友達の友達って微妙な距離感2
「あんたが来ねぇから俺が来たんだ」
「うん、ごめん」
茶髪にした髪をワックスでツンツンに立てているあまりガラのよろしくなさそうな若い男性に、店長は素直に頭を下げた。私は無言で二人の前にお茶を置く。
お盆を台所に置いて店に戻ると、ちょうど東さんが話を切り出すところだった。私はソファーの後ろを素通りしてカウンターに座る。
「会長がゴリさんとこ行くっつーんなら俺も行きますよ」
「いいよ別に。一人で行けるし」
「俺だって取られたもんいっぱいあるんス」
「まとめて引き取ってきてあげるって。深夜の分も」
「会長一人で行ったら何が起こるかわかったもんじゃないっスよ」
どうやらとある場所に何かを引き取りに行くか行かないかで揉めているらしい。私はファイルに目を通しながら二人の会話に耳を傾けていた。
「この前だっていきなり学園祭に突入するし、一言言ってくれれば俺だってついてったのに」
「リュウだって仕事あるでしょ」
「会長に言われるとは思いませんでしたよ。それにバイトくらいいつでも休めますから」
「そんなに学園祭行きたかったの?」
「あんたが行くから行きたかったんスよ」
「別に何もしてないって。ただ中見て回っただけ」
「そうじゃなくてですね……」
いったい二人はどういう関係なんだろう。東さんは店長に敬語?らしきものを使っているけれど……。いや、私は断固としてあれを敬語とは認めないぞ。タメ語の割合の方が大きいじゃないか。
「いいから行かせてくださいよ。一人より二人の方がいいでしょ」
「しょーがないなぁ。リュウがそんなに一緒に行きたいって言うんなら」
「とっても一緒に行きたいです一緒に行けて光栄です一生分の運を使い果たした気分です。そうと決まればさっさと行きましょう」
東さんは前半部を思いきり棒読みで言い、後半部を言うなりソファーから立ち上がった。
「えー、今から?」
「元々そういう予定だったじゃないっスか!」
動く気配のないどころかソファーに埋もれてゆく店長に、東さんはいらついた声を上げる。
わかりますよ、その気持ち。私は背中で二人の会話を聞きながら、心の中で東さんを応援した。
「いいからさっさと立て!つかいい加減着替えろ!」
イライラに比例してだんだん声が大きくなる東さん。彼は店に電話をしたあとすぐにここへ向かったらしく、店長が起きてすぐ店にやってきた。店長が店に戻ってくるまで待つつもりだったらしい。まぁ二時間も連絡無しで待たされちゃ、東さんも相当ご立腹だっただろう。
「わかったわかった、着替えて来るから引っ張らないで」
「最初からそう言やぁよかったんスよ」
東さんは掴んでいた店長の服をパッと離した。店長はのろのろと立ち上がって、面倒臭そうに店の裏へ引っ込んで行く。
店の中に、私と東さんだけが残された。
「あ……さっきはすんませんした」
空気がとても重かったためか、東さんが私に話しかけてきた。私のことなんて気にしなくても構わないのに。いないものと思ってくれていいんだし、そのつもりでいたのだが。
「あ、いえ」
さっき、というのはおそらく電話のことだろう。
「あの、アルバイトの人スか?」
どうやら重すぎる空気を払拭するために世間話をするようだ。私はカウンターの一部になりきる気満々だったので、東さんも無視してくれていいものを。わざわざ店長と東さんの会話に入るつもりもないし、カウンターにくっついてる装飾品くらいに思ってくれればそれでいいのだが。
まぁ、東さんが何者なのかも気になるし、ちょっとお話してみますか。
「あ、そうです。荒木雅美といいます。……あの、あなたは?」
「ああ、俺は東竜鬼(あずまりゅうき)ていいます。高校ん時の会長の後輩で」
私はその名前を脳内にインプットした。店長の知り合いならもしかしたらまたどこかで会うかもしれないし、その時名前を忘れていたら失礼だ。
それにしても、高校時代の後輩か。店長、部活とかやってたのかな?あんまりそうぞうが出来ないが。それと、どうやら店長は東さんのことをあだ名で呼んでいるようだ。
「あの、さっきから気になってたんですけど、なんで会長って呼んでるんですか?」
それともう一つ、あなたの中途半端な敬語も気になるんですが、さすがにそれは口には出さないでおく。
「ああ、これはあの人が生徒会長で俺が書記だったから。まぁ俺も深夜も会長が卒業したら生徒会抜けちまったんだけど」
東さんは途端に活気付いてそう答えた。
店長が生徒会長か。正直に言って意外だ。そういう面倒臭いことはやらなさそうなのに。
「あの頃はほんとに楽しかったな。会長はやりたい放題するし、俺も深夜もそれに便乗するし。まぁ先生達には目つけられてたけどな」
そう言って東さんは高校時代の出来事を思い出したのか、楽しそうに笑った。
「学園祭でさ、会長の挨拶がメンドいからっていきなり俺にマイク渡してさ。俺ビビって隣にいた深夜にマイクパスしてそんで深夜がなんで私に渡すんだって俺にマイク投げてそれがゴリさんの頭に当たってさ、そんでゴリさんの……」
「ゴリさんのヅラが取れちゃったんだよね」
着替えを済ませた店長が戻ってきて、東さんの言葉を引き継いだ。
「あん時は全員爆笑だったっスね」
「ゴリさんが怒って僕の挨拶もうやむやになったし。ていうか懐かしい話してるね。もう五年くらい前じゃない?」
東さんは店長と話し始めたので、私の存在は再び空気になってしまった。邪魔をしようとは思わないので、私は快く空気に徹する。
しばらく思い出話に花を咲かせてから、二人はソファーから立ち上がった。カウンターの前を通る時に店長が私に声をかける。
「じゃあ雅美ちゃん、僕出かけてくるから」
「私が上がるまでに帰ってきてくださいよ」
だって今日は八月一日。給料日だもん。この店は未だに給料手渡しだ。私の退勤時間までに帰ってきてくれないと困る。
それにしても、この給料手渡し制度何とかならないのかな。花音ちゃんと鳥山さんに聞いたところ他の店では銀行振込らしいので、やろうと思えば振込も出来るはずなのだ。現金を持って夜道を帰る私達の恐怖も考えてほしい。
店長は私に適当な返事をすると、東さんと楽しそうに話しながら出て行った。はぁ、店長給料日のこと覚えてるのかなぁ。
私は目の前のファイルに目を通してみて、内容を全然覚えていないことに気がついた。
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