呉越同舟どこへゆく




「電気、ついてないね」

「……そうね」

「日波さんちゃんと部屋にいるのかな?」

「……そうね」

「まさかもう逃げたとかはないと思うけど……」

「……そうね」

「中の様子覗いてくる?あ、でもカーテンまで閉まってるか」

「……そうね」

現在時刻は夜の九時三十分。場所はアパート"灘"のちょうど向かいに建つアパート"ニューコロッセオ"。外観はボロボロの木造だが、このネーミングセンスには脱帽せざるをえないな。

私と鳥山さんは今、ニューコロッセオの一室を一晩だけ貸し切って日波宅を見張っている。こんなボロボロのアパートじゃ全然人が住んでいないらしく、空き部屋だらけだった。住んでいる人といえば、薄幸そうな男子学生と煮物作るのが上手そうなおばちゃんの二人だけ。このアパートが潰れたら二人の生活がどうなってしまうのか心配だ。

隣に座る鳥山さんは何を話しかけても「そうね」しか言わない。そろそろ私の心が折れそうだ。いや、よく考えたら向こうは私を敵視しているのに、私がわざわざ歩み寄る必要はないのではないか?なぜ敵視しているのかはわからないが、もう鳥山さんと仲良くなるのは諦めた方がいいのかもしれない。

でもでも。この仕事の間だけでも仲良くしないと。質のいい仕事は質のいい仕事仲間との関係から。二人でやってる以上「連係」を意識しないと。

ちなみに日波さんは見張りを始めて三十分間全く動く気配はない。コンビニで買ったクリーミーカルボナーラ(新商品)も食べ終わってしまったし、正直することがない。暇すぎる。でも隣の鳥山さんのおかげで息がつまりそうだ。

時間が無限にあるように感じるよ……。私は鳥山さんに気づかれないように、心の中だけでこっそりため息をついた。

「中に人はいるみたい」

「え?」

突然鳥山さんが「そうね」以外のことを言ったので、ビックリして顔を上げる。隣の鳥山さんは双眼鏡っぽい物で日波さんの部屋を覗いていた。

「それ何?」

「サーモグラフィよ」

すごい物持ってるんだな。白虎ではこれくらい普通なのかな。私は役に立つものを何も持ってこなかった自分が少し恥ずかしかった。

「部屋の中に一人分の体温の塊があるわ。ま、それが日波さん本人かどうかはわからないけどね」

あれ?私鳥山さんとこんなに話したの初めてかもしれない。もちろんお叱り以外の普通の会話で。まぁこの会話の内容を普通と呼んでいいのかはわからないけれど。

「日波さんが私達に気づいて身代わりを置いてるって可能性はないかな?」

「無くは無い……わね。ダミーに私達を引き付けておいてその間に高跳びって計画かも」

「私達にはともかく、田中さんには警戒してるはずだもんね」

すごい、すごいすごいすごい!鳥山さんと会話が成立している。この仕事受けてよかった!この仕事のおかげで鳥山さんと少し距離を縮めることができるかもしれない。

私が地味に感動していたその時、アパート"灘"に変化が現れた。なんと二〇一号室のドアが開いて、中から日波さんが出てきたのだ。

「え、え、え?出てきちゃった!」

「日波さん本人に間違いないようね。逃げるのかしら」

鳥山さんは取り出した写真で日波さんの顔を確認している。

「店長達に連絡した方がいいかな!?」

「そうね、私達は日波さんを追いましょう」

手早く荷物をまとめて立ち上がる鳥山さんに、私はあわあわと着いていく。まさかこんなに早く状況が動くなんて予想してなくて、私は正直テンパっていた。

荷物を引ったくるように手に取り、もう片方の手で店長にメッセージを打つ。電話ではなくメッセージを選んだのは、電話をしている声が聞こえて私達の存在がバレてしまうかもしれないと思ったからだ。

どうやら藍本さんには鳥山さんが連絡してるようだ。彼女もケータイを操作しながら歩いている。

前を歩いていた鳥山さんが玄関のドアを開けて外に出た。そこで突然鳥山さんの足が止まる。私は彼女の背中にぶつかりそうになるのを何とか回避する。ぶつかったら何て怒鳴られるかわかったもんじゃないからね。

