探し物って頭に乗せたメガネみたいなもので




「店長は?」

「あ、なんか知り合いの人と出かけてった」

それは店長と東さんが出て行った一時間後のことだった。今日も私が来る前から自室にこもっていた瀬川君が、何の用だか店に出て来たのだ。彼はざっと店を見回して店長がいないことを確認すると、カウンターでファイル整理をしている私にそう尋ねた。

「そっか。あの人誰なんだろうね」

「なんか高校の時の後輩らしいよ」

瀬川君は私の方には寄らずに、二つ並んだ本棚の前に立ってファイルの背表紙を眺め始めた。どうやら必要な資料を取りに来たらしい。瀬川君って自分のパソコンに全部の資料を持ってるのだと思っていたが、そういうわけでもないようだ。

瀬川君はしばらくの間視線を右へ左へ行ったり来たりさせていたが、どうやら目当てのファイルが見つからないらしい。たしかにこの本棚、ファイルの順番ぐっちゃぐちゃで整理も何もされていない。探し物は時間がかかるだろう。私も何度も片付けたいと思っているのだが、一人では大変そうなのでついつい先延ばしにしてしまっている。

瀬川君がなかなか見つけられないでいるので、私も手伝ってあげることにした。カウンターから立ち上がって瀬川君の隣に並ぶ。

「瀬川君、何探してるの?」

「五年前のファイルなんだけど……」

瀬川君は本棚を見上げたまま答えた。私も彼と同じように本棚を見上げる。 

「五年前の何月?」

「四月」

五年前の四月か……。乱雑に並べられた背表紙の上に視線を滑らせるが、たしかにそんなファイルは見当たらない。でもここ以外に資料をしまっている場所はないはずだし……。

それに身長百五十二センチの私には棚の一番上までは見えないのだ。もしかしたら高い位置に置いてあるのかもしれない。しまい方がテキトーなのでファイルの上に寝かせてあったりするし。

年ごとにファイルの色揃えたりしたら見やすくなるのになあ。店長ほんとにいい加減なんだから。いや、これだけの量だ。たぶん店長の前に店長をしていた人がいい加減だったのだろう。

全部キレイに整頓してやりたい衝動を抑えながら、目当てのファイルを探し続ける。が、見つからない。探しても探しても見つからない。

「ない、ね……」

「ないはずないんだけど……」

もう一度視線を端から端まで移動させてみる。だがやはり目当てのファイルはない。

「店長が持って行ったとかは?」

「あの人が?」

「だよね……」

そこで私は気がついた。持って行った…?あ。

「瀬川君ごめん、私だ」

「?」

私はさっきまで整理していたファイルを思い出した。たしか整理していたページの内容は、五年前の四月十七日の依頼。そのファイルはカウンターの上に出しっぱなしである。

私はカウンターの上のファイルを取ろうと、くるっと方向転換した。その時、右足首に違和感が。

「あ」

「え?」

足首に絡みついていたビニール紐を見て、本棚から伸びているビニール紐を見て、倒れてくる本棚を見て、私は悲鳴を上げた。

「ひゃぁぁああああ!?」

「荒木さん……!」

背中を瀬川君に思い切りどつかれる。私は躓くように前のめりになって転んだ。

「瀬川く……」

ドシャァァアアという音と共に本棚が倒れ、瀬川君は本棚と大量のファイルの下に埋もれた。ファイルの山から瀬川君の腕が出ている。

「ひゃぁぁああ、どうしよう、瀬川君!?生きてる!?」

慌てて床に手と膝をつき、本棚と床の隙間を覗き込む。瀬川君の頭頂部が見えた。さすがに自力でここから出るのは無理だろう。

「瀬川君……大丈夫……?」

「……大丈夫」

なんとか生きてるらしい。良かった。だが、これからどうすれば良いんだ。腕は見えているけれど、引っ張る訳にはいかないし……。さすがに私一人の力でこの本棚を持ち上げるのは無理そうだ。

「瀬川君、どうしよう……」

「うん……とりあえず誰か大人を……」

と、その時。すぐ背後の引き戸がガラガラピッシャーンと盛大な音を立てて開け放たれた。

「蓮太郎さァァアアんっ!あなたの花音がやって参りましたわよー!」 

引き戸のガラスが割れなかったのが奇跡のような花音ちゃんの登場に、しかし私は大いに感激していた。救世主が降臨なされたのだ。

「花音ちゃん、ちょうど良かった」

どうやら大人を呼ぶ必要はなくなったようだ。



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