喧嘩するほど仲が良いとは言えない雰囲気
七月十三日、日曜日。
「つまり?」
「つまり、一言で言えば嫌い、二文字で表すなら嫌い、散々言っても足りないくらい嫌い!」
何でなんだろうなぁ……。私、荒木雅美は心中でため息をついた。
目の前で嫌い嫌いと連呼しているのは何でも屋白虎店でアルバイトをしている鳥山さん。彼女と偶然出くわしたのは、学校の帰りに通過する白幡駅だった。
白幡駅をは普段ならホームには降りずに通過するだけなのだが、今日はこの駅に用事がありやむを得ず寄った。白幡駅に私のカードが落ちてたから預かってる、と電話があったのだ。駅員さんから無事カードを受け取り顔を上げたその時、私は鳥山さんを見付けた。
今日は日曜日。どうやら仕事の最中だったらしい鳥山さんは私服だった。改札に入る人と出る人で混雑した駅内でも、鳥山さんの金髪は目立っていた。
「あいつ身内だからって調子乗ってんのよ!生意気なこと言うのは仕事できるようになってからにしなさいよ!」
「あはは……そうだね……」
現在はお昼の時間から一時間ほど経った午後一時。場所は白幡駅近くの全国チェーンのラーメン屋。その店内の一番奥の座敷に私と鳥山さんは向かい合って座っている。
鳥山さんは激辛ラーメンに更に七味唐辛子をたっぷり加えた食べながら、さっきからこんな調子で花音ちゃんの愚痴を吐き出しているのだ。花音ちゃんの愚痴も気になるが、私はそのおおよそ人間の食べ物とは思えないような真っ赤なラーメンも気になって仕方がない。
喋ってる量の割合は私一割鳥山さん九割。まぁ、うんうん頷いてる方がこちらとしては楽なので構わないのだが。
「そういえば、あんた花音と会ったのね」
「うん、この前。店長会議の日」
「へー、私のこと何か言ってなかった?あいつのことだから何か私の悪口の一つでも言ってたんでしょ?ほんと性格悪いわよね。そんでもって男の趣味も悪いわね!」
鳥山さんは手を延ばしてテーブルの端の七味唐辛子を掴むと、ラーメンの器に大量に振りかけた。これ以上赤くはならないだろう。むしろラーメンの方が悲鳴をあげているように見える。
「別にあいつが何言ってたかなんて気にしないわよ。あんなの有ること無いこと言いまくってるだけなんだから。陰でこそこそこそこそ、ほんと最低よね!」
「あの、別にこれといって何も言ってなかったけど……」
本当は「嫌いなのよね」というようなことを言ってたけれど、今だけは私の記憶から抹消しておきます。
「ふ━━ぅん。初対面の相手にはいい顔しとこうって魂胆かしら。えげついわね。ちょっと身長あるからって馬鹿にすんじゃないわよ」
ああ、最後ちょろっと本音が漏れた。私は鳥山さんのその言葉に、肯定の返事も否定の返事もしなかった。
「でもまぁ、玄武店自体は嫌いじゃないんだけどね。あそこはいい人ばっかりだし、他の店にも親切だし」
「へぇー、そうなんだ」
確かに、店長である陸男さんがいい人そうだったからなぁ。白虎店は内装も雰囲気も仕事のできる店って感じだけど、玄武店はどんな店なんだろう。
「店の雰囲気って半分店長で決まるようなもんだし、あそこはほんと居心地いいわよ。まぁ花音がいなければの話だけど」
「陸男さんいい人そうだもんね」
「あの人が店長になってから玄武店は優しくなったしね。まぁ陸男さんだけ弟の孫だし、ちょっと可哀相な立場ではあるけど」
弟?みんなあのおじいちゃんの孫なわけではないのかな。店長と同じ名字だからてっきりそうなのだと思っていたのだが。
鳥山さんに聞こうとも思ったが、やめておいた。鳥山さんの中では常識っぽい感じだし、聞いたらまた馬鹿にされそうだ。また機会があったら花音ちゃんに聞けばわかることだろう。
「それにしても、あんた朱雀店だし大変じゃない?青龍店とか」
「青龍店?の人とは一回も話したことないなぁ」
話したことがないどころか会ったこともない。青龍店にも行ったことがないし、私にとって青龍店は未知の存在だ。
「そうなの?まぁあの店長が会わせないようにしてんのかもね。知らないなら言っとくけど、あんたんとこの店長と青龍店の店長、すっごい仲悪いから。店長の前で青龍店の話とかしない方がいいわよ」
