突然やってくるから心臓に悪い




「おーい、蓮太郎いるかー」

四月二十六日。何でも屋朱雀店は今日も相変わらず閑古鳥が鳴いている。私が来るかどうかもわからないお客さんを待ちながら店内の掃除をしていると、ガラガラと店の引き戸が開かれた。

「いらっしゃいませー?」

引き戸が開く音が聞こえたら「いらっしゃいませ」と言う癖がついていた私は、反射的に口が動いてしまう。しかし、なんだか知ってる人の名前が聞こえたようなので語尾が疑問形になってしまった。

ちなみに当の店長は、土曜午前のテレビ番組のつまらなさにぶーぶー文句を言っているところだった。正直、土曜でつまらないと言っていたら平日はもっとつまらないと思う。

「あれ、陸男。今日は早いね」

店長は来客用のソファーから立ち上がり、陸男と呼ばれた男性の方へ歩いていった。本棚にはたきをかけていた私の目の前を通り、未だ引き戸の前に立つ陸男さんのところへ向かう。

どうやら知り合いらしいが、いったい誰なんだろう。突然の展開に、私ははたき持ったままその様子を観察しいた。

「早いんじゃなくて遅いんだろうが」

「まぁ僕はどっちでもいいけどね」

陸男さんは店長に持っていた紙袋を店長に手渡した。店長はすぐにその中を覗き込む。そして不満そうな顔を上げた。

「今日はケーキないの?」

私は思わずずっこけたくなった。と同時に恥ずかしくなる。

店長の発言に陸男さんも「はぁ」とため息をついた。そして私の心を代弁するようなことを言ってくれる。

「蓮太郎お前、二十三にもなって目当てがケーキって!つうか俺はケーキ運ばされにここまで来てんのかよ!」

そうだそうだ!もっと言ってやれ!

だいたい店長は、気を抜けば毎日毎日お菓子を食べていて、私なんて太らないように太らないように気を付けていてお菓子もジュースも食べ過ぎないように我慢しているっていうのに、ちょっとは甘い物を控え……ん?

「店長って二十三歳だったんですか……?」

あまりに自然に出てきたので聞き流しそうになった新情報に、私の思考はストップする。びっくりしてつい口に出してしまうと、陸男さんは私が突然発言したことと、私の発言内容にびっくりしていた。

「え、知らなかったのか?」

そ、そうだったんだ。正直このアルバイトを始めたころから気になっていた事が、まさかこんなところでこんなにポロっとわかるとは

思っていなかった。でもまぁ、二十三という数字は妥当かなと思う。

店長は「あーあ、陸男のせいでバレちゃった」と言いながら、私の前を通過してソファーの方へ向かった。どうやら本人はそこまで隠していたことではなかったらしく、なら気になった時点で聞いておけばよかったと少し後悔した。

「まぁとりあえず座らせてもらうわ」

陸男さんは慣れた様子で店内を歩き、来客用のソファーへ移動した。彼もそこそこ背が高く、チビの私は圧倒されてしまう。

「じゃあ雅美ちゃん、お茶を……」

ソファーの前で店長がそう言いかけて振り向いたちょうどそのとき、

「蓮太郎さぁぁああああん!」

大きな声と共に店に走り込んできた女の子が、そのままの勢いで店長に弾丸のように突っ込み、こう叫んだ。

「結婚してくださいっ!」

抱き着こうとしたのを店長にかわされ、女の子はそのまま顔面から床にダイブする。店長は明らかに表情を曇らせながら、未だ床にキスをしている女の子を見下ろしていた。

ちなみに私はというと、突然の大声と飛び込んできた女の子の勢いにびっくりして、その場で尻餅をついていた。今は飛び込んできた後の女の子の行動に、もう一度びっくりしているところだ。

「痛たたたたですわ」

女の子は顔面ダイブなどなかったかのように起き上がり、女の子らしい動作で丁寧にスカートをはらった。

見た感じ、私と同い年かひとつ年下くらいだと思う。スラリと背が高く、茶色に染めた髪にはパーマをあてている。

「蓮太郎さん、結婚してください」

スカートをはらい終わった女の子は、ニコリと微笑むと、今度は普通の音量でそう言った。

「うん、しないけどね」

店長の返答もなぜかこなれた感がある。もしかしたら会うたびの恒例行事なのかもしれない。私は明らかに陸男さんを盾にしている店長と、店長の答えに口に手をあてショックを受けている女の子を交互に見た。

と、ここでようやく、女の子が私の存在に気がつく。こちらに近づいてくる女の子を見て、私は慌てて立ち上がった。

「あら?あらあら?」

私の前まで来た女の子は、顎に手をあてながら、まるで私を値踏みするかのように顔を近付けてくる。

「あ、あの……」

さすがに女の子を押しのけようとすると、女の子はそこで動きを止め「ふっ」と笑った。

「私、貴女のこと存じ上げてますわよ。アルバイトの荒木雅美さんですわね?」

しゃべり方と「わたくし」という一人称に、私は女の子の身分を少し想像した。もしかしたらお金持ちのお嬢様なのかもしれない。

「は、はい、そうです。よ、よろしくお願いします」

何だか睨み付けられている気がして、少しおどおどしながら挨拶する。しかも女の子の方が背が高いから見下ろされてる感じがして怖い。おそらく身長百六十センチはあるだろう。百五十三センチしかない私は女の子の威嚇にただただたじろぐしかなかった。

「ひとつだけ申し上げておきますわ」

ようやく私から顔を離した女の子は、私に向けてビシッと人差し指を突きつけながらこう言った。

「蓮太郎さんと結婚するのは私ですから!」

「うん、しないけどね」

店長が後ろからすかさずツッコミを入れる。相変わらず陸男さんの影に隠れているところを見るに、どうやらこの女の子のことが少し苦手らしい。私は店長にも苦手なものがあることがちょっと意外だった。

そして未だ名乗られてもおらず、店長との関係も不明なこの女の子に、高らかにそう宣言された私は、

「お、お幸せに……」

他に何か言うことがあっただろうか。




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