一度きりの今日を楽しんで3




ようやく順番がやってきたジェットコースターに乗り込み、ものすごいスピードでぐにゃぐにゃ曲がったレールを爆走し、再び乗り場まで戻ってきた私の顔は、見るも無惨に真っ青だった。足元がふらついて店長の手を借りて降りたほどだ。

ようやくアトラクションから離れて、近くのレストランに入る。本当はすぐそこにあるベンチで休みたかったのだが、革口さん達がこの店に入ったのだから仕方がない。私はふらつく足を懸命に動かして、なんとか空いているテーブルまでたどり着いた。 

店長が買ってきてくれたジュースに飛び付き、気を落ち着かせる。どうやらあのジェットコースターは私にはレベルが高すぎたようだ。もう二度と乗らないと心に誓う。

「いやー、それにしても雅美ちゃん叫んでたねぇ」

店長は普段の二割増しの笑顔でそう言った。私の期待に反して店長は全然悲鳴をあげておらず、むしろ楽しんでいたのがとても悔しい。

「でも苦手なら無理して乗らなくてもよかったのに」

「だって店長一人で乗るっていうんですか?」

「出口で待ち構えとけばいいじゃん。まぁ見失うかもしれないけど」

見失うかもしれないのなら無理してでも乗ってよかったなと思った。この広い敷地内で見失ったら、おそらくもう見つけることはできないだろう。

それに、私が速いと知っていながらこのジェットコースターに乗ったのは、もしかしたら店長にぎゃふんと言わせることができるかもしれないと思ったからだ。どうやら甘く見ていたのは私の方だったらしい。自業自得だ。

「でも雅美ちゃんの叫び声のせいで、頂上で流れてくるっていうミッキィーのセリフが全然聞こえなかったな」 

「すみませんねぇ、隣でギャーギャーうるさくて」

「大丈夫、栗山さんもすごい叫んでたから」

「栗山さん?」

初めて聞く名前に「誰ですか」と目で尋ねると、店長は革口さんの向かいに座って髪型を直している女の人を指差した。革口さんの彼女だ。

「ちょっ、指!」

私は神速で店長の手をバシッと叩く。そんな指差したらバレるでしょうが!尾行の意味わかってますか!?

「そんな気にしなくてももうバレてるよ」

「ええ!?」

「栗山さんに、だけどね」

私はこっそりと栗山さんの様子を窺ってみるが、とくにこちらを気にしている様子はない。本当に彼女にはバレているのだろうか?

「まさか革口さんにバレなかったらいいって考えじゃないでしょうね」

「え?そうじゃないの?」

笑顔でそう言う店長に、私はため息をついた。やっぱり私がしっかりしなくちゃダメだ。

もう一度革口さんと栗山さんの方を見てみたが、二人ともジュースだけ買っていて、ランチを食べる様子は見られない。あんなジェットコースターに乗った直後に昼飯かよ、と思ったが、どうやら彼らは休むためにこのレストランに入ったようだ。栗山さんもジェットコースターに乗って気持ち悪くなってしまったのだろう。少し顔色が悪いように見える。

とりあえず、これからは栗山さんにはバレているという可能性を考慮して尾行を続けようと思う。本当にバレているのかはまだ半信半疑だが、用心しといて損はない。

それにしても、店長も黙っているなんて人が悪い。そういう大事なことは早く言ってくれないと。私達は遊びに来ているわけではないんだから。

「何で栗山さんは革口さんに言わないんでしょうね?」

「別に言わなくても大丈夫だと思ってるんじゃない?」

「でも後つけてくる怪しい人達がいたら、普通彼氏に報告しません?」

「そうかもね。でも実際栗山さんはしてないし。僕は栗山さんじゃないから何でしないのかはわからないけど」

私は「う~~ん」と唸って考える。なぜ栗山さんは私達の存在を革口さんに言わないのか……。しばらく考えてみたが、答えは出てこなかった。

「そういえば、今店無人ですけど大丈夫ですかね?泥棒とか……」

「リッ君が店番してくれたらいいんだけどね」

「さすがに学校あると無理ですよね」

「雅美ちゃんも今日学校じゃん」

「大学生と高校生じゃサボりの難易度が全然違いますよ。高校生は先生だけじゃなくて親にも言い訳しなくちゃいけないんですよ?」

「まぁリッ君の場合は親は大丈夫だと思うけど……。でも雅美ちゃんが学校サボってくれてよかった」

「そうですね。店長一人だったら完全に怪しい人ですもんね」

「だから雅美ちゃん連れて来たんじゃん」

「あれ、自覚あったんですか」

たまには嫌味も言わせてもらわないとね。まぁ店長一人で来ても怪しいが、私が一人で来ても怪しいことに変わりはないと思うけど。こういう所は基本的に一人で来る場所じゃないしね。

革口さんと栗山さんはここで昼食を摂ることにしたようだ。しばらくテーブルで雑談をしていた二人だが、立ち上がると売り場の方へ歩いていった。

「店長、私達も何か食べます?」

「そうだね。今食べないと食べる時間なさそうだし。雅美ちゃんはもう気分は大丈夫なの?」

「はい。栗山さんのおかげで私もゆっくり休めたので」

革口さん達と少し間を空けて、私と店長もレジに並ぶ。キャラクターを型どったかわいいランチが沢山あったが、ゆっくり選んでいる暇はない。私は真っ先に目についたミッキィー形のハンバーガーを注文した。

