増えると嬉しい秘密3




「君が荒木さんか。初めまして、俺は白虎店の店長をやっている者です」

「は、初めましてっ。朱雀の荒木雅美ですっ」

簡単な話し合いが終わり、店長の後にくっついて会議室を出ると、ドアの前で待ち構えていた白虎店の店長さんに話し掛けられた。彼の隣には、仕事のできるOL風の女の人が立っている。秘書だろうか。年は二十代前半くらいで、まだ若そうだ。

緊張で背筋をピンと伸ばして挨拶する私に、白虎店の店長さんは心配そうな顔でこう言った。

「荒木さん、蓮太郎に何か嫌なことされたら何でも俺に言うんだぞ。蓮太郎に文句があるのなら、遠慮なく俺に伝えてくれ。微力ながら力になろう」

「は、はい……。蓮太郎?……さん?」

どこかで聞いた気がする名前に、誰だったかと考える。しかし相手は私が当然知っているだろといった感じで話している。私が忘れているだけに違いない。早く思い出して話を合わせなければ。

ここで、隣で黙って私と白虎店の店長さんのやりとりを眺めていた店長が口を開く。しかもわざとらしい嘘泣き付きだ。

「雅美ちゃん、まさか自分の店長の名前も覚えていないだなんて」

ああそうだ。普段「店長」としか呼んでいないからすっかり忘れていたが、店長の名前は蓮太郎だった気がする。私は作り笑いを浮かべながら弁明した。

「そ、そんなんじゃないですよ。たまたま思い出せなかっただけと言いますか……。うん、そうです。思い出せなかっただけです」

「まぁいいけど。そういえば鈴鹿ちゃん久しぶり」

店長はあっさりと嘘泣きを止めて、OL風の女の人に話し掛けた。元々嘘泣きだとわかっていたけれど、弁明した自分が馬鹿馬鹿しくなる。

「お久しぶりです」

OL風の女の人━━鈴鹿さんは軽く頭を下げた。形式ばった会釈だ。

「相変わらず鈴鹿ちゃんは固いなー。ねぇにぃぽん」

「鈴鹿は真面目で頼りになるやつだ。お前に鈴鹿の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ」

店長は白虎店の店長さんに同意を求めるが、白虎店の店長さんはそれを一蹴する。話してみて感じたが、おそらく白虎店の店長さんも真面目で実直なタイプだろう。

改めて鈴鹿さんを見てみると、彼女は少し顔を赤らめて俯いてた。この反応はどういう意味なんだろう。

「そういえば雅美ちゃんは鈴鹿ちゃんと話すの初めてだよね。紹介しないと」

鈴鹿さんのよくわからない反応について考えていると、店長がそう言って鈴鹿さんを見た。私がもう一度鈴鹿さんの顔を見ると、彼女の顔は初めのクールな表情に戻っていた。

「鈴鹿遊宇火(すずかゆうこ)です。この店の店長補佐をしています。よろしくね、荒木さん」

「あ、鈴鹿さんって名前じゃなかったんですね」

思わずそう言ったら、鈴鹿さんは「よく言われます」と少しだけ微笑んだ。今まで澄ました顔で立っていたが、こうして崩した表情を見ると、親切そうな人だなと思う。

「だ、だって店長がちゃん付けで呼んでたから……すみません」

「うん、雅美ちゃんは僕のことを変態だと思ってるらしいからね」

「え゛っ」

店長の言葉に私は思わず顔を青くする。あの時の藍本さんとの会話、店長に聞かれていたなんて!

「ふふん、この僕が聞いてないと思った?」

「だって店長なんにも言わなかったから!」

「後でからかうのに使おうと思って」

「店長、私も殴っていいですか。ちょっとイラつきました」

私が拳を握りしめると、店長は全然ごめんと思ってなさそうな顔で「ごめんごめん」と笑った。




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