てんやわんやで大団円5





「あ、荒木さんも来たんだ」

「うん。何か店長が行ってほしいみたいだったし。ほんとは帰って寝たいんだけど……」

「無理しない方がいいんじゃない?」

私は瀬川君の優しい一言に私の心はじんわりと暖かくなる。瀬川君、なんて優しいの……。店長とは大違いだわ。

しかし私の仮眠への想いには、すでに諦めがついている。私はそれを瀬川君に伝えると、彼は黙って頷いた。私がついて来るとか来ないとか、瀬川君にとってはどうでもいいことだったのかもしれない。

瀬川君が私と話していたせいで遅くなっていた歩みを速める。私はその後ろに隠れて、革口さん達三人についていった。

革口さんはときたまケータイをいじりながら、ぼけっと駅へと続く道を真っすぐに歩いている。それを鈴木さんがプロ並の技術で尾行している。しかしその後ろを尾行する栗山さんは素人丸だしの動きだ。

栗山さんのド素人っぷりには、鋭そうな鈴木さんなら気づきそうなものだが、彼女は革口さんを追うのに夢中で栗山さんには気づいていないようだ。

そんな三者三様の三人の後ろを、私と瀬川君が特に会話をするでもなくついて行っている。私と瀬川君は二人きりだとほとんどいつもこんな感じだ。せめて店長がいてくれれば、まだ会話が弾むのだけれど。

いや。私は自分の考えに首をふった。ここに店長が入ったって、私と店長が話してる隙間に瀬川君がぼそぼそ相槌を打つだけだ。私と瀬川君の会話が弾んでいるわけではない。私と店長の弾んでいる会話に、瀬川君が申し訳程度の相槌を打っているのだ。

チラリと一歩前を歩く瀬川君の顔を窺ってみる。うーん、本当に静かな人だ。普段どんなこと考えてすごしてるんだろう。

しばらく尾行を続けていると、革口さんが駅に入って行くのが見えた。それに鈴木さんと栗山さんも続く。

「やっぱり駅行ったね。私店長に連絡しとこうかな……」

そう呟いてみるが、瀬川君は何も言わなかった。でも私の言葉をちゃんと聞いているということは知っている。彼の無言を肯定の意と受け取って、私はポケットからケータイを取り出した。

革口さんが駅に向かっていたことは、彼の選ぶ道からなんとなく想像がついていた。あの道を進んできたのだから、目的地は駅以外にないだろう。

私はぽちぽちとケータイを操作すると、電車に乗る旨を店長にメッセージで伝えた。するとすぐに返事が返って来る。

【行ってらっしゃい】

はい行ってきますとも。

革口さんに続いて鈴木さんと栗山さんが駅に入ったのを見て、私達も駅に入った。私と瀬川君が駅に入ると、革口さんが切符を買い終わった所だった。今は鈴木さんが券売機の前にいる。

革口さんが切符を買っていたのを見て、瀬川君が口を開いた。

「……革口さんは定期で栄口まで行けるはずだ。ここでわざわざ切符を買うということは、下りの電車に乗るのかもしれない」

「なるほど……」

すばらしい推察でございます。私は「革口さんはどこまでの切符を買ったんだろう」くらいにしか思っていなかった。私達には無記名ICOCAがあるから、革口さんがいくら分の切符を買おうがどこまでも着いていけるんだけどね。

ちなみにこの無記名ICOCAは、この仕事用に店長が用意してくれたものだ。尾行期間中に革口さんがどこへ行くかなんて私達にはわからない。ならばどこへでも行ける定期を用意すればいいという考えだ。定期代も会社持ちだしね。

この無記名ICOCAを受け取った時は、革口さんは朱雀店と同じ市内に住んでいるし、本当に使うのかなと思ったのだが、実際にネズミィーランドへ行ったし、備えあればなんとやらだ。

革口さんを先頭に、一定の間隔をあけて順番に改札をくぐる。今日は平日だが駅には案外人が多い。革口さん達は誰も後ろを見ようとしないので、誰の尾行もばれずに済みそうだ。まぁおそらく、鈴木さんは私達の存在を知っているだろうが。

瀬川君の予想通り、革口さんは下りのホームへ降りた。ものの数分で電車が来たところを見ると、革口さんはちゃんと計画を立てて家を出たらしい。それにしたってダラダラと寝過ぎだとは思うけど。