「あ、そういえば、この前の説明会ですっごいキレられたなぁ……。確かあの人って青龍店の人だったような」
私は鞭をパシンパシン鳴らすパーマ頭の女性を思い出して身震いした。よく考えたら彼女は青龍店の人間だったはずだ。だったら会ったことも話したこともないっていうのは間違いだな。
「あんたんとこはあんま気にしてないみたいだけど、青龍店の奴らは朱雀店にかなり対抗心持ってるみたいから」
「ええ!?なんで!?」
「さっきも言ったけど、店の雰囲気って店長によるもんなのよ。青龍店の店長、ほんとにあんたんとこの店長がお嫌いらしいから、従業員も自然にそうなっちゃったわけ。まぁ、そういう私もあんたんとこの店長は好きじゃないけど」
「え、そうなの?何で?」
そう言ってから、私は白虎店と一緒に仕事をした時に鳥山さんの機嫌が悪かったことを思い出した。あのとき一言も喋らないし話し合いに参加しようともしなかったのは、好きじゃない店長がいたからなのかな。
「だって邪魔なんだもん。うちの店長がお兄さんなのに、なんか偉そうだし!」
「そこはほんとごめんなさい」
「花音と結婚でも何でもして、新婚旅行の飛行機が墜落して死ねばいいのよ」
そこまで言うほど!?私が思ってるよりずっと店長のこと嫌いなのかな。店長の方が全然気にしてないから程度が測りにくい。
どうしようか、とりあえず別の話題にしといた方がいいか?
「そういう鳥山さんは好きな人いないの?」
私自身に好きな人がいないから恋愛話は苦手なんだけれど、今はこれしか逃げ道がないから仕方がない。私と鳥山さんがもう少し仲が良ければ学校や趣味などの話題もあったのだろうが。
「ななななな、何よいきなり!?そんなもんいないわよ!仕事一筋なんだからっ!」
まぁどうせ鳥山さんにも好きな人なんていない……と思っていたら異常に反応なさった。
鳥山さんって彼女自身の能力が高いから男性なんて見ていないと思ったのだが。相手は誰だろう。白虎店の人かな。
「へー、誰が好きなの?内緒にしとくから教えてよ」
「だからいないって!」
「いや、絶対いるでしょその反応」
「いないいないいない、ほんとにいません!あんましつこいと殴るわよ!」
「それはちょっと困るかも」
鳥山さんの好きな人か。気になるな。だってあの鳥山さんが惚れる相手だもんね。
鳥山さんっていつも自信満々だし、こういうタイプはどういう人が好きになるんだろう。守ってあげたくなる自分より弱い人か、気の強い彼女でも認められる自分より能力がある人かな。
しばし間をおいて赤面から復活した鳥山さんが、食べ終わったラーメンの器を脇に寄せながら尋ねてきた。
「で、あんたはいないの?好きな奴」
「私は残念ながら」
「ふーん、淋しい奴ね」
「あれ?鳥山さん今好きな人いないって言ってなかったっけ」
「ごめん嘘。今の無しにして」
なんだ、鳥山さんもかわいいとこあるじゃないか。でもあんまり言うとガチギレされそうだから、この話題でいじるのはもう止めておこう。
「でもまぁ、今の所付き合ったりとかはいいかなぁ。バイトもあるし……一人の時間を楽しみたい感じ」
「まぁ、同い年の男なんてみんなガキだしね」
「それは同感」
私は去年教室で騒いでいたクラスメイトの男子達を思い出した。まるで中学生……いや小学生のような言動が多々見られたが、あの人達も大学生になってちょっとは大人になったのかなぁ。
「だったら鳥山さんは、付き合うなら年上?」
「それは、わからないけど。同い年でもガキじゃない人もいるし……」
言い訳がましくそう答えるト鳥山さんを見て、私はピンときた。鳥山さんの好きな人、たぶん同い年の人だ。同い年をバカにした手前言いづらかったに違いない。
同い年ということは、学校の人かな?でもクラスの男子ってみんな馬鹿騒ぎするしな。特に何人かで集まると本当小学生みたいになるし。だったら仕事関係の人の方が可能性高いかな。ということは白虎店の人だろうか。
「私、結婚するなら年上の人がいいな。年下はちょっと頼りなさそう」
