また一歩広がって




四月三日、木曜日。午後六時。

「ということで、メンバーはここにいる四人ね」

白虎店の会議室のひとつで、私達の顔を見回した店長はそう言った。

今日初めて朱雀店以外の何でも屋に来たのだが、その感想は驚き以外にない。そして少しの嫉妬である。何せ白虎店の建物はうちの比ではないくらいきれいだった。まず第一に、建物がコンクリート製なのである。

白虎店はコンクリート製の小さめのビルの、その二階にあった。外壁についている階段を上り、ステンレス製のドアを開ける。中には普通の会社のオフィスのような空間が広がっていた。

そしていくつかのデスクとパソコンが並ぶその部屋の、奥のドアのひとつを開けると、私達が今いる会議室Bとなるのだ。この会議室というのにも私は驚いた。朱雀店では一応応接室というものがひとつあるが、ほとんどの場合店内のテーブルとソファーで話を済ましてしまうからだ。おそらく白虎店の来客数はうちの何倍もあるのだろう。

そんなわけで私は、白虎店のきれいさ、白虎店とうちの悲しいほどに広がる差、そしてうちの圧倒的ボロさに嫉妬するやら泣きたいやら、そんな気分なのである。

「ま、四人だけじゃ手におえなかったら他の人にも頼べばいいしね」

店長は目の前に置かれているコーヒーに手を延ばした。私も気分を落ち着かせるためにコーヒーを一口飲む。初めて他店舗に来た私は、正直まだ緊張していた。

改めて周りを見渡してみる。今ここにいるのは私、荒木雅美と朱雀店の店長、白虎店の鳥山麗雷と同じく白虎店の藍本楓(あいもとかえで)の四人だ。今回の仕事はこの四人で挑むらしい。

本当のことを言うと、私は鳥山さんがいることであまり乗り気ではなかった。鳥山さんはきっと私に合わせてくれるつもりはないだろう。初めての他店舗との共同作業、初めての大きな仕事、この条件だけで私はみんなの足を引っ張るのが目に見えているのに、協力してくれない人がいるなんて、果たして上手くやれるのか。不安で仕方なかった。

私は直接見ないように鳥山さんを観察していたのを止め、藍本さんに注目する。藍本さんは女の子みたいな名前だけど男の人だった。普通のフリーターといった風貌だ。確か年は二十歳と言ってたような気がする。私は自分より年上の人がいることに安堵した。店長は「年長者だから」とか言って何でも私に押し付けそうだもんね。

私にはもうひとつ気になっていることがあった。まだ白虎店の店長さんを見ていないのだ。挨拶くらいしたかったのだが、やはり仕事で外に出ているのだろうか。どうらや白虎店はうちの数十倍忙しいようだから。

鳥山さんの件もあるし、白虎店の店長さんに是非お会いしたかったのだが、仕事ならば仕方がない。ここに来る前に店長が会ったと言っていたし、今回は諦めることにする。それに白虎店の店長さんはうちと違ってそこそこの歳でベテランさんだろうから、ちょっと怖いかもという理由もある。

「とりあえず依頼内容のおさらいしよっか。藍ちゃんお願いね」

「はいはいっと」

店長に指名された藍本さんは、気の抜けた返事をすると手元の資料を見ながら説明を始めた。藍本さんが指名されたのは、おそらく依頼を受けた白虎メンバーの中で一番年上だからだろう。

「えー、と。依頼人は田中隆夫さん三十四歳。この人の職業はコンビニの経営者らしいけど、どうもそれは表向きで本職は別にあるらしい。依頼内容は一ヶ月前殺し損ねた人を捕まえてほしいというもの。捕まえるのは日波平介さん三十三歳。もし捕まえた時死んでても首だけ持ってきてくれればそれでいいらしいっす」

殺すだの首だけだの、かなり物騒な依頼内容のようだ。私のような「職業一般人」みたいな人間がここにいていいのだろうか。場違いな気がする。

「今回共同でするのは、うちの割当領域に日波さんが逃げ込んだからだね。人探しはうちの十八番だし、まあすぐ見つかると思うけど。問題はどうやって捕まえるかだよね」

白虎店の面々は苦手な鳥山さんと初対面の藍本さん。この場で私が頼れるのは店長だけだ。私は三人に、というよりは最早藍本さんだけに向けて発言した店長の様子を、ちらりと窺った。私の視線に気づいたのか店長が一瞬こっちを見たので、あわてて視線をそらす。

私はすでにこの場所に居心地の悪さを感じていた。

「まぁ、首だけでもいいって言ってたし、日波さんの家に火でも点ければいいんじゃないスか?」

「死体丸焦げになっちゃうけどね。でもまぁ顔を判別できれば大丈夫なのかな」

かなり物騒な話を平然とする店長と藍本さん。藍本さんは本当に普通の人という印象だったのだが、やはりこの広い白虎店という店で様々な経験を積んでいるのだろうか。勤務歴も私より長いのだろう。

私、ここに居るべきじゃないのではないだろうか。せめて私の代わりに瀬川君が来ていれば……。私は無口で何を考えているかわからないが、仕事においてはすこぶる頼りになるバイト仲間のことを思い浮かべた。

「とりあえず居場所がわかり次第連絡するね」

「お願いします。こっちでも出来るかぎりはやりますから」

いつの間にか話し合いは終盤へ。店長がまとめに入って、藍本さんがそれに可もなく不可もない返事を返した。

自分のことばっかりでたった今気がついたのだが、もしかしてと鳥山さん一言も喋っていないのではないか?いったいどうしたのだろう。具合でも悪いのだろうか。こういう時は真っ先に自分の有能さアピールをしてきそうなのに。

