敵か味方かはたまた友か3




「ったく荒木の奴……本当に見てるだけでイラつくわ。私の方が先輩なのに敬語も使わないし」

朱雀店からの帰り道、鳥山麗雷は一人でぶつぶつと呟いていた。彼女は雅美が気にくわなかった。しかしその理由を他人に話したことは一度もなかった。

麗雷は決して馬鹿ではなかった。彼女は雅美が悪い人間ではないことを十分に理解していたが、自分勝手でワガママな理由で雅美のことを嫌っていた。

麗雷がまだ気分をムカムカさせながら駅までの道のりを歩いていると、前方から見知った姿が歩いてくるのが見えた。このたいして都会ではない街並みを、目立つ銀髪が近づいてくる。

「やあ、麗雷ちゃん」

「どうも……」

朱雀の店長だ。彼は高い身長で麗雷を見下ろしながらにこやかに話しかけてきた。

「ウチに来てたの?ごめんねー、ちょっと出かけててさ」

「大丈夫です。瀬川君に話しておきましたから」

店ほったらかしてふらふら出歩いている朱雀店の店長に、麗雷はまたイライラしてきた。真面目で仕事熱心で責任感の強い麗雷は、不真面目な雰囲気のこの男が生理的に受け付けないのだ。麗雷は心のなかで「自分が来ることはわかっていたはずなのに、どこ行ってたのよコイツ」と唾をはいた。

「じゃあ、私はこれで」

なにも苦手な人間と長話をする必要はない。麗雷はさっさと帰ろうと、軽く頭をさげて蓮太郎の横を通り抜けようとした。

「あ、そうだ麗雷ちゃん」

しかし蓮太郎が呼び止めた。相手は一応他店舗の店長。麗雷は嫌々ながらも足を止めて振り向いた。

「何ですか?」

「雅美ちゃんと仲良くしてね」

何の話があるのかと思えば、また雅美のことか、と麗雷はうんざりした。正直雅美の話はしたくない。特に、彼女の上司となんて最悪だ。

そういえば、と麗雷は思い出した。この前自分の店の店長に「あまり諍いを起こさないでくれ」と言われたような気がする。まさか目の前のこの男が告げ口していたのか?それは十分にあり得ることだった。

「別に仲悪くないですよ、私達」

麗雷はまるで気にもかけていない、という風に言った。しかし蓮太郎はそれに笑ってこう返す。

「あれ、仲が悪いなんて言ったつもりなかったんだけどな」

こ、こいつ……!麗雷のこめかみがピキピキと動いた。彼女はこういう風に小馬鹿にされるのが嫌いだった。しかもこんな自分の立場も考えないで遊び歩いているようなやつに。

「でもまぁ……」

「?」

麗雷が怒りをなんとか押さえ込もうと必死に冷静を装っていると、蓮太郎はそんな彼女の頭をぽんぽんと撫でて言った。

「次に雅美ちゃんをイジメたら、何でも屋にいられなくしてあげるから、そのつもりでね」

「!?」

麗雷がバッと振り返ると、蓮太郎はすでに背中を向けて歩き出したところだった。彼は何でもなかったように「それじゃあね」とひらひらと手を振ると、どんどん遠くなっていった。

「…………っ」

麗雷は生唾を飲み込むと、まるで地面に縫い付けられたようにしばらくそこに立っていた。

しばらくして我に返ると、彼女はぶんぶんと頭を振って自分に言い聞かせた。ただの店長ごときが、いくら私がアルバイトといえども、クビになんてできるはずがない。きっとハッタリに決まっている。

それでも、彼なら本当に自分をクビに出来るのではと思うのは何故だろう。麗雷はだんだん不安になってきた。

「て、店長に言い付けてやるんだから……」

そうだ、自分のところの店長に言えばきっと何とかしてくれる。自分のところの店長の方が偉いに決まってるんだから。

それに、あんな奴がいたのではうかうか朱雀に顔を出せない。今日だって本当は先輩の仕事だったのを、わざわざ代わってもらって朱雀に来たのだ。あんな奴がいたら朱雀に行くのが怖くなる。そこで麗雷はハッとしてその考えを振り払った。

「べ、別にビビってる訳じゃないんだからねッ」

誰に言うわけでもなくそう口にした。




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