お腹が痛くなりそうだ2
約一時間後。私は店長の車の助手席に座って白虎店へ向かっていた。
「そういえば、なんで白虎店ってあんなキレイなんですか?」
「何?うらやましい?」
「というか、なんでうちってあんなにボロボロなんですか?」
「趣があっていいじゃん」
私が朱雀店の建物のボロさについて苦言すると、店長は苦笑混じりにそう答えた。店長の表情を見るに、彼もうちのボロさは十分わかっているのだろう。それでもリフォームや建て替えをしないのは何故だろう。まさか本当に趣がある建物だと思っているのだろうか?
「でもおかしいですよ。白虎店だけあんなにキレイなんて。社長に直談判しに行きましょうよ」
「雅美ちゃん自分の部屋にゴキブリが出たのが嫌なだけじゃない?」
「出てません!黒光りするコオロギみたいな昆虫なら出ましたけどGで始まる虫とは違います!」
「いや、全然違くないって。それゴキブリだって」
「違います!瀬川君の部屋と一緒にしないで下さい!」
私は乱雑に物が積み重なった瀬川君の部屋を思い浮かべた。彼の部屋に黒光りするGで始まる虫が出たかは知らないが、私の部屋に出てあの部屋に出ないだなんて、そんなわけないだろう。
しかし店長は私を絶望させる言葉を返してきた。
「でもリッ君の部屋って出たことないよね。雅美ちゃんの部屋、場所が悪いんじゃない?」
「だったら部屋変えてくださいよぅ」
「面倒臭いからいやだ」
こんな会話をしているうちに白虎店に到着する。駐車場に車を止め、建物の外壁に取り付けられた階段を上がる。すると二階にある店のドアの前で藍本さんに出会った。今出勤なのか、どこかから帰ってきたところなのか。
「あ、おはよーございます」
「うん、おはよう」
「お、おはようございます」
藍本さんの気だるそうな挨拶に、私達も挨拶を返す。足を止めずにそのまま店内に入り、会議室に向かった。
会議室に行く途中、私は昨日はいなかった人に気づいた。真っ黒のスーツをかっちりと着こなし、室内なのに黒いハットを被っている。年は店長より少し上くらいだろうか。二十代半ばくらいで、前髪で片目が隠れている。
私が観察していると、相手も顔を上げ、こちらに気がついた。そして近づいてくる。
もしかして私の視線がウザかったのだろうか?ガンつけているように見えた?そんなつもりはなかったのだが、怒られるのは怖いな。
黒いスーツの男性は私の方に近づいてきて、そして店長に道を遮られた。
「や、また来ちゃった」
男性は表情をあまり変えずに店長を見た。少し無表情気味に見えるが、あまり感情を表に出さない人なのだろうか。しかしバイト仲間に表情筋のない人が約一名いらっしゃるので、私からしたらこの程度では無表情とはいわない。
「もうわかったのか?さすがに早いな」
「まあね。うちの子が優秀だからさ」
店長に話しかけられると、男性はそのまま立ち話を始めた。もしかすると、男性の方も始めから店長に話し掛けるつもりだったのかな。私に話しかける理由なんてないもんね。
勘違いをしてしまったようで、なんだか恥ずかしい。私はそのままそそくさと会議室に向かった。
私が会議室に入ると、すでに席についていた藍本さんが顔を上げる。ケータイを操作する手を一瞬だけ止め「あり?そちらの店長さんは?」と尋ねてきた。私は「なんか立ち話してます……」と答える。その会話を、こちらもすでに席についていた鳥山さんが顔も上げずに聞いていた。
藍本さんの問いに答えた私の声は少し強張っていて、若干緊張しているのがバレてしまったかもしれない。しかし鳥山さんと気まずい私は、できることなら藍本さんと仲良くなっておきたいのだ。そのため仲良くなることを意識してしまっているのだが、意識してしまうと話すのに緊張してくる。
「まぁ店長同士だしな、ちょっと待っててやろーぜ」
藍本さんは私の答えにそう返すと、椅子の背もたれにもたれながら再びケータイを操作し始めた。どんなに些細な時間でもケータイを操作しているあたり、彼も現代っ子なのだろう。
というか、私には今の答えの中にひとつ気になる点があった。