一度席を立ってしまったので、先程とは違うテーブルに座ることになった。先程より少し店が混んできていて、革口さん達のテーブルと少し離れてしまう。おかげで完全に話し声は聞こえなくなった。

とりあえず、私達は革口さん達に合わせてご飯を食べなければならない。目についたからという理由で選んでしまったこのハンバーガーだが、手に持って食べることができるので食べやすかった。我ながらいいチョイスをしたと思う。

見た目はかわいいミッキィーハンバーガーだが、お味の方はまぁまぁだった。まぁこういうのって、たいてい見た目だけだしね。

「雅美ちゃん、あの人達がずっとこっち見てるんだけど」

店長の声に顔を上げると、彼は私の背後を見ていた。そちらを振り向くと、確かにこっちを見ている女の子四人組が。って、あれ……?

「あ、やっぱり雅美ちゃんだ★」

「ジェラートさん!」

四人組の真ん中にいたツインテールの子がこちらに駆けて来る。友達らしき三人は、そのまま空いているテーブルに座った。

「どうしてここに?」

「えー?そんなの決まってるじゃん♪友達と遊びに来たの★」

ということは、あの三人がジェラートさんの正体を知っても友達を辞めなかったっていう強者達か。ショートカットの子、毛先の跳ねたボブの子、ロングでおでこを出している子の三人が、ちらちらとこちらの様子を窺っている。もしかしたら、自分達以外にジェラートさんに知り合いがいたことに驚いているのかもしれない。

「そちらの人は?」

「あ、この人は……」

ジェラートさんが店長の紹介を求めてくるので説明しようとしたら、店長が勝手に名乗り出した。

「僕は何でも屋の店長。雅美ちゃんの上司」

まぁ自分で名乗ってくれるならそれでいいですけど。私は紹介しようと開いた口をそっと閉じた。

「そうなんですかー☆私はジェラート・トライフルです♪ついこの間雅美ちゃんと知り合ったの★」

ジェラートさんはニコニコしながらそう説明した。この子はいつもニコニコしているが、どうしてこんなにテンションが高いんだろう。

「店長さんと一緒にネズミィーランドに来るなんて、雅美ちゃんと店長さんって仲いいんだね★」

「あ、これはちょっと仕事で……」

そこで私はとある不安がよぎってついこう聞いてしまった。

「まさかジェラートさん、また私達の敵の雇われとかじゃないよね?」

「ないない、ないよぉ。遊びにきたって言ったじゃん♪」

「そうだよね。ははは」

笑って否定するジェラートさんに、内心ほっとする。ジェラートさんが敵に回ったら今度こそ命が危ない。

「ジェラート」

ちょっぴり雑談をしていると、いつの間にかジェラートさんの後ろに友達のショートカットの子が立っていた。なかなか帰ってこないジェラートさんを迎えにきたのだろう。

「じゃあね雅美ちゃん、また会ったらよろしくね★」

ジェラートさんは手を振りながら友達の待つテーブルに帰っていった。こんなに広い園内なのだから、さすがにもう会わないとは思うが……。やはり同じ空間に知り合いがいると思うと少し警戒してしまうな。なんだかやりにくくなったなぁ。

でもジェラートさん、今は友達達と普通に笑いあっている。この前は少し狂気じみていて怖いと感じたけど、まだまだ十七歳の女の子なんだなぁ。

「雅美ちゃん、もう行くみたいだよ」

店長の声に、私は革口さん達のテーブルに目を向ける。すでにオムライスを食べ終わった店長は、ストローでジュースを飲みながら革口さん達の様子を監視していた。

「え!もうですか!?」

私まだミッキィー……ではなくて、ハンバーガー食べ終わってない!ジェラートさんと話していたせいで食べるのが遅くなってしまったのだ。

「僕らが怪しいからさっさと行こうってことになったのかな」

他人事みたいに言わないでいただきたい。だいたい私達の尾行が栗山さんにバレたのは、もともと目立つ店長が隠れようともしないからだと私は思う。私はちゃんと「こっそり」を意識して行動してるもん。

私はまだ半分も食べていないハンバーガーを紙に包むと鞄に突っ込んだ。そして店長の手からジュースの入った紙コップを奪い取り、トレイと一緒にゴミをまとめる。

「もう出ていっちゃう。早く行きましょう!」

レストランから出ていく革口さん達の後ろ姿を目で追いながら、ゴミをゴミ箱に捨てる。慌ててレストランから出て辺りを見回したが、二人の後ろ姿は見当たらなかった。

「どこ行ったんだろう……」

「雅美ちゃん、こっち」

腕を引かれたのでそちらの方へ歩いて行くと、少し離れた所に革口さんと栗山さんの背中を見つけた。けっこう遠いところにいるが、私達から逃げるため走ったのだろうか?なら私達の存在は革口さんにもバレている?

「店長少し走りましょう。このままじゃまた見失っちゃいます」

「ちょっと待って、見失ったのは雅美ちゃんだけ……」

「細かいこと言ってないでさっさと走りますよ!」

今度は私が店長の腕を引いて、革口さんの背中を追って走り出した。




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