もはやこの程度で驚いてはいられない2




結局私達は「ここは青龍店の席よ!」と言われた場所に座っている。店長が言うには、どこにどの店が座るとか、そんなこと全く決まっていないらしい。ちなみにパーマ頭の女性は私達から一番離れた席で居づらそうにしている。

「そういえば店長、何で店長はここにいるんですか?」

私は左隣に座っている店長に声をかけた。このことは瀬川君も気になっていたのか、店長の左隣に座っている彼はわずかに反応した。

「何でって、雅美ちゃん達が困ってたから颯爽と駆け付けたんじゃん」

「真面目に答えてくださいよ」

「別に何でもないよ。これわたすの忘れてたなと思って」

そう言うと、店長は足元の袋から何かを取り出した。それは名札だった。透明なケースに店名と名前の書かれた紙が入っていて、首からかけられるように紐がついている。

「追いかけるの面倒臭いから受付に電話して済まそうとも思ったんだけど、まぁここに持ってくる物もあったし」

店長の隣で瀬川君が「何ですか」と尋ねた。店長は「ほら、一昨日の」と答え、「郵送で済ますつもりだったんだけどね」と付け足した。瀬川君は納得したようで、それ以上何も言わなかった。

しばらくすると部屋の奥のドアから一人の男性が出て来た。年齢はは五十代前半くらいだ。男性は人々が注目する中、マイクを持って喋り始めた。

「えー、皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます」

そう言って軽く頭を下げる男性。集められた新人従業員達も小さく頭を下げた。

「私は黄龍店の相楽金之助(さがらきんのすけ)といいます。えー、お話の前に……蓮太郎、ちょっと」

男性━━金之助さんは、マイクを置くと店長に手招きした。しかし店長は椅子から立とうとはしない。

「えー、こんなところでお説教?」

「いいから来なさい」

結局金之助さんの方がこちらに近付いてきて、店長は渋々立ち上がった。二人は金之助さんが出てきたドアの向こうに消えてしまう。しばらく話し声がしていたが、ほんの四、五分すると戻ってきた。

金之助さんは澄ました顔で壇上に戻る。店長もこちらに戻ってきたので、私はこそっと尋ねてみた。周りの人々の視線はこの際無視する。

「店長、何話してたんですか?」

「何かちゃんと仕事しろって怒られちゃった」

「ちゃんと仕事したら怒られませんよ」

なんだか知らないけれど、店長を叱ってくれた金之助さん、グッジョブ。店長は全然反省していないみたいだけど、叱ってくれだけマシというものだ。店長を叱る人いないんだもん。

それにしても、店長を叱れる立場にあるということは、金之助さんはそこそこの地位ということだろうか。そあ考えると、やっぱり黄龍は何でも屋の元締め的存在なんだろうな。

私は金之助さんの話に耳を傾ける。

「自店の店長からも再三忠告を受けているとは思いますが、本部であるここ黄龍には許可がない限り立ち入り禁止。また、アルバイトの者に本部の存在を仄めかすのも禁止です。本部にはお客様の個人情報を初めとする大変重要な情報がたくさんあります。これはそのような機密情報を外部に漏らさないための配慮です」

金之助さんは次に何でも屋全体の方針について話した。これは簡単にまとめると次のようなことだった。まず第一に、不可能でない限り依頼は断らない。第二に、何でも屋外部に絶対に情報を漏らさない。第三に、いかなる事にたいしても報告は必ずすること。

金之助さんが次に話したのは何でも屋の生い立ちだった。この話は若者には受けないことがわかっていたのか、そんなに重要な話ではなかったのか、簡潔に終わった。何でも屋は現社長である一郎さんが立ち上げ、わずか一代で大きく繁栄させた。何でも屋は表舞台にこそ立ってはいないが、社会を裏から支えている陰の立て役者……らしい。

金之助さんは次に仕事に対する姿勢を話した。依頼遂行を第一に考えること、とのことだ。この商売は信頼が大事なので、出来ると言ったのならきちっとやりきらなけらばならないらしい。金之助さんは、失敗はすぐに知れ渡るぞと私達を脅した。

