!私は蓮太郎さんの部屋の方が気になりますが」

「私、店の裏の方案内するよ」

「雅美さんの部屋も是非見てみたいですわ」

わいわいと盛り上がる私達に、瀬川君は静かな声でこう言った。

「その前に、ここを片付けようか」

その言葉に、現実に返ると、私達の目に全く片付けが進んでいないファイルの山が映された。



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