何事かと私がケータイから顔を上げると、目の前には私と全く同じポーズで固まる鳥山さんがいた。

「「……え?」」

声まで綺麗にハモってしまう。こんなに鳥山さんと息ぴったりだったことが今までにあっただろうか。

予想もしていなかったドアの向こう側の光景に呆気にとられる私達に、目の前の大男が鉄パイプを振り上げた。私より一瞬早く化石から復活した鳥山さんが、とっさに私の腹をどつく。鳥山さんの肘が鳩尾にクリーンヒットして、私は「ぐえっ」と悲鳴をあげた。

そのままなだれ込むように部屋の中へ。もつれる足を無理矢理前に出す。

間一髪大男の攻撃はかわしたが、すぐに二撃目がやってくる。私と鳥山さんは床をギシギシいわせながら我先へと部屋の奥へと走った。すぐ後ろで大男が鉄パイプを床に叩きつけていて、弾け飛んだ床の破片が私の足にあたった。

私は握りしめていたケータイをポケットに突っ込み、代わりに六角スパナを取り出した。大男が現れたのが突然だった為、店長にメッセージを送れてない。送れる状況でもない。メッセージは書きかけのまま送信されていないはずだ。

そして更に最悪なことに、ここは二階だ。このまま部屋の奥に逃げても袋小路。目の前はもう先程まで日波さんを監視していた窓と壁、真後ろには鉄パイプを振り上げた大男。私は六角スパナをぎゅっと握り直した。

鳥山さんもいるし、一人くらいなら……。私だって修羅場くぐってきてるんだ!いつもいつも猫探ししてるわけじゃないんだから!

戦う気満々の私の意に反して、鳥山さんはスピードを緩めず部屋の奥に突っ込んで行った。ってちょっと待って!ここ二階!

鳥山さんはスピードを落とさずに窓枠に足をかけ……力強く窓枠を蹴って外に飛び出した!アパートの敷地が小さいためか、アパートの壁ギリギリにたててあったブロック塀に一回足をついて、そのまま道路に着地。私はその鮮やかすぎる動きに惚れ惚れする。

着地とともに振り向いた鳥山さんは、まだ部屋の中に突っ立っている私に、目で「何やってんの!」と言った。と、言われましても……今のを私にやれと?

私は一瞬にして窓から地面までの高さを想像する。そして身震いした。いやいやいや、無理ですって!この高さは……。

そこでハッと思い出した。私この前指輪を取り返す依頼で豪邸の二階から脱出したじゃん!あの高さに比べればボロボロ木造アパートの二階なんて訳ない……はず!

「命綱はない」という現実に自分が気付く前に腹を括る。助走をつけようと腰を引いたら私に、すぐ後ろの大男が鉄パイプを振りかぶった。

やばっ、コイツを巻きながらは無理!

私は無理矢理身体を捻って鉄パイプをバックステップでかわし、そのまま遠心力を利用して大男の骨盤のあたりをスパナで思いっきり殴った。

「~~っ!」

声にならない悲鳴をあげて腰を押さえる大男。彼はそのまま膝をついてしまった。自分でやったことだが、これは痛いに決まっている。

私はその隙に窓枠に足をかける。大男のうめき声を背中で聞きながら、意を決して思いきり飛び出した。

なんとかブロック塀に着地、そのまま地面へ。と思ったところで、最後の力を振り絞って立ち上がった大男が瀕死の攻撃を仕掛けてきた。

「荒木!」

「!」

なんとあの大男、鉄パイプをこっちに投げてきやがったのだ!このままいけば百パーセント私の頭にクリーンヒット。あれが頭に当たればさすがにあの世いきだろう。

私の十九年の人生もおしまいか、そう思ったところで鉄パイプが真っ黒な鞭に絡めとられ、ギリギリで軌道を変えた。鉄パイプが私の髪をかすめた一瞬の後、重力にならって私の身体がアスファルトに着地。顔を上げると、私の隣には鞭を持った鳥山さんが立ったいた。

「さっさと日波さんとこ行くわよ!」

「は、はいっ」

正直死に直面したばかりでまだ意識がハッキリしていないが、鳥山さんの鋭い一声が私の脳みそにカツをいれた。ジンジン痺れたままの足を無理矢理動かして、走り出した鳥山さんを追いかける。

