友達になっちゃいけない人ってどんな人?




「北野さん、なんで?」

「たまたまだ」

突然現れた北野さんは、驚く私に曖昧な答えを返すと、腰に提げている日本刀を抜いた。その刃は街灯の明かりを反射して白く光る。

女の子は私達に興味をなくしたらしく、鳥山さんの身体から足をどけ、自分の腰に提げている刀に手をかけた。シャキンと音がして、女の子の体格にはいささかゴツすぎる刀が抜かれた。

女の子はもう片方の足に掴まったままの私の手を振り払う。刀を構えた二人は、しばらくそのまま睨みあった。

実を言うと、私と北野さんは知り合いだ。私が高校二年生の冬までバイトしていた飲食店で、一緒に働いていた間柄だ。北野さんは私より二つ年下だが、仕事の上では彼女の方が先輩だった。

私達は顔見知りだが、それほど仲がいいわけでも、よかったわけでもない。北野さんは誰がどう見ても一匹狼で、その鋭い眼光は人を寄せ付けなかった。そのくせ店を取り仕切っていたのは彼女で、つまりは彼女に逆らえる者は一人もいなかったのだ。

そして、私も彼女の独裁から逃げ出した者の一人だった。

「久しぶりね、元暴君さんっ♪研究所の人達にはこの前会ったけどね★」

「どうでもいい」

「お寿司屋さんでいっぱいお話しちゃった♪」

「私には関係ない」

「玲那ちゃんともお話したかったなぁ★」

「気安く名前を呼ぶな」

私はいまだにアスファルトの上に転がったまま、二人の会話を聞いていた。

二人がいったい何の話をしているのか全くわからない。この二人は知り合いなのか?女の子の方は北野さんの名前まで知っているようだし、何でこの二人が知り合いなんだろう……。

しかし仲は思いきり悪そうに見える。北野さんは抑揚を付けずに返事をしているし、その表情は不機嫌そうだ。いや、でも女の子の方はわりと友好的……?北野さんだって、いつもこんな感じの態度だったような気も……。知り合いどころか、二人は友達なの?

私が二人関係についてあれこれ思考を巡らしていると、すぐ側でぐったりしたままだった鳥山さんが口を開いた。

「ゲホッ、ゴホッ、あいつ、私、あいつ知ってるわ……ッ」

「トリヤマさん!無事!?」

腹を押さえながら咳き込む鳥山さんに、私はなんとか上体を起こして近づく。北野さんが女の子の相手をしているうちに、せめて傷の具合だけでも確認しないと。

「あいつ、私の学校の二年よ、見たことある」

鳥山さんの高校がどこだかは知らないが、やはり私達とかわらないくらいの年だった。そんな女の子が、「何でも屋」で「今日の仕事は日波さんを無事に逃がすこと」?もうわけがわからない。

「北野さん、北野さんは大丈夫かな……」

私が顔を上げると、二人の戦いはすでに始まっていた。低い姿勢で飛び込んだ北野さんの刀を、女の子は刀で力任せに受ける。北野さんは女の子のパワーを上手く受け流して、身体を一回転。そのまま流れるような動きで刀を振るう。速い。でも、女の子は異常なまでの反射神経と動体視力でその攻撃も刀で受ける。

女の子は常に片手で刀を扱っている。日本刀がどれ程の重さなのか私にはわからないが、そうとう重いだろう。それを軽々と片手で振り回している。北野さんでさえ両手で柄を握っているのに。

北野さんの流れるような一撃を刀で受け止めた女の子は、もう片方の手で突きを繰り出した。連続して二発のパンチを、北野さんは少々体勢を崩しつつかわす。このまま接近していては危険だと思ったのか、北野さんは懐から取り出したクナイを投げつけると後ろへ飛んだ。北野さんが持っているクナイは、おそらく始めに女の子が大量に投げ付けてきたものを拾ったのだろう。

後ろへ一歩飛んだ北野さんは、クナイを手で払っている女の子に、再びクナイを投げつけた。投げると同時にまた接近する。だがやはり女の子には傷ひとつつけられなかった。

すごい戦いだ……。あんなところに入ったら一瞬で八つ裂きだろう。私はしばらく二人の馬鹿みたいな強さに目を奪われていた。しかしハッと我に返る。

北野さんが女の子の相手をしてくれているうちに、鳥山さんを安全な所に移動させなければ。北野さんがなぜ私達の味方をしてくれているのかはわからないが、時間は今しかない。

私は身体に力をこめて立ち上がると、鳥山さんの手を取った。

「鳥山さん、動ける?」

「私は大丈夫よ。それよりあんたこそ大丈夫なの?」

「あは、けっこうヤバいかも……」

「笑い事じゃないわよ……」

「それより今は早く安全な所に行こう。鳥山さん立って」

私は鳥山さんの腕を引いたが、しかし鳥山さんは私の手を払いのけた。

「休憩は十分したわ。あんたはここで見てなさい」

「えっ、鳥山さん!?」

鳥山さんはそれだけ言うと、鞭を掴んで戦う二人の方に近づい

ていった。あの二人に混ざるなんて……自殺行為だ!

