喧嘩するほど仲が良いとは言えない雰囲気2
鳥山さんは自分の席に荷物を置き、財布だけ持って戻ってきた。見た目ではわからないが、鞭とかも隠し持ってるのだろうか。
「ここから近いのよ。うちの人達はよく使ってる店なの。安いし、お店の人もいい人だ……し……」
軽快に道を歩いていた鳥山さんの足と口が止まった。どうしたんだろう、と彼女の視線の先を見てみる。するとそこには、鳥山さんと同じように足を止めてこちらを凝視している花音ちゃんが立っていた。
「あ、花音ちゃん。こんな所で何して……」
「あぁ~~ら、玄武店の花音さんじゃない。ここは白虎店の管轄よ。目障りだから出てってくれないかしら」
私が話しかけようとしたところで、鳥山さんが私の声に被せるようにそう言う。思い切り喧嘩腰だ。おかげで私の言葉はかき消えた。
「あら、心が狭い方ですわね。そんなことでは友人の一人もできなませんわよ」
売られた喧嘩を迷わず買い取る花音ちゃん。迷いのないお買い上げだった。花音ちゃんは普段ニコニコと微笑んでいるのに、今はすごく冷たいクスクス笑いで鳥山さんを見下ろしている。
「はっ、友人?そんなもん一人じゃ生きてけないカワイソーな奴の必需品でしょ。まぁ、おバカでカワイソーなあんたには何人いても足りないだろうけどね」
「可哀相はあなたではありません?友達の一人も作れないだなんて、本当に心が荒んでますのね」
私、どうすればいいんだろう。このピリピリとした空気に入ってゆけるほど私に度胸があるわけはなく、私は黙って二人から二、三歩距離を置いた。
「そんなこと言うなんてあんたこそ心荒んでんじゃないの?ああ怖い。最低最悪糞並の、人間っぽい猿ね」
「どの口がそんなことを言うのかしら。顔をあわせて一言目が"目障り"だったくせして」
「だって街中に猿がいたら目障りでしょ?さっさと山に帰りなさい」
「あら、街中で猿に話しかけるなんてそれこそ可哀相ですわ。ああ、そういえば貴女友達いないのでしたわね」
「ふん、猿は猿らしく山のお友達とキーキー鳴いてなさいよ。それとも動物園から逃げ出したのかしら?」
先に噴火したのは花音ちゃんだった。ギリギリ保っていた余裕をかなぐり捨てて叫ぶ。
「この際ハッキリ言ってやりますけれど!目障りなのは貴女ですわ!たいした仕事もできないくせに、大人しく引っ込んでくださりませんこと!?」
キレられたらキレ返す、とばかりに鳥山さんも声をあらげる。
「仕事できないのはどっちよ!毎日毎日糞店長の尻ばっかり追いかけ回して!少しは自重しなさいよ!」
「貴女、また蓮太郎さんのことを馬鹿にしましたわね!許せませんわ、この場でぶっ殺して差し上げますわ!」
「望むところよ!あんたみたいなクソガキには絶っっ対に負けないわよ!」
スカートを翻し、どこからともなく鞭を取り出す鳥山さん。やっぱり持ってた!絶対持ってると思ってた!
