悪戦苦闘、まさかの相手




私が日波さんの後ろ、鳥山さんが日波さんの前に飛び降りた。挟み撃ち作戦だ。

私は着地の際にふらつくが、鳥山さんは華麗にアスファルトの上に降り立つ。日波さんは真後ろの私の無様な着地は見えなかったようで、鳥山さんの洗練された動きにビビってくれた。

「な、なんだあんた達は!田中の雇った奴等か!?」

あ、やっぱりそういう風に思われてるんだ。まあ、実際そうなんだけどね。

「私達が誰かなんてどうでもいいでしょ。日波平介!貴方の身柄を拘束します」

言い終える前にすでに鞭を振るっている鳥山さん。さっき二人で立てた簡単な作戦。まず鳥山さんが攻撃。日波さんが鳥山さんの鞭に気をとられている隙に、私が背後から攻撃。鞭で気絶させるのは難しいが、スパナなら簡単だ。

脅して連れて歩く方法もあるが、意識があるとまたあの雇われの男達を呼ばれたら厄介だ。気絶させて近くに隠し、店長や藍本さんが来たら運んでもらうのがベストだろう。

日波さんは「ヒィッ」と悲鳴を上げながら、鳥山さんの鞭ををアタッシュケースで防ぐ。私が近づこうとしなくても、後退りする日波さんは勝手にこちらに寄ってきてくれた。

私は残りわずかとなった日波さんとの距離を一気に詰めようと静かに走り出す。頭は危ないから、まずは膝でも叩くことにしよう。鳥山さんがナントカという薬品名の眠り薬を用意していると言っていたから、日波さんが戦闘不能になったらそれで眠らせてもいい。鳥山さんはスパナ推しなのだが、私的には不用意に頭を殴って人殺しになるのは御免だ。

まぁ、人殺しになったとしてもその罪は揉み消されちゃうんだろうけどね。無駄にすごい「何でも屋」の力について考えながら日波さんに接近する。

日波さんの右膝を狙って、横凪ぎにスパナを振るうイメージをする。日波さんとの距離はあと一メートル。握り直した六角スパナを振り上げたところで、突然降ってきた大量のクナイによって私の進路が妨げられた。

「えっ!?」

慌てて後ろに跳びすさる。鳥山さんを見ると、彼女も目を大きくして驚いていた。

「あ、ああ、君を雇っておいてよかったよ」

安心したような日波さんの声に視線を落とすと、彼は尻餅をついた格好で上を見上げていた。上に誰かいる。鳥山さんの纏う空気がぴりぴりしたものに変わった。彼女も緊張している。

まさかあの男達の他にまだ誰か雇っていたなんて。勝利は目前、私も鳥山さんも今回の任務の成功をほぼ確信していた。

すぐ隣の屋根の上に、一人分の影が見えた。こちらに降りてくるつもりらしい。相手の上という優位な位置を軽々捨てて私達に姿を現すなんて、どうやら相手は戦闘にかなりの自信があるようだ。私と鳥山さんは腰を低くして撃退する体勢を整えた。

「よい、しょっと」

いや、それいらないだろう、という掛け声と共に屋根から降りてきたのは、私達と変わらないくらいの年の女の子だった。その子が身に付けているフードつきのパーカーとひらひらしたスカートは、私と鳥山さんを呆然とさせるのには十分だった。