私は慌てて手を伸ばしたが、鳥山さんを捕まえることはできなかった。彼女は走りながら、スカートの中に隠し持っていたワイヤーを出す。そのワイヤーの先には小さな刃物がついていて、鳥山さんは腕を大きく振ってワイヤーを投げた。

鳥山さんの放ったワイヤーは、見事に北野さんと組み合っていた女の子の左腕と右足に巻き付いた。鳥山さんはそれを確認すると、素早く近くの電柱を半周する。すると、電柱が支点になってワイヤーがピンと張る。

「くっ、」

鳥山さんがしようとしていることがわかったのか、女の子は刀で足のワイヤーを切ろうとした。しかし鳥山さんはワイヤーを引く手に更に力をこめる。

「そんな刀じゃ切れないわよ!象だって持ち上げる特別製なんだから!」

女の子がワイヤーに気を取られた隙に、北野さんが一歩踏み込んだ。

「やばっ……」

ここでようやく女の子の表情が変わった。今までニコニコと笑みを浮かべながら戦っていた女の子の顔に、焦りが浮かんだ。

踏み込んだ北野さんは、躊躇なく刀を振るう。彼女は生身のはずの女の子をバッサリと切り捨てた。

「え、ちょっ!」

生身の人間相手に、さすがにそれはやり過ぎだろう!と焦ったが、女の子からは思いの外血が出ていない。どうやら左手に持っていたクナイで、ギリギリ斬撃の軌道をそらしたようだ。

しかし、女の子はいまだワイヤーに捕まっていて身動きが取れない。北野さんはすぐに刀を返し、今度は下から上へ切りつけた。

「くっ、」

女の子はそれをもクナイで受け止める。なんて身体能力だ!それだけでも十分驚きなのに、身動きの取れない女の子はさらに予想外の行動をした。

「!?」

「えっ」

「まじっ?」

北野さん、私、鳥山さんが各々の反応をする。そのどれもが驚きを現すものだった。

なんと女の子は、北野さんの刀を右手で握りしめたのだ。刃を握った手からボタボタと血が流れ落ちる。

あ、ありえない!刃を握るなんて!

しかも北野さんが刀を引いてもびくともしない。そんなに強い力で握ったら、指が切り落とされてしまう。私は思わず手で口を覆った。

引いても離してくれないとわかった北野さんは、刀は離さずに、そのまま女の子の横腹に蹴りを入れた。

「ぐふっ、」

女の子はくぐもった悲鳴を上げる。が、バキッという今までに聞い

たことがない破壊音に目をやると、北野さんの刀が折れていた。女の子は蹴られるのとほぼ同時くらいに、素手で北野さんの刀を折ったのだ。

「貴様……ッ、また私の刀を折ったな!」

北野さんは握っていた柄をパッと離し、その手を女の子の肩につく。離した柄が地面に落ちる頃、北野さんは浮いていた。肩に乗せた手を支点にし、地を蹴ったのだ。

北野さんはそこから体勢を変え、女の子に力任せのドロップキックをお見舞いした。

「うわっ!」

「やばっ」

私と鳥山さんの視線の先で、女の子はブロック塀にめり込んだ。ガラガラと音を立ててブロック塀が崩れる。鳥山さんは北野さんの蹴りの弾みでワイヤーから手を離していたが、女の子の手足にはまだワイヤーが絡み付いていた。

「あれれれれ、なんか強くなったんじゃない?★」

「貴様が弱くなったのだろう」

「殺しちゃダメって言われてるの。気分が乗らないんだ★」

女の子はさっきまでのニコニコスマイルではない、苦笑いで答えた。戦いの最中でも笑顔を絶やさなかった女の子は正直不気味だったが、この苦笑いには少しだけ人間らしさを感じた。言っていることは全然人間らしくないが。

その時、私のケータイの着信音が鳴り響く。これはメッセージを受信した音だ。数秒差で鳥山さんのケータイも鳴る。

この状況でメールを開こうか迷ったが、送信者は店長かもしれない。それに女の子は座り込んでいるし、戦う気も失せているようだ。鳥山さんもケータイを取り出したのを見て、私も今メッセージを確認することに決めた。

ポケットからケータイを取り出し、受信したばかりのメールを確認すると、相手はやはり店長だった。

【日波さん無事捕獲。店に帰ってきて】

よかった、店長達日波さんを捕まえてくれたんだ。なら、私達がここにいる理由はもうない。なんだかんだで頼りになる店長、ありがとう!

鳥山さんの方を見ると、鳥山さんもこちらを見ていた。おそらく私と同じことを考えている。

「ひ、引き上げる?」

「そうね。でもこいつ……どうするの?」

手足にワイヤーを絡めてブロック塀の中に座り込んだままの女の子を見て、鳥山さんは言った。それに答えたのは私ではなく北野さんだった。どうやら私達の雰囲気から、私達がここから立ち去ることを感じ取ったのだろう。

「放っておけばいいだろう」

「まぁそうだけど……話を聞きたいのも事実なのよね」

鳥山さんは女の子が発した「何でも屋」という言葉が気になっているんだろう。それは私も気になる。私達の他にも「何でも屋」が存在するのか?

それに正直この女の子事態脅威だ。今後仕事でぶつかることがあると思うと身体が震える。

私達の鋭い視線に、しかし女の子はヘラヘラと笑ってこう言った。

「私もみんなとお話したいな~♪」

拍子抜けだ。




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