増えると嬉しい秘密2
「あ、こっちっす、こっち」
白虎店の店内に入ると、藍本さんがこの前とは違う会議室に私達を案内した。
「すんません、この前の部屋今他の人達が使ってて」
藍本さんはそう言いながら私達の前にコーヒーを置いた。先日鳥山さんが出したコーヒーはコーヒーカップに入っていたのに、藍本さんの出したものは紙コップだった。そんな細かいことは気にしないけどね。
「鳥山さんはまだなんですか?」
部屋の中に鳥山さんがいないことを不思議に思って、藍本さんに聞いてみる。この前までは藍本さんと話すのも緊張していたが、今は同じ仕事を解決した仲間のような印象で、気づいたら自然にそう尋ねていた。
「ああ、なんか病院寄ってから来るって」
「病院ですか?」
まさかこの前の怪我が……。そう思ったのが顔に出ていたのか、藍本さんは少し笑って説明した。
「怪我はたいしたことねーってさ。かすり傷とか。たださ、あいつ昨日も仕事来てガリガリ報告書書いててさ。さすがに店長が明日は絶対病院行けっつって渋々寄ってくるらしい」
「あ、あぁ~~……」
ちらりと横の店長を見てみる。すると私の予想通り、店長は楽しそうに笑っていた。
鳥山さんは昨日も仕事に来て報告書を書いていたのか……。って、それは全部私がやらなかったことだ!鳥山さんが出来て私にできなかったこと、また増えてしまった。
私なんて昨日一日中筋肉痛で身動きひとつ取れなかったのに、鳥山さんはすごいなぁ。やる気も実力も、私とは大違いだよ。
それにしても、いい加減店長のニヤニヤ笑いがムカつく!私はキッと店長を睨み付けた。
「朝イチで病院行ってそのまま仕事来るって言ってたから、多分そろそろ来ると思うんすけど……」
藍本さんがそう言った直後、ドアの向こう側で「おはようございます」という鳥山さんの声が聞こえた。どうやら今出勤してきたようだ。
ちらほらと挨拶が返ってきたと思ったら、今度は白虎店の店長の声が聞こえてきた。その声音は少しあたふたしているように感じる。
「鳥山、怪我は!?大丈夫だったのか?昨日すぐ病院に行かなかったから、悪化しているんじゃないのか?ちょっと腕を見せてみなさい。包帯は?おい、鈴鹿!救急箱を持ってきてくるぼァアッ」
「うるっっさいです店長!怪我はたいしたことないから大丈夫です!私疲れてるんですそっとしといて貰えますか!?」
な、何かすっごい怒鳴ってる……。私は鳥山さんの怒鳴り声と、拳が人の頬にぶち当たったような音に、肩をビクッと跳ねさせた。今完全に殴ったような音がしたけど、ははは、まさかね……。
「今、殴ったね」
「そうすね……。鳥山は怒ってても怒ってなくても怖い」
店長と鳥山さんの会話に、私のかすかな望みは吹き飛んだ。鳥山さんやっぱり殴ったのか!相手は店で一番偉い人なのに。
私も隣に座っているこの、外出してばっかりでろくに店にもいない店長を、本気で殴りたいと思ったことは何度もあるけれど、まさかホントに上司を殴るなんて。というより、躊躇なく他人の頬に拳をめり込ませたのがすごい。
ガチャッとドアが開いて、仏頂面の鳥山さんが顔を出した。彼女は、ニコニコしている店長、笑いをこらえている藍本さん、不自然に目を反らしている私を見て、
「……何よ」
と眉をひそめて呟いた。
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