「あのスーツの人が店長さんなんですか!?」
「え?そうだけど……」
藍本さんは視線をケータイから私に移し、びっくりしている私にびっくりした。
「てっきりもっと年配の方だと思ってました」
私の想像の中にいた四十歳くらいのベテランおじさんは、モヤモヤと煙になって先程の無表情の男性に姿を変えた。これだけ忙しそうな店を、あの若さでまとめているなんてすごいな。うちの店長に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだよ。
「でも朱雀店の店長もだいぶ若いじゃん」
「うちの店長は変なんで……」
本人がいないから言っちゃうけど。やっぱり店長はちょっと変わってると思うよ。
私の返事を聞いた藍本さんは、ケータイをテーブルに置いて身を乗り出した。
「それならウチの店長もかなり変だって!」
「私のとこのよりですか?」
「ああ、かなり変だ。外見と中身のギャップ激しすぎ、見た目秘密結社のボスだろ?」
「うちのはピッタリですね。中も外も変人ですもん。白虎店の店長さんクールそうな人なのに」
「全然!つか天然!普段ぼーっとしてるしすぐパニクるんだよ」
「天然かわいくていいじゃないですか。うちの店長はすぐからかってくるんですよ!」
「でも頼りになりそうだよな。何考えてっかわかんなそーだけど」
「ホントにそうなんですよ!」
「俺初対面で"藍ちゃん"て呼ばれたんだけど」
「私面接の時いきなり"雅美ちゃん"って呼ばれましたからね。変態かと思いましたよ」
「誰が変態なの?」
「「げっ」」
その声に振り返ると、いつの間にか私の後ろに店長が。藍本さんも苦々しい顔をしている。まさか私達の会話聞かれてた……?
「遅れちゃってごめんね。にぃぽんと話してたら遅くなっちゃった」
「にぃぽんって……」
「荷太郎だからにぃぽんね」
「いや、わかってっすけど」
私と藍本さんは顔を見合わせる。あれ?もしかして聞かれていない?普段通りの態度で、怒っている様子もない店長を見て、藍本さんが「セーフみたいだな」という表情をした。
「じゃあちゃっちゃと話し合い終わらせようか」
店長は入り口付近の席に座りながら言った。今まで私と藍本さんの会話に混ざらず、黙ったままイスに座っていた鳥山さんが、一瞬だけ顔を上げる。
ようやく顔を上げた鳥山さんを見向きもせず、店長は報告を始めた。鳥山さんもすぐにまたそっぽを向いてしまう。
「えーと、まず日波さんの居場所がわかったから報告するね。今日波さんは植木町二丁目の"灘"ってアパートの二〇一号室に住んでる。アパートの契約は二年前からだったけど、このアパートで生活し始めたのはつい最近みたい。たぶん何かあったら元々ここに逃げる予定だったんだろうね。週に一回近所のスーパーに出かけて、後は引きこもってるらしいよ」
「さすが調べるの早いっすね。まぁ引きこもり中悪いけど、引っ張り出させてもらいますか」
その後の話し合いで、日波さんを捕まえる日程は明日四月五日に決まった。捕まえるならなるべく早い方がいい。いつまでも日波さんがあのアパートにいる保証はないからだ。
さらに、もしかすると私達の存在に勘づいて日波さんが逃げてしまうかもしれないので、今日これから明日の捕獲までの間、日波さんのアパートを見張ることになった。トイレや買い出しのことを考えて、見張る人数は二人。目立たないようになるべく最小限の人数で。
そして、問題の見張り役を決める時がきたけれど……。
「今晩の見張り役は雅美ちゃんと麗雷ちゃんにしよう」
「えっ!?何で私!?」
店長の言葉に、私はイスから立ち上がりそうな勢いで聞き返す。今まで頑なに口を開かなかった鳥山さんは、ものすごい形相で店長を睨んでいた。鳥山さんなら私の五十倍は文句を言いそうなものだが、なぜ何も喋ろうとしないのだろう。この元気な眼差しを見るに、体調が悪いってことではないんだろうけど……。
私は隣の店長に向けられる鳥山さんの視線に怯えながら、「いいよね?二人とも」と一応本人の意思を確認する店長に「はい……大丈夫です」と答えた。気持ち的には全然大丈夫ではないが。本人の意思確認も本当に一応でしかないが。
でも店長も私達のこと考えて、私と鳥山さんを選んだんだと思う。店長は一応店長だから店を離れて監視場所に泊まることはできないだろうし、となると女の子同士の方がいいだろうし。というか、この提案に反対したら後どんな組み合わせがあるんだ、って話なんだよね。
「荷物とかの準備もあるし、僕らは一回店に帰るよ。雅美ちゃんは親に泊まるって言っといてね」
「はい」
鳥山さんの様子を窺ってみると、彼女は下を向いてケータイを弄っていた。この仕事に乗り気じゃないのかな……。朱雀店にこの仕事を持ってきたときは、こんな雰囲気ではかったような気がするんだけど……。
「じゃあ九時にアパートの近くのコーソンに集合ね。麗雷ちゃんも遅れないように」
店長は帰り際に鳥山さんに時間を確認するが、鳥山さんはケータイを操作したままで、店長の言葉を完全に無視していた。見兼ねた藍本さんが、鳥山さんの代わりに答える。
「わかりました、うちからは遠いから早めに出なくちゃ駄目っすね」
少し気まずい雰囲気のまま会議は終了し、私達は朱雀店に帰ることになった。
玄関まで見送ってくれた藍本さんに別れを告げ、駐車しておいた店長の車に乗り込んだ。鳥山さんの放つ重苦しい空気から解放された私は、思わずハァとため息をついた。
鳥山さん今日も何も喋らなかったな……。一体どうしてしまったんだろう。やっぱりこの数日のうちに何かあったんだろうけど、私が口を出すようなことではない。というか、出したら殴られそうだ。
ただ私は、今晩の見張りの時もあんな調子だったら嫌だなと思ったのだ。普段から決して仲がいいとは言えない関係なのに、終始無言でいられたら仕事なんてできない。何か怒鳴ってくれてる方がまだマシだよ。
「鳥山さん、昨日も今日もテンション低かったですね」
私はとりあえず運転席の店長に話しかけた。二人しかいない車内、無音は寂しい。
「ああ、それはしょうがないよ」
「え!?店長何か知ってるんですか!?」
話題なんて何でもよかったので、今気になっている鳥山さんの話をしてみた。すると予想外の言葉が返ってきて、私はつい声を大きくする。
鳥山さんの様子がおかしいのは、完全に学校か家庭の事情か……とにかく、勝手にプライベートのことだと思い込んでいた。でも店長が知っているというのなら、もしかすると仕事関係の悩みなのかもしれない。それなら、白虎店の店長さんがうちの店長に話していた可能性もある。
「多分ね。前に僕が言ったことを気にしてるんじゃないかな」
「何て言ったんですか?」
「秘密ー」
前に店長が言ったこと?鳥山さんが仕事でうちに来て店長と会ったのは、もうずいぶん前のような気がするけど……。数ヵ月前に言われたことを今更気にするのもおかしい。私がいない間に二人が会う機会があったのかな?
店長が何て言ったのか、鳥山さんが何に悩んでいるのか、ものすごく気になる。そのあと店につくまでの間、何度か店長を問い詰めたが、結局何も教えてくれなかった。こういう時だけ無駄に口が堅いんだから。
店に帰ってきた私達は、すぐに必要な物を準備することにした。植木町はここからなら結構近いから、まだゆっくりしてられるのだが、不測の事態ということもある。念には念を入れてだ。
おそらく見張った後そのまま捕獲になるだろうから、武器になりそうなものや拘束する際に使う手錠なども持っていく。まぁ、私が直接捕まえるという状態にはならないと思うけど、一応。あるに越したことはないからね。
集合場所はコンビニだから、夕飯はそこで買って見張りながら食べればいいか。時計を見ると、まだもう少しゆっくりしていられそうだ。
とりあえず時間まで暇だから、何かしよう。これから重要な任務で気が高ぶっている。暇なのは落ち着かない。
「うー……ん」
私は散々悩んだあげく、結局ラジカセのスイッチを押した。ラジオ体操第二でもしますか。
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