他にも二、三、話し、金之助さんはまとめの言葉に入った。彼は最後に新人達に檄を飛ばすと、解散の合図を放った。

帰ってよいと言われた新人従業員達は、しばらくもたもたとしていたが、勇気ある一人目が部屋を出ると、皆ぞろぞろとそれに続いた。中にはきちんと金之助さんに挨拶をしてから帰る者もいて、金之助さんは講演中には見せなかった笑顔でそれに答えた。

他の人々がいそいそと会議室を後にする中、私達朱雀店の三人だけはまだ椅子に座ったままだった。店長がゆっくりしているので、私と瀬川君もなんとなくだらだらしているのだ。

新人従業員の最後の一人を見送った金之助さんが、ふいにこちらに近付いてきた。私はメモ帳や筆記用具を片付け終わって、ちょうど鞄を肩にかけた所だった。

「蓮太郎」

金之助さんに声をかけられた店長は、面倒臭そうな顔を向けてそれに堪えた。金之助さんは構わず先を続ける。

「お前、今日店長会議だろう。今日ここに来たということは、出るんだろう?」

私は店長会議という単語に反応する。確か前に勤めていた中華系飲食店にもあったな。実際にどんなことをしていたのかは知らないが、その日は店長の仕事が休みになるので密かに嬉しかったっけ。

内容はよくはわからないけど、その会議に出ることは店長の義務だろう。だったらうちの店長にま出てもらわないと。

「えー。僕にはこの子達を送るという仕事が……」

「店長、私達電車で帰れますよ」

会議の出席を渋る店長に、私はピシャリと答える。店長は私に苦々しげな顔を向けた。

「ほら、バイトの子達も自分のことはできる。それにお前もう半年も店長会議出てないそうじゃないか」

「正確には七ヶ月ね」

その事実に私はびっくりして思わず声を上げそうになった。店長って行き先も告げずにふらふら出歩いていることが多いから、もしかしたら会議もちゃんと出席しているのかと思っていたが、どうやらそんなことは微塵もなかったらしい。瀬川君は全く驚いていないようだが、彼は店長のサボりを知っていたのだろうか。

「お前な、一郎お父様がどれだけ心配なさっているか……」

「心配なんてしてないって」

私は一郎という名前に少し反応したが、気のせいで片付けた。どこで聞いたか思い出せなかのだ。まぁ一郎なんてよくある名前だし、あるいはテレビで聞いたものとごちゃごちゃになっているのかもしれない。

「心配しているに決まってるだろう。一郎お父様はお前に期待しているからこそ……」

「期待とかいらないって。僕は自由にやりたいの」

「一郎お父様に期待されるということがどれだけ誇れることかわかっていないのか!?」

「だから期待とか誇りとかほんといらないし、だいたい金ちゃんは」

そこで金之助さんはクワッと目を見開いて、顔を真っ赤にして怒鳴った。

「お父様と呼びなさいと何度も言っているだろう!」

私は何も言えなかった。店長は苦笑を浮かべていた。瀬川君でさえその無表情の中にドン引きっぷりを漂わせていたくらいだ。

静まり返る室内。えーと……。まず第一に、怒るとこそこ?「期待とか誇りとかいらない」の方がよっぽど大事なんじゃないんですか。

そして何より驚きだったのが、金之助さんは店長のお父さんだったのか……。全然似てないからわからなかったよ。だって店長は百八十センチあるだろうが、金之助さんの身長はどう見たって百六十そこそこだ。顔も丸っこい感じだし、体型もふっくら。これで親子だとわかれと言う方がおかしい。

「えー……と、」

とりあえず、という様子で店長が口を開いた。この何とも形容しがたい気まずさが漂う状態で、いったい何て言うつもりだろう。

私達が見守る中、店長はニコッと作り笑いを浮かべるとこう言った。その彫刻のように綺麗な表情は、やはり金之助と親子だとは思えなかった。

「じゃ、僕らはこれで」

店長は私の腕を掴み、瀬川君の背中をぐいぐい押してドアの方へ向かった。

「え、え、え、え、帰るんですか!?」

店長会議に出るように説得した方がいいんじゃ……と思いつつも、瀬川君が何も言わずに押されてるので、私も二人について行った。ドアを出ると、後ろで金之助さんが「ちゃんと会議に顔出せよー!」と叫んでいた。



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