突然やってくるから心臓に悪い2




「初めまして荒木さん。玄武の相楽陸男(さがらりくお)です。そんでこっちは」

「妹の相楽花音(さがらかのん)ですわ」

「は、初めまして。荒木雅子です」

ソファーに並んで座る二人に自己紹介されて、私も名乗った。来客用のソファーには、現在奥から、店長、陸男さん、花音さん、私の順で座っている。

「あの、玄武ってもしかして……」

「ああ、支店の一つだ」

私は心の中でやっぱりと思った。つまりこの二人は「何でも屋玄武店」の従業員というわけだ。

「いっぱいあるんですね」

「まぁ、県内に四つだけだけどな」

陸男さんがタバコに火をつけながら答える。陸男さんが口を閉じると、今度は花音さんが口を開いた。

「それにしても、うちのこともお知りでないなんて、雅美さん大丈夫ですの?」

花音さんは全然心配してなさそうな顔でそう言った。やっぱり私はこの仕事について知らなさすぎるんだなと再確認する。

「だって店長が教えてくれないんですもん」

「だって雅美ちゃんが何も聞かないんだもん」

そりゃ私も今まで何も聞いてこなかったけどさ。店長が何も説明してくれないから私も聞かない方がいいのかな、とか思うじゃん。それに、本当に何も言ってくれないので、何を聞いたらよいのか見当もつかない。

「あと花音は年下だから敬語じゃなくてもいいよ」

「あ、そうなんですか。いくつなの?」

店長の声に我に返る。この仕事についてはあとで聞くとして、今は目の前の二人に集中しなければ。私が年齢を尋ねると、花音さんは「十八ですわ」と答えた。年下と言ってもひとつしか変わらないのか。年が近いので仲良くなれたらいいなと思う。

「あ、鳥山さんと同じなんだね」

もし共通の知り合いがいたらそれで話が弾むかもしれない。花音ちゃんは白虎店の鳥山さんのことは知っているだろうか。私があまりよく考えずに出した名前に、花音ちゃんは過剰に反応した。

「鳥山麗雷ですの!?あの方の名前は出さないでいただけますこと!」

「あ、お知り合いでしたか……」

「全然知り合いではありませんわ!真っ赤な他人です!」

顔を真っ赤にして「真っ赤な他人」という花音ちゃん。今後は彼女の前で鳥山さんの名前は出さないように気を付けよう。私は怒っている人は苦手だ。

それにしても、二人にいったいどんな出来事があってこんなに仲が悪くなったのか、気になるといえば気になる。それとも、何もなくとも仲が悪いのだろうか。同族嫌悪的な。

「あ、そうだ」

突然店長が何かを思い出したように口を開いた。そして陸男さんの顔を見て言う。

「陸男、そろそろ帰らないの?」

店長は満面の笑みだった。

「俺今来たばっかなんだけど」

陸男さんのくわえているタバコも、まだ半分もなくなっていなかった。しかし店長の笑顔には「帰れ」という気持ちがこもっていた。

「いやー、まだ帰らないのかなぁと思って。陸男が来る時は毎回早く帰れって思ってるんだけどね」

「毎回思ってたのかよ」

呆れたように「はぁー」と長い息を吐くと、陸男さんはタバコを灰皿に押し付けて立ち上がった。

「しゃーねーな。花音、帰るぞ」

「ぇぇええええっっ!」

陸男さんの言葉に、花音ちゃんが大ブーイングを返す。花音ちゃんは陸男さんの服を掴むとガクガクと揺すった。

しかし店長と陸男さんは、花音ちゃんなどまるでいないかのように別れの挨拶を始める。

「じゃあ、これありがとね」

「おう。お前もたまには店長会議出席しろよ」

「いや━━!嫌ですわ━━!私帰りたくありません━━!」

「ちょっと予定があわなくてさ」

「どんだけ大事な用事だよ。ま、俺はどうでもいいけどな。でも一郎さんは怒らすなよ」

「考え直してくださいましお兄様!私、まだ蓮太郎さんとの愛の言葉も囁き合ってはおりませんわ!」

「わかってるわかってる。次の次の次の……まぁいつかは出るからさ」

「たまには兄貴を見習えよ。じゃーな」

「蓮太郎さぁぁああん!次にお会いする時には必ずや結婚いたしましょうね━━!」

陸男さんは花音ちゃんの首根っこを掴むと、そのままズルズルと引きずって帰って行った。花音ちゃんの叫び声のせいでご近所さんの目が痛かったけれど、「今更だな」と思い直すとなんだが楽になった。

「ふー、やっと帰ったねあの二人」

店長は「あー疲れた」というジェスチャーをした。

「花音は連れて来るなって毎回言ってるのにね」

のにね、と言われても、私はまるで状況が飲み込めていない。

「なんだか色々説明してくれると嬉しいです……」

壁の時計を見て、ずいぶん濃い十分だったなと私は思った。



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