探し物って頭に乗せたメガネみたいなもので3





散らばったファイルを本棚に戻すのに、結局一時間もかかった。ファイルを集めて本棚に戻すだけならもっと早かっただろうが、日付順に並べ直して目録まで付けたのだから、これくらいかかるのは仕方がない。三人で上手く分担てきたので、これでも早く終わったくらいだ。

私は整頓された本棚を眺めた。うん、美しいね。この美しさがいつまで保たれるかはわからないけれど。

「雅美さん、私早く裏に行きたいですわ」

「でも誰か店にいないと……」

「そんなの関係ありませんわ。どうせこの店にお客さんなんて来やしないのですから」

グサッ。そんなにはっきり言わなくても……。花音ちゃんのオブラート無しの言葉に、私のやわなハートは大ダメージだ。

「すぐ戻ってこれば大丈夫だよ」

瀬川君まで花音ちゃんの意見に賛成する。まぁそういう私も、一人残って店番をする気などさらさらないけれど。

「さぁ行きますわよ!蓮太郎さんの秘密を明かしに!」

「「いや、違うから」」

先頭は花音ちゃん。彼女は意気揚々と店の奥に向かう。それに私がついていき、一番最後を瀬川君がついて来る。

花音ちゃんは意外にもこの店の裏に入ったことはほとんどないらしい。どうやら先日店の二階に侵入しようとしたあの日が初めてだったようだ。彼女は目を輝かせながら辺りを見回していた。

「小さな台所!蓮太郎さんもここで料理をしておりますの?」

「うんまあ……お昼ご飯とか……」

「壁に落書きが!これは誰が書いたものなんですの?」

「それは一年くらい前までいた先輩達が付き合ってて、ふざけて相合い傘を……」

「ここはどなたの部屋ですの?開けますわよ!」

「ちょっと待ってそこは瀬川君の!」

瀬川君の部屋のドアノブにガッと手をかけた花音ちゃんの腕を慌てて掴む。一歩引いたところにいた瀬川君が、わずかに眉を寄せながらこちらを見ていた。

「……花音さん」

そして瀬川君はこっそりとため息をつく。

「いったん落ち着こう」

瀬川君は相変わらず淡々とした物言いだが、よく見たら若干イラついているような気がしないでもない。眉の間に寄ったシワも私の気のせいではないだろう。

「店を放置してるんだ。店長が帰ってきたら怒られるよ。ふざけないでさっさと終わらせよう」

「はいですわ……」

ふざけないでという所に刺があるような無いような。これでテンションを上げすぎた花音ちゃんも反省してくれればいいのだが。

「ここにある部屋は僕が前調べたからたぶん無いよ」

「私の部屋も?」

「荒木さんが来る前は空き部屋だったから」

「それでしたら、他にどこを調べますの?」

私も思っていたことを花音ちゃんが質問する。店の奥のスペースはほとんどこの従業員用の部屋で埋まっている。そしてその部屋も今も昔も空き部屋だらけだ。今じゃなくても調べ放題だっただろう。

あと他にあるものといえば、裏口と小さな台所と清掃用具入れ、トイレに洗面所、それと二階への階段……。私がそう考えた所で、花音ちゃんが二階への階段を見上げた。

「……やはり二階ではありませんの?」

「花音さんは二階に行きたいだけでしょ」

「でも二階に地下への入口があるとか……」

「それなら一階のどこかに人一人入れるくらいの管がないとおかしい」

それもそうか。見たところ柱にも壁にも人一人通れるくらいのスペースはない。なら二階に入口があるという考えは捨てた方がいいのか?

ただ、花音ちゃんの場合は瀬川君の言う通り店長の部屋が見たいだけだと思う。二階は一先ず置いておいて、店の裏を隅から隅まで探してゆこう。

「でしたらどこを探せばよろしいんですの?」

花音ちゃんがちょっぴりむくれて言った。彼女はきっと「こつこつ」とか「地道に」とかが苦手なタイプだろう。

「私、蓮太郎さんに隠し事などされたくありませんの。何としてでも入口を探しますわよ!」

はぁ。花音ちゃん、どうしてこうなんだろう。それストーカーだからさ。勝手に家捜しして知られたくないこと嗅ぎ回るのそれストーカーだからさ。

瀬川君も面倒臭くなったのか、あとの言葉には触れずにこう答えた。

「壁とか、一つ一つ調べていこう」

「地味な作業ですわね……」

「仕方ないよ。他に方法があるんなら言ってくれてもいいけど」

瀬川君の冷ややかな視線を、花音ちゃんは目を少々つり上げて受け止める。なんだろう、少し空気が殺伐としてきたような気がする。

「とりあえず店の見取り図持ってくる」

瀬川君はそう言うと、私達の返事は待たずに自分の部屋へ入っていった。瀬川君が穏当だからいいけれど、もしかしたら瀬川君と花音ちゃんって相性良くないのかもしれない。瀬川君の堪忍袋が爆発したら終わりだろう。これは二人の仲を私が取り持たなければならないのだろうか。