すると後ろからドシン、と鈍い音が。

……まさか。振り返るとアスファルトに着地した大男が鉄パイプを拾っているところだった。

やばい!さすがに向こうも警戒している。さっきは私達が女の子だと思って油断しててくれたから何とか凌げたのだ。次はきっと勝てない。

「鳥山さ……。!」

再び前を向くと、私達の目の前には明らかに堅気じゃない雰囲気の人達がズラリと並んでいる。これは……かなりピンチだ。冗談じゃなく。せめて店長がいてくれたら……。

「こっち!」

鳥山さんが私の腕を引っ張った。痛い、と思う暇もなく、引きずられるように足を動かす。

鳥山さんが目をつけたのはアパート"灘"だった。幸い灘の敷地への入り口は私達のすぐ真横だ。私達が灘の敷地内に入ると、男達も追いかけてきた。

鳥山さんの後について、アパートの二階への階段を駆け上がる。

私達を追う男達。この人達はなんなんだろう。日波さんに雇われた人達なのだろうか。だとしたら、日波さんは本当に何者なのだろう……。

日波さんが使用していた二〇一号室まで走り、ドアを開け素早く身体を滑り込ませる。男達が到着するより一瞬早くドアを閉め、鍵をかけた。さらに側にあった靴箱をドアの前に移動させる。その間、ドアはドンドン叩かれたり、ガチャガチャとドアノブを回されたりうるさかった。

鳥山さんは男達がドアを叩くのにも焦らず冷静に、スカートの中から小型の機械のようなものを取り出した。……いったいスカートの中はどうなっているのか気になるところだが、今は余計なことは考えないでおく。

鳥山さんは機械を靴箱の上に固定し、機械から伸びた線をドアと機械の間でいじくっている。その様子をしばらく観察していたが、私には何をしているのかさっぱりだ。

こうしている間に男達のドアを叩く音は、ドアを破ろうとタックルをかます音に変わる。このアパートもそんなに頑丈な造りではないだろうから、このままいけばドアはすぐに破られてしまうだろう。

私が心配して鳥山さんを見ると、彼女はちょうど作業を終えたところだった。だいたい一、二分だっただろうか。作業を終えた鳥山さんはすぐに私を連れて部屋の奥に進んだ。

今まで散々馬鹿にされてきたけれど、鳥山さんって本当に仕事できたんだな。もしかすると私とそんなに大差ないと思っていたから、ちょっとびっくりだ。今まで彼女に馬鹿にされて悔しい思いをしてきたが、これほどの仕事を見せつけられると何も言えなくなる。

「連絡取った?」

またしても予備動作無しで尋ねてくる鳥山さんだが、これくらいの意味、私でもわかる。というか、今はそういう状況だ。しかし。

「あ、取ってない……」

完全に忘れていた。そうだ、そうするべきなのは猿でもわかることだろう。鳥山さんが機械を仕掛けているうちに、先程のメッセージを店長に送る。それだけでよかったはずなのに、それすら思い付かなかった。鳥山さんの鮮やかな仕事ぶりに見とれていて、そんなことすっかり忘れていたのだ。

鳥山さんは「ありえない」という顔で私を見ている。私も自分で自分を「ありえない」と思うよ。

「まぁいいわ。書きかけの文章なら私がさっき送っといたから。藍本のバカがあの文で気づけばいいんだけど」

あの時、鳥山さんはメッセージを送っていたんだ。あんな状況だったのに、どうしてそんなに冷静な判断ができるんだろう。

私も書きかけでも送っておくべきだった。送信ボタンをポンと押すだけだったのに、目の前の大男と鉄パイプに頭を支配されて、そんなこと考えられなかった。

書きかけのメッセージでも、店長なら絶対気づいてくれていたはずだ。むしろ書きかけのメッセージから私達の現状がピンチであることを察してくれるだろう。

なんだか、本当に申し訳ない。私の方が年上なのに、全然しっかりしていない。 全然、鳥山さんの方がすごいんだ。

鳥山さんは落ち込む私を放って、一番奥の部屋の窓から身を乗り出して周囲を確認し始めた。

「裏の方にはアイツ等いないみたい。窓から出て、さっさと日波さんを見つけましょう」

「は、はいっ」

そうだ、日波さん!日波さんがいないとこの仕事は失敗だ。日波さんは逃げてしまった。でも今ならまだ追い付ける。私達で捕まえるんだ。

落ち込むのは後。まずは任務の遂行!後悔なら仕事の後にいくらでもできる。でも日波さんは待ってはくれない。

鳥山さんは窓から身を乗り出すと、アパートの壁に取り付けられている排水管に片手をかけ、もう片方の手でスカートの中から出したロープを屋根の方に投げ付けた。どうやら屋根伝いに行くらしい。

