無知は罪であるか否か4




約十五分後。話終わった花音ちゃんは立ち上がってヘルメットを被った。陸男さんのバイクのエンジンをかける。花音ちゃんは陸男さんの後ろに跨がると、スカートのフリルを直した。

「じゃ、蓮太郎によろしくな。次はケーキ持って来てやっから」

陸男さんの次に、花音ちゃんも別れの言葉を告げた。私もまた会おうという旨の文句を言い、二人から一歩離れる。私が下がったことを確認して、陸男さんはバイクを発車させた。

花音ちゃんはこちらを振り返るとしばらく手を振っていたが、すぐに前を向いて陸男さんの腰に掴まった。二人を乗せたバイクが完全に見えなくなると、私はゆっくりと店までの道を歩いた。











「おかえり雅美ちゃん。遅かったね」

店に戻ると、店長は元通りの位置に直したソファーでテレビを見ていた。ただファイルは散乱したままだし、折れた観葉植物は店の真ん中に放置されているが。

「店長」

そう呼びながら近づくと、店長はテレビを見たまま「何」と返事をした。私は無事だったソファーに腰を掛ける。

「花音ちゃんが超愛してるって言ってましたよ」

すまし顔でそう言うと、店長が眉を寄せながら振り向いた。

「……何の話してたの」

私はそれには答えずに続ける。

「あと、陸男さんも店長のこと超好きですって」

「……それはちょっと気持ち悪いんだけど」

「いいじゃないですか。愛されてて」

ここでようやく顔を上げると、店長は何とも形容しがたいとてつもなく微妙な顔をしていた。いつもからかわれているから、たまには困らせてやらないとね。

「それにしても、陸男さんって何だかかわいい人ですね」

私が先程の会話を思い出しながら言うと、店長はわざとらしく驚いた。

「えっ、雅美ちゃん、あんな奴がタイプなの?」

「違います!そういう意味じゃありません!」

ついムキになって大きな声を出してしまう。私は慌てて自分を落ち着かせた。相手のペースにはまってはいけない。

「あんなシスコンと付き合うなんて、お父さん許しませんからね」

「誰がお父さんですか!」

私と四つしか離れてないくせにおっさんぶらないでいただきたい。

「いや、実際陸男は止めておいた方がいい……。あの妹の溺愛ぶりは本当に気持ち悪いから」

そう言って、何を思い出したのか店長は面白そうに笑いだした。身内ネタで一人で勝手に盛り上がらないでほしい。私はついていけないじゃないか。

「ちょっと、自分しかわからないネタで笑わないでくださいよ」

花音ちゃんにはああだから、多分もう一人の妹さんの方だと思うけど……。でも片方の妹だけ可愛がるなんて、それじゃあ花音ちゃんが寂しいんじゃないか?

店長が思い出し笑いしている陸男さんがやらかした内容も気になるが、私は聞かない方がいいのかな。自分の失敗話勝手にされると嫌な気分になるしね。

店長は飽きるまで笑っていたが、ふと真面目な顔になってこう言った。

「それにしても、僕のことそんなに好きなんて……陸男にホモ疑惑も付け足した方がいいかな?」

私は心の中で陸男さんに謝罪した。ごめんなさい陸男さん。きっとやるよこの人は。

九十度のお辞儀どころか土下座までしたが、しかし店長を止めることはしなかった。だって報復が怖いから。



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