瀬川君の姿が消えるなり、花音ちゃんがぽつりと呟いた。

「私、あの人苦手ですわ。真面目なんですもの」

私も一応真面目なつもりなんですけど、という言葉を飲み込む。

「話しづらいんですのよ」

「そうかな……。確かに口数は少ない方だけど」

私は本部へ説明会に行った時のことを思い出した。だから行きで道に迷ったときにした電話、私に代わるように言ったんだな。ようやくあの時の謎が解けた。

「喋ってくれないと喋りがいがありませんわ」

花音ちゃんがそう言ったところで、数枚の紙を手にした瀬川君が戻ってきた。今の話聞こえてないかな、大丈夫だろうか?この壁けっこう薄そうだし、瀬川君の部屋とそう遠くない。こんな些細なことで関係がこじれたら嫌だしなぁ。

瀬川君は私達の方へ来ると、普段と何ら変わらない調子で私達に紙を配った。

「はい、印刷してきた」

私は受け取った紙をさっそく覗き込む。

「ありがとう。こうして見るとうちって案外広いんだね」

「奥は部屋が多いからね」

そこで私は唐突に閃いた。顔を上げて、紙に視線を落とす二人に名案とばかりに言う。

「そうだ、陸男さんに聞けばいいんだ!花音ちゃん、陸男さんに店長が何て言ってたか聞けばいいんだよ!」

それを聞いた瀬川君は、呟くようにこう言った。

「それなら陸男さんに書庫の場所を聞いた方が早いんじゃないかな……」

確かに!私が目を向けると、花音ちゃんはすでに取り出したケータイを耳にあてていた。

「お兄様に電話しますわ。……あ、もしもし兄様?一つお聞きたいことがあるのですが」

花音ちゃんはしばらく話すとケータイを閉じた。短い会話だった。

「お兄様はこの店の書庫の入口は知らないそうですわ。先日蓮太郎さんとしていた話の内容は、書庫整理期間で書庫の掃除をサボる方法の相談ですって」

そこはちゃんと掃除した方がいいんじゃないかなあ。定期的に掃除をしなければどんどん埃が溜まってゆくことくらい店長もわかるだろう。

「書庫の場所とか手掛かりになるようなことは言ってなかった?」

花音ちゃんは腕組みして考え込んだ。先日立ち聞きした店長と陸男さんの会話を思い出そうとしているのだろう。

「蓮太郎さんが、朱雀店の書庫は広いから面倒臭いとおっしゃっていたようですけれど……」

「玄武店の書庫はどれくらいの大きさなの?」

「小さい体育館くらいですわ。白虎店もあそこの三階を全て書庫として使用しているようですし、うちが特別に広いわけではありませんわ」

花音ちゃんがそう答えた瞬間、私達の耳に車がバックするあのピーッピーッという音が聞こえた。私は思わず裏口を振り返る。

「え!?うそ!?」

「蓮太郎さんが帰ってきましたの?」

「とにかく店に戻ろう。花音さんが裏にいるとまた店長の機嫌が悪くなる」

私と花音ちゃんは慌てて店の方に戻った。瀬川君は自分の部屋に入ってしまったが、彼は普段表に出てこないのでその方が自然だろう。瀬川君が店にいるのも返って怪しい。

店に戻ると、私は普段通りを装おうためにカウンターの椅子に座った。私が座って一分もたたないうちに、段ボール箱を抱えた店長が入ってきた。

「ただいま~」

「お帰りなさい店長」

両手が塞がっているためか、引き戸を足で開ける店長。一言言ってくれたら開けてあげるのに。

「蓮太郎さん、お帰りなさいませですわ~!」

店長が店に入るのと同時に、引き戸の前でスタンバイしていた花音ちゃんが飛びついた。が、段ボール箱の側面に思い切り顔面を激突させその場に崩れ落ちる。

「花音何やってんの。さっき陸男から行方不明って電話きたんだけど」

店長は膝をつく花音ちゃんに一瞥もくれず、店の中を進み本棚の前に段ボール箱をドサリと置いた。

「迷惑だから早く帰れよ」

「ひ、酷いですわ~」

花音ちゃんが鼻を押さえ立ち上がり、店長の方へ寄っていった。私は店長が開けっ放しにした引き戸を閉めるためにカウンターから出る。

「心配の言葉の一つや二つかけて下さってもよいものを……。将来の妻の鼻がなくなったらどういたしますの!?」

「……花音、大丈夫?頭」