地上には日波さんの手先の男達がいるし、それが安全なんだと思うけれど……やっぱ怖いな。屋根の上を歩いたことなんてないし。

鳥山さんはロープを使ってさっさと屋根に登ってしまう。本当に運動神経がいいんだろう、もたつく様子もなく彼女は屋根の上にたどり着く。

次は私の番だ。屋根に引っ掻けたロープを、さらに鳥山さんが押さえていてくれている。私はロープをちょっと引っ張ってみてから、勇気を出して窓枠から足を離した。

うぅ、宙ぶらりん状態だよ……。私が少し上に上がるたびに、ロープは左右にぶらんぶらん揺れる。落ちたら足の一本くらいは折れるだろうか。私は下を見ないように気を付けながら、少しずつ上を目指した。

鳥山さんよりは時間がかかったが、なんとか屋根の上にたどり着く。鳥山さんが伸ばした手に掴まったその瞬間、男達のタックルによって部屋のドアが破られた。と同時に玄関の辺りが爆発する。

やっぱりさっき鳥山さんがセットしていたのって、爆弾だったんだ。そうじゃないかとは思っていたが。

屋根の上からでは玄関の様子はよく見えないが、あの程度の爆発では死にはしないだろう。しかし騒ぎを聞き付けたアパートの住人達が、何だ何だと顔を出し始めた。

鳥山さんは爆発にほとんど反応を見せず、素早くロープを回収する。

「さぁ、日波さんを取っ捕まえるわよ」

あくまで「逃げる」じゃなくて「追う」なんだね。鳥山さんの心意気はさておき、私は日波さんの手先の男達から「逃げる」つもりで走ろうと思う。

「しっかり着いてきなさいよ」

鳥山さんはそれだけ言うと、助走をつけて勢いよく走りだした。

「ま、待って……」

アパートの屋根から大きくジャンプした鳥山さんは、屋根や壁、そのほかの障害物の上をぴょんぴょん跳ねたり手をついたりして移動している。

「に、忍者か……!」

「パルクールよ!」

訂正されてしまった。パルクールだかクルクルパーマだか知らないが、彼女の動きは私には忍者に見える。やっぱりSHINOBIはいたんだよ!日本といえばSHINOBIかSAMURAIだよ!

履いている靴がロングブーツにも関わらず、まるで踊るような動きでどんどん進んでいく鳥山さん。私は運動靴を履いてきてよかったと思いながら、必死で鳥山さんの後を追う。

恐怖でガタガタ震える足に「動け」と命令し、とりあえず鳥山さんが通った場所と同じところを同じように通ることにする。鳥山さんのようにキレイな形とは言えないが、私はなんとか屋根の上を走っていた。

後ろを振り向いて確認する余裕はないけれど、どうやら男達は私達が上に逃げたことに気づいていない様子だ。追ってくる気配もない。

それにしても、鳥山さん速いなぁ。もうちょっとゆっくりしてくれても……って、うわっ、落ちそうになった!ちょっとでも気を抜くとジ・エンドだな……。

十メートルくらい先の屋根で、鳥山さんが足を止めた。私はなんとかそこまでたどり着く。私は息を整えるより先に状況を尋ねた。

「はぁっ、どうしたの?」

「シッ、あそこ」

鳥山さんが指さす方を見ると、日波さんがアタッシュケースを大事そうに抱えて逃げているところだった。屋根の上を走ってきたので、かなりの道のりをショートカットできたようだ。私達は、少し肥満気味で足の遅い日波さんに追い付いたらしい。

「ふんっ、私から逃げられると思ったら大間違いよ」

とりあえず、鞭をにぎりしめ下界を見下ろす鳥山さんが怖かったです。



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