鳥山さんが口ごもっているので、仕方がないから私が喋る。しかし私の言葉に鳥山さんは何とも言えない表情を向けた。こっちに広げるのは失敗だったか?なら別の方向に変えよう。
「そういえば、白虎店の店長さんと鈴鹿さんって付き合ってるの?すっごい仲良かったけど」
革口さんを尾行する依頼の時から気になっていたのだ。私達以外の人の話なら鳥山さんの微妙フェイスも直るだろう。
「そんなことないわよ。まぁ、店長の鈴鹿さんに対する信頼はかなりのものだけど」
「なんだそうなんだ。実はこの前店長さんと鈴鹿さんに会ってさ」
「ほんと?いつ?」
「一緒に仕事したすぐ後だよ。四月の中旬」
「へぇ、二人共何してたのかしら」
「なんかご飯食べながら仕事の話してたよ。そういえば、この前店長達尾行したときの仕事の話、結局教えてくれなかったね」
「ああ、あの時ね。怪しいわよね。何の仕事だったのかしら」
「あの時は二人が兄弟だって知らなかったからなぁ」
「え?そうだったの?言ってやれば良かったわね」
「あはは。私、基本何も知らないから……」
「聞けばいいのに。あー、でもあの店長は言ってくれないかしら。うちの店長に聞けば?ていうか今から来る?」
「今日昼過ぎにバイト行くって言っちゃってるんだよね……」
「そんなの気にしなくても大丈夫よ。だってもう昼過ぎだもの」
そう言って壁にかかった時計に目を向ける鳥山さん。まぁこのラーメン屋に入ったときにすでに一時だったのだ。確かに今更か。
私もケータイを確認すると、時刻は午後一時五十四分だった。
「善は急げよ。今日店長自分の仕事ないって言ってたし、多分暇そうにしてると思うわよ」
鳥山さんは自分の荷物を掴むと立ち上がった。私もそれに続く。
ラーメン屋を出てすぐに、鳥山さんはタクシーを呼んだ。彼女は隣に立つ私に「いつもは体力作りのために歩いてるんだけどね」と言った。
私達が乗り込むとタクシーはすぐに発車する。ものの十分で白虎店が入った建物に到着した。
たった十分のために呼ばれたタクシーの運転手は、鳥山さんの「お釣りは取っといてください」に微笑んだ。高校生でそれが言えるなんて、私は鳥山さんの金銭感覚が少しばかり心配になった。
外壁に取り付けられた階段を二階まで上って、【何でも屋 白虎】と書かれたドアを開ける。室内にいた何人かがこちらに顔を向けた。
「帰りましたー」
「こ、こんにちは」
私は鳥山さんの後ろをおどおどついていく。白虎店はカッコイイ職場って感じで、なんだか緊張するのだ。朱雀店はもう私達の家みたいになってるからなぁ。
スタスタと部屋の奥の店長の所に向かう鳥山さん。どうやら午前中の仕事の報告に行くようだ。「私どうしよう」と言ったら、「ついて来ていいわよ」と言われた。たいして隠すような内容ではないらしい。
「店長、帰ってきました」
店長さんのデスクにつくなり、鳥山さんはわりとフランクに自らの帰りを告げた。白虎店は上下関係が厳しそうなきっちりした店に見えるが、実際はそうでもない。
店長さんは手に持っていた紙から顔を上げて鳥山さんを見た。
「ああ、遅かったな……荒木さん?」
「こんにちは」
店長さんは私を見て少し驚いた顔をした。でもまぁ考えてみれば、何の予告もなしに、しかも鳥山さんが連れてきたのだから、そりゃあ驚きもするだろう。
「荒木とご飯食べてたらちょっと遅れました。これ、預かってきたものです」
鳥山さんはサブバッグの中から新聞紙でぐるぐる巻にされた箱を取り出した。駅で見かけた時からずっと、やけに大きなバッグを持ってるなぁと思っていたのだ。
店長さんはその箱を受け取って、中身を確認せずにそのまま引き出しにしまった。
「ご苦労様、今日はもう好きにしててくれ。荒木さんもゆっくりして行ってくれ」
「ありがとうございます」
私はお礼を言ってペコリと頭を下げた。
「ていうか、店長今暇ですか?」
「暇か暇じゃないかと聞かれると暇だ」
「今日店長にいろいろ聞こうと思って荒木連れてきたんです」
鳥山さんは片足に重心を移し、楽な姿勢になって話はじめた。
白虎店の内装や仕事ぶりも気になるといえば気になるが、今日は何でも屋や朱雀店のことを聞きに来たのだ。店長さんは店長のお兄さんだから……って、ややこしいな。店長さんのことこれから「店長のお兄さん」略して「お兄さん」って呼ぼう。