そのあと店長は「一回医者に見せた方がいいよ」と付け足した。

花音ちゃんをあしらった店長は、ここでようやく本棚の異変に気がつく。

「あれ?本棚片付けたの?まぁ雅美ちゃんならいつかやると思ってたけど」

思ってたのかよ。でも私が来るまでこの店を掃除しようと思う人がいなかったようだし。

「私も手伝ったんですわよ!」

復活した花音ちゃんが再び店長に飛びつく。が、そのタックル……ハグはあっさりとかわされた。

「いちいち飛び掛かってこないで、迷惑」

そう言いつつ、店長はさりげなく私の後ろに回った。

「店長、私を盾にしないでください」

花音ちゃんが恨めしそうにこちらを睨んでいる。退けるものから退いてあげたいが、私にも立場と言うものがあるのだ。

私が板挟みを悲観にくれていると、すぐ横の引き戸が勢いよく開いた。引き戸を開けた陸男さんは目の前の私と店長にびっくりするが、すぐに本棚の前の花音ちゃんを見つける。

「花音!お前やっぱここにいたのか!」

「陸男~」

店長が店内に入ってきた陸男さんに泣きついた。店長にとっては救世主、花音ちゃんにとっては邪魔者、陸男さんの登場だ。

「お兄様!また私の恋の邪魔をしにいらしたんですの!?」

「わざわざ向かえに来てやったんだろうが!」

その後二人はいつも通り小さな戦争をして、花音ちゃんは陸男さんに引きずられて帰って行った。店から出ていく玄武店の二人の後ろ姿を見て、店長がため息をつく。

「ちょっと雅美ちゃん、花音が来たらちゃんと追い返さなきゃダメじゃん」

店長は二人が完全に見えなくなったのを確認してから、引き戸をぴしゃりと閉めた。

「店長、花音ちゃんだって悪気があってやってる訳じゃないんです。もっと優しくしてあげて下さいよ」

「花音に優しさを使うなんてもったいない。その辺の側溝にでも捨てた方がまだマシだよ」

「相変わらず最低ですね」

店長は私の前を通り過ぎると、本棚の前に置きっぱなしになっていた段ボール箱の前に座り込んだ。店長がパカリとフタを開けと、ゲーム機や漫画や学生がよく着ているセーターが入っているのが見えた。

「それにしてもすごい荷物ですね。何なんですかこれ」

「高校の時没収されたもの」

店長はそう簡潔に答えながら、箱の中をガサガサと漁りはじめた。私が何も言わないでいると、詳しい説明もしてくれる。

「この前リュウの所に生徒指導の先生から電話かかってきてさ、生徒指導室掃除してたらこんな昔の出てきたんだって」

その生活指導の先生が店長に電話をしなかったのは、面倒臭がって行かないと思ったからかな。それは正しい判断だと思います。だが五年も前の没収物をずっと放置していたのは学校的にどうかと思う。私は先生に没収ということをされたことはないが、どこもこんなものなのだろうか。

「まぁ僕が返して欲しかったのはこれだけなんだけど」

と言って店長は箱の中から、黒い革製のカードケースを取り出した。どうやらずっとそれを探していたらしい。

「何ですか?それ」

「社員証」

ん?私はその短い答えを頭の中で繰り返した。聞き間違いじゃないよね?

「まさか五年も社員証なしで店長してたんですか?」

「まぁなくてもやってこれたし」

ふざけている!ふざけていますよこの人!こんなのが店長でいいのか!上司でいいのか!それでいいのか何でも屋!

「本部に入るときは社員証いるんだけどさ、なんだかんだで顔覚えられてるし。まぁ顔を覚えられてるっていうのは面倒臭い時もあるんだけど」

顔を覚えられているのが面倒な時って、ようするに身ばれせずに黄龍に入りたい時だよね?何故店長であるはずの人間が顔を隠す必要があるのか……いや、聞かないでおこう。というか、もしかしてこの前の黒髪の変装もそのためか?

店長はざっと中身を確認すると段ボール箱のふたを閉めた。

「あとはいらないから燃えるゴミの日にまとめて捨てよっと」

私はその言葉に思わず振り返る。ちらっと見えただけでもゲーム機などが入っていたような気がするのだが。分別なんて言葉知らなさそうだしなぁ、この人。それとも、この市のゴミの分別方法は私の市よりも甘いのか?

「そんな荷物どこに置いておくんですか」

「ここじゃダメ?」

「当たり前です。邪魔じゃないですか」

「でも二階に荷物置きたくないしなー。あ、そうだ」

店長はいいこと思い付いたという顔をすると、あっさりとこう言った。

「書庫に置いとけばいいんだ」

「書庫っ!?」

その単語につい過剰反応してしまう。店長はこちらに向き直って、隠す様子もなくこう言う。

「あ、雅美ちゃんは知らなかったっけ。リッ君は知ってると思うけど……教えたことないのに」

「しょ、書庫って、どこにあるんですか!?」

焦りで若干舌が回っていない私に不思議そうな顔を向けながら、店長は段ボール箱を指差した。

「ここ」

「どこ?」

「だから、ここ」

どんなによく見直してみたって店長の指の先にあるのは段ボール箱だ。あとは本棚くらいしか……。

「この裏にあんの。ほら、重要書類とかあるし泥棒に入られたら大変でしょ?」

店長はそう説明しながら、私が倒した方ではない本棚を奥にずらし始めた。私が倒したのは右の本棚、店長が動かしているのは左の本棚だ。

まさかこんなにあったなんて……。本棚がずんずん壁に沈み、陰から徐々に扉のようなものが見えてきた。

私はぐるんと首を右に高速移動させると、本日二度目のハンドメガホンを作った。

「瀬川君━━!」

店長は突然大声で瀬川君を呼んだ私を不可解な面持ちで見ている。

私の声は店裏の部屋までちゃんと届いたらしく、瀬川君はすぐに何事かという顔で店に出てきた。そして本棚が移動しているのを見て驚く。

「店長……何やってるんですか?」

「荷物邪魔だから書庫に置いとこうと思って」

店長は本棚の裏の壁についていた小さめのドアを開けた。瀬川君が珍しく状況についていけないという顔をする。

「書庫って、まさか……」

「そのまさかなの!こんな所に入口が……」

「でも本棚って今日荒木さんがひっくり返したんじゃ」

「それは右側の本棚だったから気づかなかったの!」

私は瀬川君との話を切り上げ、すでに半分ドアの向こう側に姿を消している店長に飛び付いた。瀬川君もこちらに近づいてくる。

「ちょ、店長!私も入っていいですか!」

「店長僕も入りたいです」

「別にいいけど……」

異常な食い付きを見せる私達にちょっと引きながら店長は承諾した。私達は一列になってドアの奥へ進む。ドアを開けたすぐ先は階段になっていた。はやり書庫は地下にあったようだ。

「何で今まで黙ってたんですか!」

「店長、聞いたら教えてくれましたか?」

階段を下りきると、店長は壁についていたスイッチを押した。すると天井の蛍光灯が白い光を放つ。

「うーん。まぁ基本的にバイトには言っちゃいけないことだしねぇ。そういう堅苦しいのもう止めたらって思うんだけど」

店長は階段を下りてすぐのところに段ボール箱を置いた。来た道を見上げると、螺旋階段が天井までのびていた。

「広っ!超広いですねここ!」

私は地下内を見回して思わずそう叫んだ。店の下は花音ちゃんに聞いて想像していたよりずっと広かった。

「うん。うちが一番広いんだ」

「店は一番小さいのに……」

階段を下りたばかりのところで立ち止まる私を瀬川君がさっと追い越して、そのまま奥の方へ消えていった。その背中に店長が声をかける。

「リッ君、なるべく早く戻ってきてね」

「店長、私も奥見たいです!」

「雅美ちゃんは店番」

え━━店長はぶーぶー文句を言う私を引っ張って階段を上りはじめた。私ももっと奥の方見たかったのに!

店に戻ると、店長はドアを閉めてさらに本棚を元の位置に戻してしまった。その様子を見ていた私はぼそっと呟く。

「瀬川君まだ中にいるのに……」

「何とかするでしょ」

なんて酷い奴だ。瀬川君はいったいどうやって帰ればいいというのだろう。本棚は裏側からも移動できるのだろうか。

店長は私の呆れ顔には気づかないふりをして、彼の定位置である来客用のソファーにどかっと腰をおろした。テーブルの上のリモコンを手に取ってテレビをつける。

店長がいるうちは書庫探検を諦めた私は、ファイル整理でもしようかとカウンターのイスに座った。ここでようやくカウンターの上に置きっぱなしになっているファイルに気がつく。そうだ、これを瀬川君に渡さないと。

私は書庫への隠し扉がある本棚に視線を移した。店長がいなくなったら店番なんてほうり出して、私も書庫見物してやるんだから!




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