ホームに停車した快速にはそこそこ人が乗っていて、どうやら座席に座るのは無理そうだ。

まず最初に革口さんが電車に乗る。鈴木さんは迷わず革口さんと同じ車両に乗った。栗山さんはあまり自信が無いのか、隣の車両に乗る。私と瀬川君も栗山さんと同じ車両に乗った。

私と瀬川君の位置は栗山さんとけっこう近いが、彼女もきっと私の顔なんて覚えてないだろうし、この距離でも大丈夫だろう。栗山さんは列車の接続部から革口さん達を見張っていた。

電車に乗ってから何分たっただろうか。予想以上に長い間乗っているような気がする。

私があまり遠くへは行きたくないなと心配になってきた時、革口さんがようやく座れたはずの座席から立ち上がった。電車はちょうど県内の白幡駅に到着したところである。

革口さんが電車を降り、鈴木さん、栗山さん、私と瀬川君もそれに続く。

白幡駅ってあんまり聞いたことないけど、たぶん白虎店の近くだと思う。この前の白虎店この共同での仕事のとき、店長の車でこの駅の近くを通った気がする。この駅はすぐ近くにピンク色の派手なマンションがあるから、絶対に間違いない。

革口さんは駅を出て見知らぬ道をずんずん進んで行った。彼は馴れた様子で歩いているので、おそらくよく通る道なのだろう。栗山さんは辺りをキョロキョロ見回しながら歩いているので、どうやら革口さんと二人でここへ来たことは無いようだ。

革口さんはそのまましばらく歩き、背の高い建物が少なめの通りで足を止めた。目の前の自販機から察するに、どうやら喉が渇いたらしい。彼は冷たいコーヒーを一気に飲み干すと、また歩き出した。

ようやく革口さんの目的地に到着したらしい。革口さんは先程の自販機の近くのロッテリマへ入った。彼は店員さんの案内を無視して好きなテーブルに腰を下ろす。

そこで私は驚いた。思わず小さく「あっ」と声をあげてしまった程だ。そのロッテリマの店中に、なんと白虎店の店長さんと店長補佐の鈴鹿さんがお客さんとしていたのだ。

この店は白虎店から近いし、テーブルに数枚の紙を広げているところを見ると、どうやら仕事の話をしているようだ。もしかしたら、仕事をするのに割とよくこの店を利用するのかもしれない。

隣を見ると、瀬川君も二人に気づいたらしく少し顔を伏せた。白虎店の二人にバレたくないのだろうか。まぁ私もバレない方がやりやすいから、見られないように顔をそっと反らした。

しかし運悪く、革口さんは白虎店の店長さん達の隣のテーブルに座っていた。この店はたいして広くはないが、空いている席なら他にもあっただろう。なぜわざわざそこに座る!私達に対する嫌がらせか!

この広さの店内では、入ったらすぐにバレてしまうと思ったのか、鈴木さんは店の中が見える位置で立ち止まった。周りに怪しまれないようにか、彼女はケータイを弄り始めた。

栗山さんもそんな二人が見える場所に隠れている。しかし彼女の尾行スキルではすぐに鈴木さんに見つかってしまいそうなものだが、鈴木さんは鈴木さんで革口さんを見張るのに一生懸命らしい。栗山さんに気づく気配はない。

私と瀬川君は迷ったが、しばらくの話し合いの末、店の中に入ることにした。元々瀬川君は革口さんについてなければいけないし、私はともかく彼は入るべきだろう。私達と革口さんの間には鈴木さんと栗山さんがいるが、栗山さんは私達の顔なんてきっと知らない。鈴木さんに至っては、彼女は私達の依頼人なのだから、堂々と目の前を通ってやればいいのだ。

むしろちゃんと仕事をしているのを鈴木さんにアピールできるしね。栗山さんも私達の顔を覚えてしまうかもしれないがが、もう最終日だしバレてたって構わない。

私と瀬川君が店内に入ると、すぐさま店員さんがテーブルに案内しにやってきたが、私達はそれをやんわりと断った。そして革口さんからテーブル一つ分離れた席に座る。この位置なら目立つことをしなければ白虎店の二人にもバレるまい。

私達が席についたちょうどその時、鈴鹿さんのケータイが鳴った。白虎店の店長さんが「どうぞ」という顔をしたので、一言断って鈴鹿さんはケータイを確認する。文面を読むなり、鈴鹿さんは勢いよく隣━━つまり革口さんの方を見た。革口さんはもとから鈴鹿さんの方を見ていて、目が合うなり鈴鹿さんはパッと視線を反らした。

