失敗は成功の母4
「だから言ったのに」
「それは本当に反省してる」
「でも隠れている物は見たくなってしまうのが人間の性ですわ」
「……花音さんは少し自重した方がいいと思う」
「だいたい秘密主義者が多過ぎるのですわよ」
「でもこの仕事情報って結構大事だし……」
「蓮太郎さんだって将来の妻に自分の部屋くらい見せてくれたって良いと思いますわ」
「「そろそろ店長が怒るから止めようか」」
三日後、私達はテーブルを囲んでひたすら折り鶴を折っていた。
この依頼は千羽鶴を十個作るというものらしい。市のコミュニティーセンターで催されるなんたらとかいう福祉関係の講演会か何かで使うらしいが、細かいことは忘れてしまった。それよりも千羽鶴を十個も作らなければならないということの方が、私にとって大事だったのだ。
今日夕方にバイトに来た時からやっているが、全く終わりが見ない。折っても折っても折り紙は減らなかった。現在私達の背後には折り紙がぎっしり詰まった折り紙段ボール箱が山積みになっている。
第一、千羽鶴なんか人に折らせてどうする?自分達で作るからこそ思いの詰まった価値のあるものになるのではないのか!?何の関係もない私達が折った鶴に何の価値があるというんだ?こんな依頼しやがって!
心の中でついに本心を叫んでしまったところで、私はため息をついた。瀬川君が顔を上げてちらっとこちらを見たが、すぐに手元の折り紙に戻った。
そもそも、瀬川君は折り鶴なんて折らなくてもいいのだ。店の二階に侵入しようとしたわけではないし、むしろ私を制止した立場だ。それでもこうしてちまちまと折り紙を折っているのは、私と花音ちゃんがあまりに大変そうだったので見兼ねて手伝ってくれているのだ。何て優しいんだろう、涙が出てくるよ。
私は振り返ってカウンターの方を見てみた。この位置からだとカウンターの端がちょっぴり見える程度だ。
店長は先程からカウンターに突っ伏して寝ている。私は絶対起きてると思うんだけど……。先程の言葉から考えると、どうやら瀬川君も同じ意見のようだし。
あの場所ってクーラーの涼しさと外からの太陽の熱で温度がちょうどいいんだよねぇ。私は毎日あの席に座っているからよくわかる。
「あぁ~~、もうダメですわ!」
突然花音ちゃんがガバッと頭を上げて、折りかけの折り紙を投げ出してソファーにもたれた。首だけ天井を向いたらまま全身の力を抜いて、死体のようになっている。
私もかなり限界だけど、その言葉だけは言わないようにしていたのに。瀬川君の方に目を向けると、彼は突然叫んだと思ったら屍になった花音ちゃんを一瞥もせずに無言で作業を進めている。
「千羽鶴なんて一つ作るのでも大変ですのに」
「でもやるしかないじゃん。例えうちの仕事じゃなかったにしても」
そうなのだ。この依頼はもともと朱雀にきたものではない。わざわざ白虎店が受けた依頼を引き取ったのだ。白虎店の皆さんはかなり喜んでいたという。
確かにこんな仕事を命じられたら、もう二度と二階に侵入しようなどと思わなくなるな。たくさんいる白虎店の従業員でやっても大変な作業なのに、私と花音ちゃんだけでやりきれというのはかなりの無理難題だ。しかも期限は三週間後。
私は脳内で計算を始めた。一人一日百羽折ったとして、三人いるから━━悪いけれど瀬川君も数の内だ━━全部で一日三百羽。一週間で二千百羽。てことは三週間で六千三百羽。ダメだ足りない。一人一日百五十羽は折らないと。それでも四千九百五十羽で足りないのだ。
「鶴折るのは面倒臭いですし折り紙は小さいですし折っても折っても終わりが見えませんし、私もうくじけそうですわ。蓮太郎さん助けて~」
「お願いだから今店長と絡もうとしないで。作業が更にキツくなる可能性大だから」
私が淡々とそう注意すると、花音ちゃんはパッと鶴作りに戻った。
「さぁ、頑張って終わらせますわよっ」
まぁ花音ちゃんはここにいる理由ができていいんじゃないかな。雰囲気的に店長と会話はできないけど。
私はソファーの後ろにそびえ立つ段ボール箱タワーを眺めた。ほんと、いつになったら終わるのかなあ……。
次にテーブルの上に視線を移して、他の二人がどれくらい折ったかざっと数えてみる。私は今折っているので四十個目だ。花音ちゃんは三十五個くらい。途中参戦の瀬川君は二十個程。というか、瀬川君の鶴いびつだな。意外に不器用だぞこの人。
三人合わせても鶴は百個弱。私がここに来て二時間が立とうとしている。やっぱり店でやるだけじゃ無理だ。家に持って帰ってでもやらないと。あわよくば家族にも手伝ってもらおう。
誰も何も喋らずに、静かな部屋で折り紙を折る音だけが響いている。
私、これから瀬川君の忠告はちゃんと聞くことにします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます