また一歩広がって2




四月三日。何でも屋白虎。午後七時過ぎ。

「あれ?荒木さん、帰ったのか?」

「店長~、遅いっすよ~」

オフィスに入ってきた白虎店の店長に、楓はふらふらと近づき声をかけた。白虎店の店長は彼に気が付くと、自分が指定した時間より遅れてしまった理由を説明し始める。

「いや、お茶がきれてることに気がついて近くのコンビニに買いに行ったら、そこで重そうな荷物を持ったおばあさんを見かけてな。隣の隣の街まで荷物を持ってあげたんだ。おかげでこんな時間になってしまったのだが……あのおばあさんもお孫さんに会えて幸せそうだったから、俺も嬉しいよ。そうだ、これ台所に置いといてくれ」

楓は白虎の店長に差し出されたコンビニ袋を受け取ると、呆れ顔をしながらつっこんだ。

「店長、その見た目と中身のギャップ、どうにかなりません?」

真っ黒のスーツをきっちりと着こなし、黒いハットを被った白虎店の店長は、楓の言っていることが理解できないという顔をした。白虎店の店長は、髪も服も靴も黒で固めており、どこぞのマフィアみたいな雰囲気なのだが、実際その格好がとてつもなく似合っているのだ。彼が道を歩いていたら、通行人は彼の職業をいろいろと想像することだろう。

「あー、店長!」

会議室の後片付けをしていた麗雷が、ようやく帰ってきた白虎店の店長を見つけて声を上げた。彼女は台拭きを握りしめたまま小走りで近寄る。

「どこ行ってたんですか!」

「お茶がきれてることに気がついて近くのコンビニに買いに行ったら、そこで重そうな荷物を……」

「もういいっすよ店長。いつものことだよ」

楓は、麗雷に再び同じ言い訳を繰り返そうとした白虎店の店長を一言で制止し、麗雷に「いつものことだ」と説明した。それを説明と呼んでいいのかはわからないが、麗雷は十分理解したようだ。おそらく本当に「いつものこと」なのだろう。

「それで、荒木さんはもう帰ったのか?蓮太郎には会ったが……挨拶くらいしておきたかったんだが」

「ちょっと前に帰ったっすよ。なんか静かな子でしたね」

会議中一言も喋らなかった雅美を、楓は「静かな子」だと感じたらしい。実際雅美は緊張と自分の思考に没頭していて喋らなかっただけなのだが、それでも彼女はギャーギャー騒ぐタイプではないので、「静かな子」という表現は一部当たっているのかもしれない。しかし雅美は決して大人しいだけの人間ではなかった。

「そうか……。蓮太郎が"からかうと面白い"と言っていたから、どんな子かと思っていたが……。まさか荒木さんが何も言い返さないのをいいことに、彼女に不快な思いをさせているのではないだろうな……」

白虎店の店長は本気で雅美を心配し始める。その時、奥の方でデスクワークをしていた女性が彼に声をかけた。

「店長、青龍店からメールです。店長のパソコンに転送しておきます」

「ああ、ありがとう」

白虎店の店長は自分のパソコンの前に座り、今届いたばかりのメールを確認し始めた。雅美の現状も気になるが、仕事はしなければならない。

パソコンで作業を始めた白虎店の店長の様子を、麗雷はコーヒーカップを洗いながら窺っていた。麗雷は昨日のことを自分の店長に相談したかったのだ。しかし言おう言おうとは思っているのだが、なかなかタイミングを見つけられない。

「はぁ」

麗雷は思わずため息をついてしまった。



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