その様子を見て白虎店の店長さんが怪訝そうな顔をする。私と瀬川君も鈴鹿さんの態度に顔を見合わせた。それと個人的なことを言わせてもらえば、白虎店の店長さんが店の中でも帽子を被っていることにも、私は怪訝な顔をしている。

しばらく仕事の話をを続ける白虎店の二人だが、鈴鹿さんは明らかに先程より仕事に身が入っていない。それを察したのか、白虎店の店長さんが鈴鹿さんに短く何かを告げて立ち上がった。彼はそのままトイレへ消えて行く。仕事に集中できていない鈴鹿さんを気づかって、休憩時間を与えたのだと私は解釈した。

トイレは私達の方にあったので、白虎店の店長さんがこちらへ近づいてきて私達は冷や冷やしたが、彼は案外バカ……じゃなくて、周りを見てらっしゃらないのか、私達には気付かなかった。ホッと胸を撫で下ろし、革口さんの監視に集中した。

白虎店の店長さんがトイレに消えてすぐに、革口さんが動いた。なんと、鈴鹿さんに話しかけたのだ。

突然話しかけられた鈴鹿さんは、明らかに迷惑そうな顔をしている。というか……蛆虫を見る目をしている。

これはいったいどういう状況なんだろう?まさか革口さん、栗山さんという彼女がいるのにナンパ?

私が目の前の光景になんとか説明をつけようと必死になっていると、そこにすごい勢いで飛び込んで来る者が。

勢いよく店内に飛び込んできた鈴木さんは、鈴鹿さんに触れようとした革口さんの手をつねり、彼の頬を思い切りひっぱたいた。店内にバチーンと響く大きな音。

店がシンと静まり返った。店内にいる全ての人々が、鈴木さんと革口さんに注目する。

革口さんは意味がわからない、という顔で目を白黒させている。当たり前だ。ナンパしていたら突然やってきた女性に突然頬を叩かれたのだ。それも思いきり。

たくさんの注目を浴びながら、それでも臆することなく鈴木さんは怒鳴った。

「遊宇火に触らないでよ!このッ、ヘンタイ!」

今、この店内で言葉を発する者はいなかった。

私が顔を上げると、入り口の所でビックリして口を開けている栗山さんの姿が見えた。

革口さんがハッと我に返り、慌てたように叫び返す。鈴木さんにつねられたままの腕を振り払う。

「な、なんだよお前!は、離せ!」

掴んでいた手を思いきり振り払われた鈴木さん。しかし彼女は怯むどころかものすごい剣幕で怒鳴り返した。

「あんたがたまにあとつけて来るって、遊宇火から相談受けてたのよ!今日は一緒に警察に来てもらうわよ!」

「は!?警察!?あとつけるって……そんなん偶然だろ!?」

「偶然なわけないじゃない!週に一回は現れて、家までついてくるって怯えてんのよ!」

今にも噛みつきそうな勢いで叫ぶ鈴木さん。すぐ側の鈴鹿さんは、鈴木さんの剣幕にビックリしている。鈴木さんは唖然としたままの鈴鹿さんを抱きしめた。

取り残されているのは他でもない私達だ。

「え、つまりどういうこと?」

「……革口さんがストーカーだったってことじゃないかな」

ポロッとこぼした私の疑問に、瀬川君が自信なさげに答える。それにしても、やっぱり瀬川君も依頼人の鈴木さんはストーカーだと思ってたんだ。

そして私達の他にも状況を飲み込めていない人物が一人。

「……どうなっているんだ?」

その呟きに振り返ってみると、私の真後ろに黒いスーツに黒いハット、黒い髪の男性が立っていた。

「あ、白虎店の店長さん……」

トイレから戻ってきたら自分のいたテーブルがあんな状態になっていて、まるで訳がわからないらしい。そりゃそうだろう。

「君達は……。瀬川君と荒木さんか。何をしているんだ?」

私達を見て、更に訳のわからないという顔をする白虎店の店長さん。あの状態にこのメンツ。白虎店の店長さんは混乱するばかりだ。

ひとつ先のテーブルでは、鈴木さんが革口さんにつかみ掛かっている所だった。それを鈴鹿さんがなんとか宥めようとしている。

ちなみに革口さんは半泣きで、その光景を店の入り口で栗山さんが冷めた目で見ていた。




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