「日波さん、だいじょーぶ?♪」

空から降ってきた女の子は、ころころと鈴が鳴るようなかわいらしい声で日波さんの安否を確認する。日波さんは尻餅をついた体勢からようやく立ち上がった。

日波さんは立ち上がったが、私はまだビックリしたまま身体を固めていた。どんな強そうなボディーガードが出てくるのかと思えば、まだ高校生くらいの女の子なんて……。

でも、降ってきた大量のクナイと、屋根から降りたときの身のこなしを見るに、きっとこの子は強い。

「誰?あんた。私達の邪魔するならあんたも始末するけど?」

女の子のは反対に、ドスの利いた低い声でそう言う鳥山さん。私もスパナを握り直しして、できるだけ怖い顔で女の子を見た。

「ていうかぁ、始末するの私の立場だし?むしろあなた達誰?みたいな♪」

「見たらわかるでしょ。あんたの敵よ。わかったらさっさと逃げたら?」

鳥山さん、きっとこの子の喋り方に苛々してるんだな。この女の子は声も高いが、喋り方がチョコレートのように甘ったるい。鳥山さんとは合わないタイプだろう。

それと。私にわかるということは、この女の子が強いってこと、鳥山さんも気づいてる。だからわざと強そうなことを言って、女の子に退散してほしいのだ。戦って勝てるかどうかわからない。ならハッタリでも脅しで戦わないように仕向ける。

「敵なら倒すまでっ♪私は強いから、覚悟してねっ♪」

「じゃ、じゃぁ、ここは任せたからな……っ」

しかし鳥山さんの作戦は失敗に終わったようだ。女の子は自分の力にそうとう自信があるらしい。逃げるという選択肢はないようだ。 

私達の相手は女の子がしてくれるとなると、日波さんも逃げるべく走り出してしまう。どうしようかと迷ったが、鳥山さんと目が合う。「追え」と言っていた。私はひとつ頷くと走り出した。

あの女の子はきっと強い。鳥山さん一人じゃ荷が重い。さっさと日波さんを捕まえてここに戻ってこなければ!

しかし、走り出した私の左腕に何かが絡まった。

「痛っ!」

思いきり引かれて私の腕の骨と左肩が悲鳴を上げた。私の左腕に絡まったのは、女の子が放ったロープのようなものだとすぐに理解した。理解はしたが、このロープ、全然ほどけない!

「私、今は"何でも屋"をしてるの♪今夜の仕事は日波さんを無事に逃がすこと。だからあなたは行っちゃダメ★」

女の子はそう言いながらもものすごい力でロープを引っ張る。

「うわ、うわわわわっ」

何この馬鹿力!どんどん引きずられていく!立っていられなくてお尻をついた私を、女の子は私の左腕に絡めたロープでブンブン振り回す。私はアスファルトに投げ出され引きずり回される中、腰に仕込んでおいたナイフで慌ててロープを切った。

よほど強い力で引っ張られていたのだろう、ロープはブチンという大きな音をたてて切れ、私は反動で少し後ろに飛んだ。身体中をアスファルトに打ち付けられて痛いが、寝たままではいられない。私は左肩を押さえながら立ち上がる。

鳥山さんもさっきまでの十倍、女の子を警戒している。どうやらこの女の子、ただの女の子じゃないらしい。とくに力みもせず、軽々と私を振り回してみせた。馬鹿力どころの話ではない。

というか、「今は」何でも屋って、「元」は何だったの!?殺し屋!?スナイパー!?秘密結社のボス!?こんなのと戦って、私達生きて帰れるの!?

「反撃、行きまーっす★」

元からこっちも攻撃してないよ!とツッコミたいのを我慢して女の子の次なる攻撃に備える。

女の子はペロッと一瞬だけスカートをめくったかと思うと、手に何か黒くて小さいものを持っていた。それに刺さっているピンを抜き、私達の方に投げつける。

待ってそれ爆だ……。

思うより早く地面に伏せる。鳥山さんがちゃんと伏せれたか確認する余裕もなかった。だがそれは鳥山さんも同じだろう。

私が崩れるように地面に伏せたのと同時に、大きな音と共に爆弾が爆発する。ものすごい爆風で、伏せていたのに吹き飛ばされてしまった。背後のブロック塀に背中を打ち付け、私は肺の中の空気を吐いた。

「かはっ。ゴホッ、ゴホッ」

火薬の量はたいしたことないが、辺りを吹き飛ばすのに特化した爆弾だったのだろう。詳しくないので推測でしかないのだが。まだ砂ぼこりが舞っているが、この爆風の中で女の子がさっきと同じ位置に立っているのは確認できた。