「クソガキはどちらですの!?そのような戯言は私より身長が高くなってから言ってくださいません!?」
花音ちゃんが腰の辺りに両手を添えたかと思うと、次の瞬間その手には二丁の拳銃が握られていた。女の子の手にはいささか不釣り合いなその拳銃を、花音ちゃんは思うままに操る。
これにはさすがの私も止めに入った。ピリピリとした空気とか考えてる場合じゃない。いや、むしろその空気はもう爆発している。あのピリピリはガスだったんだたぶん。
私は決死の覚悟で二人の間に飛び込んだ。だがしかし、
「ちょっと荒木!邪魔よ!死にたくなければどいてなさい!」
「私が蜂の巣にしたいのは目の前の糞チビ虫だけですわ!雅美さんは下がっていていただけますこと!」
どうやら私の入れる場所はないようだ。私は両手を上げながらそそくさと後退した。
ああどうしよう、マジで殺し合い始める気だよこの二人。何とかして止めたいが、一般ピープルの私には出来ることより出来ないことの方が多いのさ。
私がオロオロしているうちに、ついに二人は動き出した。鳥山さんが鞭を持った右手を大きく振りかぶる。花音ちゃんは銃口を鳥山さんに固定する。
まさに今、二人がぶつかり合おうとした瞬間、身体を張ってその間に割り込む者が現れた。
「ちょ、ストップストップ!」
片手に下げていたコンビニのビニール袋を放り出し、二人の間に飛び込むその人物。
「あ、藍本!?」
「きゃ、邪魔ですわっ」
仲裁に入ったのは、何でも屋白虎で働くアルバイト、藍本楓さんでした。私が彼の姿を見るのは約三ヶ月ぶりだった。
「お前らまたやってんのかよ」
「だってコイツが!」
藍本さんに食いかかりつつ花音ちゃんを指差す鳥山さん。藍本さんは鳥山さんの形相にびびりながらも何とかそれを宥める。
「いいからお前はちょっと落ち着けって。な?」
藍本さんは次に花音ちゃんの方を向いた。
「マジで悪いんだけど、あんましこの辺来ないでくれないかな。喧嘩とかこっちが迷惑だし。……それと、」
藍本さんは花音ちゃんの握る拳銃を指差した。
「それは目立つからしまっといてくれ」
「……わかりましたわ」
第三者……それもおそらく自分がよく知らない人から言われ、花音ちゃんは素直に拳銃を片付けた。
藍本さんが来てくれて本当によかった。ここら一帯が更地になるんじゃないかと思った。
二人を引き剥がした藍本さんは、最後に私の存在に気がついた。
「あれ?荒木さんじゃん。何やってんだ?」
「えと、鳥山さんとお店行こうと思ってまして」
「マジで?これから鳥山に手伝ってほしいことあったのに」
そう言いながら、藍本さんは先程放り出したビニール袋を拾い上げた。鞭を片付けた鳥山さんが腕を組んで藍本さんを見下ろす。
「私に手伝ってほしいこと?ま、しょうがないわね。話くらいなら聞いてあげるわ」
とか言って、結局手伝ってあげるんだろうなぁ。
「おー、サンキュー。また今度何か奢るわ」
「フランスの洋菓子店の年に一回先着十名様限定チョコレートケーキでいいわよ」
「何だそりゃ」
「ということで、ゴメンね。また今度連れてったげるから」
鳥山さんはこちらを向いたかと思うと、一緒に武器商店へ行けなくなったことを謝った。仕事なら仕方がない。私的にはそんなことより鳥山さんと花音ちゃんの戦争が収まってほっとしているよ。
「ううん、全然いいよ。仕事頑張って」
私の返事を聞くと、鳥山さんは花音ちゃんと一瞬睨みあってから白虎店の方へ帰って行った。小さくなって行く鳥山さんと藍本さんの背中をしばらく見ていたが、私はまだこの場にいる花音ちゃんに声をかけた。
「花音ちゃんはこれからどうするの?」
「私はこのあと四ヶ所回らなければなりませんの」
「そっか。じゃあ私もバイトに行くかぁ」
「うらやましいですわ。私も蓮太郎さんの下で働きたい」
「うん……そうだったら良かったのにね」
花音ちゃんがうちにいたら、ただでさえ店にいない店長が完全に仕事放棄しちゃうよ。
このまま花音ちゃんと話してると店長の事がどれほど好きかという話に発展してしまいそうだったので、私はさっさとこの場を切り上げることにした。
「では、またお会いしましょう」
「うん、仕事頑張って」
いつもの微笑みスマイルを浮かべる花音ちゃんは、私に手を振って歩いていった。彼女の向かう方向は駅とは別方向だ。私は花音ちゃんの後ろ姿を見送った後、駅への道を歩く。
しばらく放置してしまっていたケータイを開くと、店長からメッセージが来ていた。昼過ぎに行くと言ったのに連絡なしでサボっていたのだから当たり前か。私は今から行くという内容の返事をして、ケータイを鞄にしまった。
夏の日差しが照り返るアスファルトを歩きながら考える。鳥山さんと花音ちゃんの戦い、凄まじかったなぁ。藍本さんが来てくれるのがもうちょっと遅かったら本当に戦争になっていたよ。
ああ、女子って怖い。
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