とにかく、お兄さんは店長の教えてくれない何でも屋や朱雀店のことをいろいろ知っているはずなのだ。
「何が聞きたいんだ?」
お兄さんは私に視線を移してそう言った。
「ええと、その、いろいろ……」
「何を聞くか考えてから来るべきだったわね」
鳥山さんがやれやれとため息をついた。突発的にここに来てしまったが、考えをまとめてからにするべきだったのだ。
とりあえず今思い付く質問を必死に頭の中でまとめていると、私と鳥山さんが無言になったからかお兄さんが口を開いた。
「最初に言っておくが、俺は朱雀店のことはあまり喋れないぞ。蓮太郎に口止めされているからな」
「だから何で店長あいつの言うこと聞くんですか!」
お兄さんの言葉に鳥山さんは声を大きくする。自分の店長がうちの店長の頼みを素直に聞いているのが気に食わないんだろうな。
「とは言っても、蓮太郎は店長歴が一番長いしなぁ」
「あれ?そうなんですか?てっきりお兄さんが一番かと……」
「「お兄さん?」」
「あ、ごめんなさい、店長のお兄さんだからつい」
目を丸くして私を見る二人に慌てて説明する。どうやら二人は納得してくれたようだ。
「いや、呼びやすいように呼んでくれればそれでいい。蓮太郎は高校三年生の頃から店長をしているからな。俺はまだ店長になって二年だ」
「そうなんですか……」
「だからって、店長の方がお兄さんなんですから!もっとビシッと言ってやってくださいよ!あのグータラ野郎に!」
ごめんなさいねぇグータラ野郎で。それにしても店長とお兄さんは似てないな。お互いを反面教師にしたのかな?
「鳥山、分かっていると思うがこの仕事は年齢関係無しの完全実力重視だ。仕事は俺よりあいつの方が出来る。それに言われたことを何でも聞いてるわけじゃないぞ。この前フランスの菓子屋の年に一回先着十名様限定チョコレートケーキが食べたいから買って来てくれと言われたが、さすがに無理そうだから断った。俺も仕事があるしな」
仕事なかったら行くんですか……。何で私こんなに謝りたい気持ちになっているんだろう。
「その自己チューさが許せないんです!店長にしたらかわいい弟かもしれませんけども!」
「ていうかあれかわいいですか」
あれがかわいいなんて言ったらお兄さん、あなた目玉腐ってますよ。たぶん眼科に行っても手遅れだろう。
お兄さんはふっと微笑むと、何の迷いもなく言った。
「弟はな、どんなものでもかわいいものだぞ」
あ、この人目玉腐ってたわ。医者も匙を投げ出すレベルだわ。私は思わずその場から一歩下がった。鳥山さんは頬を引きつらせていた。
「わかりました、私はからはもう何も言いません……」
どうやら鳥山さんが折れたようだ。引くほどの兄弟愛によりこの勝負お兄さんの圧勝。
「そうか分かってくれたか。蓮太郎も鳥山のことは嫌いじゃないと言っていたからな。仲良くしてやってくれ」
「はい……」
満足そうにそう言うお兄さんに頭を下げてから、鳥山さんはふらりふらりと歩き出した。
いや、鳥山さんはよく戦ったよ。ただ相手が強すぎた。そして帰ったら店長に、フランスはさすがに言い過ぎですと注意しておこう。
「結局何も聞けなかったなぁ」
鳥山さんとお兄さんのバトルを見ただけで終わってしまった。
「私これからどうすればいい?」
「私も午後は暇だしどっか行く?」
私「も」っていうか、私は午後からバイトだったんだけどね。まぁもう今更どうでもいいけれど。ここまで遅れたら何時間遅れようが同じだ。
「武器商店連れてってあげよっか。あんたこの前サーモグラフィに興味持ってたじゃない」
この前のあれ、鳥山さんな私物だったんだ……。てっきり店の備品かと思ってたよ。
武器といえば、私には愛用のスパナとレンチがある。柄の部分が長い、普通の店では絶対にお目にかかれない代物だ。もちろん愛用している。
が、武器商店。興味があるので私は「行く」と即答した。
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