たいした規模の爆弾じゃなかったが、私と女の子の距離はかなり離れてしまった。ちなみに鳥山さんは女の子を挟んで正反対の位置で身体を起こしたところだった。よかった、とりあえず無事なようだ。

まぁ、近かろうが遠かろうが、一人だろうが二人だろうが、勝てるかどうかはわからないのだが。しかしいきなり爆弾を投げつけてくるなんて……。

「お前は自殺志願者かッ」

あ、先に鳥山さんに言われちゃった。

性分なのかこんな時でもきっちりとツッコミを入れてくる鳥山さんだが、右手に鞭、さらに左手に大ぶりのナイフを構えながら、ピリピリとした空気を纏っている。

ふっと息を吐くと、アスファルトを蹴り女の子に突っ込む鳥山さん。私も援護しなきゃ!

今は日波さんなんて構ってられない。ここでこの女の子を倒せなければ、日波さん捕獲どころか私達の命が危うい。

真っ直ぐ突っ込むと思わせて、鳥山さんは女の子の目の前で数回ステップを踏み撹乱させる。背後は取れなかったが、それでも正面から一瞬にして真横に回り、女の子に向けて鞭を振るった。

何回も何回もものすごい速さで鞭が振るわれるが、女の子は涼しげな顔でそれを全てかわしている。じ、尋常じゃない……。私が今見ているのは現実だろうか。ドラマでも見ているのではないだろうか。

この女の子は明らかに人間の動きをしていない。こんなのに勝てるの?勝てるはずないじゃん……。私達普通の女の子だよ?

絶望し始めた私の耳に、鳥山さんの悲鳴が聞こえてきた。いつも強がっていて上から目線の鳥山さんの、初めて聞く悲鳴。

鞭の隙間を縫って延びてきた女の子の拳が、鳥山さんの肩の辺りにあたったのだ。馬鹿力のあの女の子のパンチだ、そうとう痛いだろう。しかし鳥山さんは一歩も引き下がらずに、攻撃の手も止めなかった。

私は鳥山さんの悲鳴で我に返った。年下の女の子にばっか戦わせて、何勝手に絶望してるんだ私は!

私は一、二メートル先のアスファルトに飛び付くと、先程女の子が投げ付けてきたクナイを持てるだけ抜き取った。それをトリヤマさんの鞭をかわし続ける女の子に向けて放つ。私だって戦える!

しかし恐ろしいことに、女の子は鳥山さんの鞭をかわしながらクナイまで避けてみせた。

「ま、まじ!?」

鞭を振るっていた鳥山さんが、さすがに女の子から距離をとる。攻撃をし続けて疲れただろうし、何より鞭をかわしながらクナイもかわすこの化け物に、これ以上同じ攻撃を続けても意味はないと思ったのだろう。

しかし、意味ならあった。私達はすぐに気づくことになる。鳥山さんの攻撃は、一応は女の子の動きを止めていたという意味があったことに。

「なんか、あんまり強くないんだね」

フードの下から落胆した声が聞こえる。弱くて悪かったな、と心の中で悪態をつきつつも女の子の動きを警戒していると、彼女はスカートの中から何かを取り出した。それが何か確認できないうちに、私達に向かって投げ付けてくる。

「!?」

とっさにしゃがみ込む。鳥山さんは左に跳ねた。私の頭の上を鉄の塊が通過し、後ろの塀に突き刺さった。

振り向いて塀に突き刺さったものを確認する。……クナイだ。さっきあんなに降らしたのに、どこに何本隠してるんだ!