私は気がついたら鳥山さんを観察していた。なんだか居心地悪そうにしてるけど、まさかこの仕事が嫌とかじゃないよね?それともやはり鳥山さんも高校生、こんな物騒な仕事は怖いとかだろうか。

ふと鳥山さんが顔を上げた。私が見ていることに気づいてこちらを睨んでくる。私は慌てて視線をそらしたが、おそらくまだ睨んでいるだろう。私はしばらく顔を上げられなかった。

「じゃ、今日はここまでということで」

「わざわざ遠いのにすんません」

「いいのいいの、うちどうせ暇だからさ」

店長と藍本さんが立ち上がって、それを見た鳥山さんも立ち上がった。私も一歩遅れて椅子から立つ。その時、椅子の足につまずいてしまって、椅子はバターンと大きな音を立てて倒れた。

「何してるの雅美ちゃん」

「す、すみません」

私があわあわしていると、店長はサッと椅子を元の位置に直した。鳥山さんと藍本さんがこちらに注目していて、恥ずかしくなる。

「じゃ、雅美ちゃん行こっか」

店長は私にそう声をかけて、会議室のドアを開けた。まず先に店長が出たので、私もその後に続く。次に藍本さんが出てきて、鳥山さんは少し離れて最後に会議室を出た。

白虎店のキレイなオフィスでは、数人の人がパソコンと向かい合っていた。店内は広いが、従業員の数はわりと少な目なんだなとボーッと考えた。

もしかしたらこのオフィス内に白虎店の店長さんがいるかもしれないと見回してみたが、みんな真剣な顔でキーボードを叩くばかりでそれらしき人は見当たらなかった。

従業員達が静かに仕事をするオフィスを横切り、ドアをくぐって外に出る。壁に沿って設置されている階段を下り、駐車場へ向かった。

やっぱりこんなキレイな職場は憧れる。きっと虫が出たりもしないんだ。うちのボロい店とは比べものにならないもの。朱雀店の外観は駄菓子屋でも開けばいいのにと言いたくなるような木造だ。

店長が車のカギを開けたので、私は助手席に乗り込む。相変わらずピカピカに磨かれているが、いったいいつ洗っているんだろう。

「それにしても、雅美ちゃん一言も喋らなかったね」

店長が車を発進させながら言った。駐車場から道路に出ると、白虎店の白い建物はみるみるうちに小さくなった。

「だって知らない場所ですし……。店長が喋ってるしいいかなーと思いまして」

「まぁ、ちゃんと話聞いててくれればいいんだどね」

私は店長の言葉にギクッとした。他のことばかり考えていて話にはあまり集中できていなかったなんて言えない。だって殺すだの首だけだの言っていたし、あんまり考えたくない依頼だ。

「その日波さんって何してる人なんですか?」

私はちゃんと話を聞いていたことをアピールするためにそう言ってみた。しかしその結果、私は墓穴を掘ることとなる。

「あはは、雅美ちゃんやっぱり聞いてなかったね」

「え?」

「それさっきの会議でちゃんと言ってたよ?」

「……まじですか」

私そんなに話に集中できていなかったのだろうか。たしかに物騒な一文でいろいろ想像したし、初めての他店舗で緊張していたし、鳥山さんの様子も気になっていたけれど……。

でも、聞いていなかったのは私が悪いんだし、ここは素直に謝っておこう。

「ごめんなさい、実は全然聞いてなかったです」

「まぁ知ってたから良いんだけどね」

むー、なんか素直に謝って損した。

「まぁ一応言っておくと、日波さんは普通のサラリーマンだね」

「あ、そうなんですか……」

普通のサラリーマンが一体何をしたというのだろう。何か見てはいけないものを目撃してしまったとか。例えば、白い粉の取引現場とか……。ドラマの見すぎかな?

それにしても。最悪の場合首だけでもって言ってたけど、まさか本当に殺してしまうのだろうか。鳥山さんは……殺すまではいかないにしても、半殺しくらいにはしそうだな。

藍本さんはよくわからない。今日初めて会ったばかりだし、まだ一言も会話をしていないしね。でもこの依頼を一緒に解決する仲間なら、早く仲良くなっておいた方がいいのかもしれない。連携プレーとか求められた時に私が足を引っ張ったら嫌だし。

店長は……店長は殺すのだろうか。十ヶ月も一緒に仕事をしているが、店長の考えていることは未だによくわからない。掴み所のない感じがすごくもやもやする。

私はちらりと店長の横顔を盗み見た。やっぱり私とは違う種類の人間だと思う。

そういえば白虎店の店長さんはどういう人なのだろうか。今日は挨拶ができなかったが、この依頼が片付いたらもう白虎店に行く機会はないような気がする。やっぱり今日のうちに一言挨拶しておきたかったな。

私は自分なりに想像した白虎店の店長さんを思い浮かべる。やっぱりこれだけの客数の店を切り盛りしているということは、それなりにベテランさんなのだろう。でもオフィスには若い従業員さんも多かったから、そこまで年はとっていない。なら四十歳くらいかな。

はっと気がつくと、隣で店長が今回の依頼について話していた。全然別のことを考えていたら、私はまた話を聞いてない。店長は私が聞いていないことをまた見透かしているだろうか?

店長にからかわれるのが嫌なので、今からでも話に集中することにする。私は一定のスピードで走る黒い車の助手席で、店長の声に耳を傾けた。そしたらそれがまるで子守歌みたいに聞こえてきて、私が眠ってしまったと気づいたのは、朱雀の前で店長に起こされた時だった。



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