女の子は私が立ち上がるより早く、距離を詰めてくる。本当に一瞬だった。ちょっと離れたところにいた女の子が、一瞬で私の目の前に。

やば、まだ体制が……。

「ぎゃっ」

思いきり蹴られ、私の身体は吹っ飛んだ。私の身体は文字通り宙を舞ったのだ。

とっさに腕を交差してガードしたが、痛いなんてものじゃない。もしかしたら腕にヒビが入っているかもしれない。

吹っ飛んだ私の身体は、しばらく空中浮遊を楽しむと、背中から地面に着地した。

「かはッ」

背中に激痛が走る。腕も痛い。足に力が入らない。それでも右手にスパナが握られたままなのを確認して一安心する。私の武器はこのスパナと、使いなれていない小ぶりのナイフしかないから。

地面に仰向けになったまま女の子の方に視線を移すと、鳥山さんがその後ろに回り込んでいるところだった。私がされたように女の子に蹴りを入れようとする鳥山さん。しかしその足を女の子に捕まれ、そのまま力まかせに振り回される。

いったいどんな馬鹿力だ!女の子が人間を一人、まるでオモチャで遊ぶように振り回している!

何回か空中を回転させられた鳥山さんは、そのまま近くのブロック塀に叩きつけられた。ものすごい勢いでブロック塀に突っ込まれていたが、鳥山さんは生きているだろうか。砂ぼこりの隙間から見えた鳥山さんはぐったりと力なく壊れた塀にもたれていた。

女の子はもう動けない鳥山さんにトドメをさそうと近づく。このままじゃ鳥山さんが殺されてしまう!もう、私が行くしかないじゃん!

くらくらする頭とふらふらする足でなんとか立ち上がる。他に攻撃方法が思い浮かばなかったので、私は女の子にタックルをかました。しかし、簡単に手で払われてしまう。

手で払われただけで私は地面にたたき付けられた。も、もう立てない……。でも私が行かないと鳥山さんが……。

誰か助けて。泣きそうになりながらそう願った。でもこんな時間にこんな所に、こんな私達のピンチに、いったい誰が助けに来てくれるというのだろうか。

女の子は私を見向きもせずに、ブロック塀に半分めり込んでいる鳥山さんの腹に足をのせる。そしてそのままどんどん足に力を入れていった。

「が、はァ……っ、」

鳥山さんが悲鳴にならない声を上げる。もう抵抗する力も残っていないんだ。どうしようこのままじゃ、このままじゃ鳥山さんが死んじゃう……!

私はダメージと恐怖で動かない身体を無理矢理よじり、惨めにも地面を這った。ようやくたどり着いた女の子の足元で、彼女の地面についている方の足を掴む。その足を引っ張ったり叩いたりするが、びくともしない。

その時、鳥山さんの表情が変わった。

「あ……、あんた……!?」

冥土の土産に女の子の顔でも拝もうと思ったのだろうか。鳥山さんはわずかな力を振り絞って顔を上げたのだ。

今女の子は鳥山さんを見下している格好だ。たぶん、鳥山さんの位置からはフードの下の顔が見えたのだろう。

……知り……合い?見覚えのある顔だったから鳥山さんは驚いたのか?

そんな鳥山さんを無視して、女の子はさらに足に力を込める。鳥山さんの身体はミシミシと嫌な音を立てた。

「弱い子は……死、ん、じゃ、え ★」

「ゔ、ヴァ、ァ、」

「鳥山さん!」

手を伸ばすが、私の手は鳥山さんに届かない。ポロリと涙が流れた。なんて無力なんだろう。私には何もできない。鳥山さんが死んでしまう。

女の子が鳥山さんの腹を踏み潰すその直前、空から声が落ちてきた。

「弱い者イジメとは、やはり貴様は愚か者だな」

降ってきたのは声だけではない。鳥山さんの腹の上にあった足に、クナイが二本刺さっていた。

「いった……いなぁっ、もうっ!」

たいして痛そうでもない悲鳴を上げて、女の子は足に刺さっていたクナイを引っこ抜いて投げ返した。黒いクナイは黒い空へと消える。

誰……?かはわからないけど、私達の……味方?誰かが助けに来てくれたの……?

聞こえた声は、低かったが女の人の物だったと思う。それにこの声、昔どこかで聞いたような……。

「なんだ、荒木ではないか」

「え、あれ?なんで……」

闇の中から姿を現したのは、暴君北野玲那その人だった。



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